ガソリン中の鉛濃度の低下と血液中の鉛濃度変化
1999年11月7日
CSN #107
鉛は、青みを帯びた、あるいは銀白色の柔らかい金属です[1]。鉛は安定した有機化合物を生成します。テトラエチル鉛(四エチル鉛)、テトラメチル鉛(四メチル鉛)は、ガソリンなどの燃料において、オクタン価を上げる(エンジンのノッキング防止)ために添加剤として広く使われていました。
これらの有機鉛は揮発性があり、ガソリンなどの燃料を燃焼することで大気中に放散されます。大気中に放散された鉛は、土壌や河川の底質に強く吸着されます。土壌中の鉛は、交通量が多い道路に近い土壌の表土(上部数センチ以内)や生物中において高い濃度を有しています。例えば、土壌中の鉛の正常な濃度の範囲は15- 30mg/gを示し、道端の土壌では5,000mg/kgに達することがあり、工業地帯の土壌は30,000mg/kgを越えることがあります[1]。この鉛は無機鉛で、そのほとんど全ては、ガソリンなどの燃料に添加されたアルキル鉛から派生したものです。
大気中から土壌や河川の底質中に蓄積された鉛の一部は、植物により取り込まれ動物に移行します。動物は、水、食物、土壌、大気中の塵挨の摂取を通じて鉛に暴露されます。そのため、すべての場合において、動物内の鉛の濃度は環境中の濃度に関連しています[1]。
ガソリンに添加されている四エチル鉛から派生する中毒としては、子供に多く見られる鉛脳症や慢性進行性知能障害などの精神症状があります。また慢性症状としては、無欲状、物忘れ、抑うつ状態、進行性痴呆があり、幼児の慢性鉛中毒では、大脳の成熟障害が強く、精神薄弱や骨発育障害を引き起こすといわれています。
先にも述べましたように、ガソリン中にはアルキル鉛が添加されていました。しかし環境中に放出され、人体への影響が心配されることから、日本では、1975年にレギュラーガソリンへの鉛の添加を禁止しました(無鉛ガソリン)。また、ハイオクガソリンに鉛が添加されていましたが、現在では化学的に合成して作られる「アルキル化ガソリン(アルキレートガソリン)」が登場し、鉛の添加がほとんどなくなりました。このような動きは先進国を中心に各国で行われてきました。特に欧州連合(EU)は、社会経済に深刻な影響を与えると判断される一部加盟諸国への2005年までの延長措置を含め、2000年1月1日から有鉛ガソリンの販売を禁止することが決まっています[2]。
ガソリンと鉛のこのような歴史において、ガソリン中の鉛濃度の変化とヒトの血液中の鉛濃度変化に関する世界各国の状況を調査した研究について、1999年10月1日付けのアメリカ科学雑誌「環境科学と技術:Environmental Science & Technology」で、米プリンストン大学、エネルギー環境化学センターのValerie M. Thomasらが報告しました[3]。
この研究では、ガソリンにおける鉛の使用量(GPb)と、ヒトの血液中の鉛濃度(BPb)変化を評価するために、6カ国から19の研究報告を集めて研究を行っています。また、大気中の鉛濃度(APb)変化との関係も検討しています。その結果、ガソリンにおける鉛の使用量(GPb)が減少すると、血液中の鉛濃度(BPb)が減少する直線的な高い相関関係が(平均相関係数:0.94)得られました。(*相関係数は、1に近いほど傾向が一致していることを表す指標です。)
この関係式をもとに試算すると、ガソリンにおける鉛の使用量(GPb)がゼロになると、血液中の鉛濃度(BPb)が平均3 g/dLになると推定されました。同様に、大気中の鉛濃度(APb)は、ガソリンにおける鉛の使用量(GPb)がゼロへと減少(平均相関係数:0.95)すると、0.2 g/m3になると推定されました。図1から図6にデータが豊富な国々のガソリンにおける鉛の使用量(GPb)、ヒトの血液中の鉛濃度(BPb)、大気中の鉛濃度(APb)の年代推移を示します([3]をもとに作成)。図中におけるガソリン中の鉛濃度は、無鉛ガソリンを含む全種類のガソリンにおける鉛濃度の重量平均値を示しています。
測定値が国全体、大都市、郊外地域など異なること、調査世代が成人、子供、国の全体の人口ベースと異なるので単純に相対比較はできません。しかしながら全体的に、ガソリン中の鉛濃度(GPb)の減少に伴い、血液中の鉛濃度(BPb)が減少しています。またその傾向は、大気中の鉛濃度(APb)にも表れています。
先にも概略を述べましたが、これらの結果から得たガソリン中の鉛濃度(GPb)と血液中の鉛濃度(BPb)の関係式をもとに試算すると、ガソリン中の鉛濃度がゼロの時における血液中の鉛濃度(BPb)は、3.1±2.3μg/dLになると報告しています。また、ネパールのヒマラヤ地方、日本の地方地域のガソリン中の鉛濃度がゼロであり、その時の血液中の鉛濃度(BPb)がそれぞれ3.4μg/dLと3.8μg/dLとなっています。つまり、この推定値がそれほど外れていないことがわかります。
残った3.1μg/dLという血液中の鉛濃度の汚染源は、工場からの排出物、油絵の具などの鉛を含む塗料、鉛で半田付けされた食品用の缶容器などが考えられ、ガソリン中の鉛濃度をゼロにしても、その他の汚染源から鉛を取り込むことで約3μg/dLは血中に鉛が残存すると考察されています。
次に、これらの報告の最終年における各国地域のガソリン中の鉛濃度(GPb)と血液中の鉛濃度(BPb)を図7に示します([3]をもとに作成)。
*アメリカ疫病管理予防センター(CDC)は、子供の血中鉛濃度(BPb)が10μg/dLを越えると対策を行わなければならないとしています。
最終報告年において、血液中の鉛濃度(BPb)が3.1μg/dLを越えている地域としては、南アフリカのケープタウン、ベネズエラのカラサスなどがあり、経済協力開発機構(OECD)非加盟国です。また、この2つの地域を除けば、ガソリン中の鉛濃度が0.2g/L以下に減少しています。ほとんどガソリン中の鉛濃度の対策が行われていない国々の1990年代後半のガソリン中鉛濃度は、表1のようになっています([1]をもとに作成)。
表1 ガソリン中の鉛対策が行われていない国々でのガソリン中の鉛濃度の平均値
国 |
ガソリン中の鉛濃度の平均値(g/L) |
ナイジェリア |
0.66 |
インドネシア |
0.45 |
サウジアラビア |
0.4 |
イラク |
0.4 |
ベネズエラ |
0.37 |
この研究結果からから推定すると、表1に示す国々でのヒトの血中鉛濃度(BPb)は、アメリカ疫病管理予防センター(CDC)による子供の血中鉛濃度(BPb)のガイドライン値10μg/dLを越えている可能性があります。
Valerie M. Thomasらの研究から、ガソリン中の鉛濃度(GPb)を減少させることによって、ヒトの血中鉛濃度(Bpb)が減少することが世界的に確認できました。また、まだ対策が行われていない国では、子供の健康に影響を及ぼす可能性がある血液中の鉛濃度の存在が推定されました。
この研究結果が示すように、前向きに対策を行えば、必ず効果が得られることがわかります。また、対策が遅れている国々の地域では、高い鉛濃度の存在が示唆されました。私たちの生活環境には、ダイオキシン類、ポリ塩化ビフェニール類(PCBs)、重金属類など、健康に影響を及ぼす可能性のある化学物質が他にも存在します。そのような化学物質に対して、産業界は可能な限り早急に対策を行い、私たち一般市民は、できるだけ使用しないよう、また廃棄物として排出しないよう努力することが大切だと思います。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] 環境保健クライテリア:Environmental Health Criteria 85
鉛 Lead - 環境面からの検討 -(原著106頁、1989年発行)
http://www.nihs.go.jp/DCBI/PUBLIST/ehchsg/ehctran.html
(国立医薬品食品衛生研究所 化学物質情報部による日本語抄訳があります)
[2] 「新エネルギー海外情報雑誌」1997年10月、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「EU、クリーン燃料の新たな基準」
http://www.nedo.go.jp/
[3] Valerie M. Thomas, Robert H and others, Environmental Science & Technology, Web Release Date: October 1, 1999
http://pubs.acs.org/hotartcl/est/99/research/es990231+_rev.html
“Effects of Reducing Lead in Gasoline: An
Analysis of the International Experience”