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 数百年に及ぶオランダ人の過酷なインドネシア人支配も、日本のインドネシア独立への貢献も無視し、オランダ人に都合の良いことだけを報じる、NHKと朝日新聞の反日・偏向報道 -オランダ人は,インドネシア人に謝罪し、賠償金を支払ったのか-

 6月17日のNHKは、「天皇皇后両陛下 オランダで歓迎式典に 戦没者を慰霊」と言うタイトルで、次の様に報じていました。(
茶色字は記事、黒字は安藤の意見)
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天皇皇后両陛下 オランダで歓迎式典に 戦没者を慰霊
2026年6月17日18:35 NHK
(2026年6月17日21:09更新)

オランダを公式訪問している天皇皇后両陛下は、首都アムステルダムで国賓として歓迎式典に臨まれました。

オランダを公式訪問している両陛下は、現地時間の17日午前、アムステルダム王宮の前にある広場で、ウィレム・アレキサンダー国王夫妻とともに歓迎式典に臨まれました。

軍の楽隊が君が代を演奏したあと、天皇陛下は儀じょう隊の栄誉礼を受け、国王とともに整列した隊員を巡閲されました。

広場では、現地の日本人学校に通う子どもたちも両国の旗を振って歓迎し、両陛下は子どもたちに声をかけるとともに、一緒に記念撮影に応じられていました。

記念撮影のあと、両陛下は子どもたちに「どうもありがとうね。きょう来てくれて」と話されていました。

式典のあと、両陛下は同じ広場にある戦没者記念碑の前に進むと、花を供えられました。

そして、1分半にわたって黙とうし、戦没者の霊を慰められました。

日本とオランダは、先の大戦で、オランダ領だった今のインドネシアで戦火を交え、旧日本軍はオランダの
兵士を捕虜にしたり住民を抑留したりして、多くの人が強制的な労働などの末、命を落としました。

 
この上記2行の部分は天皇陛下の発言でしょうか。下記の記載を「天皇陛下は・・・」としていることを見れば、この部分は陛下のものでは無く「記者の発言」ですが、天皇陛下の発言と誤解を招く表記です。

天皇陛下は、
訪問前の記者会見で、「特にオランダでは、今なお当時の痛みを負い続けている人々もおられることに思いを致したいと思います。そして、過去の歴史から謙虚に学びながら理解を深め平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います」と述べられていました。

(以下略)
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 この記者の記事は、当時のインドネシアが単に「
オランダ領」であったのではなく、植民地であり、1602年のオランダ東インド会社設立以来の長きに渡って、インドネシア人はオランダ過酷な支配下にあり、日本は第二次世界大戦下でインドネシア人を救う為武力を行使し、多くのインドネシア人達を救ったのだという事実を全く無視しています。これは自国の歴史を“学ぶ”どころか、自国を貶める紛れもない偏見であり、偏向報道です。

 「
過去の歴史から謙虚に学びながら理解を深める」べきは、日本人ではなく、オランダ人です。天皇陛下のお言葉の趣旨はそう理解すべきです。
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 同じ日に朝日新聞はこの問題について、「天皇、皇后両陛下、オランダ戦没者記念碑に供花 抑留者の消えぬ痛み」という見出しで、次の様に報じていました。
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朝日新聞記事
天皇、皇后両陛下、オランダ戦没者記念碑に供花 抑留者の消えぬ痛み
2026年6月17日 19時27分

https://www.asahi.com/articles/ASV6K0GT4V6KUTIL00BM.html?msockid=1a72582dd2406cd1031b4c7cd3cb6d05)

アムステルダム=中田絢子 花房吾早子
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吹き出しアイコン河西秀哉さんの
コメント
河西秀哉さん
写真・図版 (省略)
戦没者記念碑に供花し、黙禱(もくとう)する天皇、皇后両陛下=2026年6月17日午前11時36分、アムステルダムのダム広場、上田幸一撮影

 オランダを国賓として訪問中の天皇、皇后両陛下は17日、首都アムステルダム中心部の「ダム広場」での歓迎式典の後、広場に立つ戦没者記念碑への供花に臨んだ。両陛下は記念碑に向けて歩を進め、花輪が捧げられた献花台の前で約1分半にわたり、黙禱(もくとう)を捧げた。

買い物中に知った「無知な私」 始まったオランダ人元抑留者との対話
 記念碑前ではオランダの戦没者追悼の日である5月4日に合わせ、式典が毎年行われる。上皇ご夫妻(当時は天皇、皇后両陛下)も2000年の公式訪問時に花輪を捧げた。

 第2次世界大戦で、日本はオランダ領だったインドネシアを占領し、両国は敵対した。オランダ政府によると、軍人
4万人が捕虜となり、9万人の民間人が抑留され、計2万4千人が死亡したとされる

写真・図版
戦没者記念碑に供花し、黙禱(もくとう)する天皇、皇后両陛下=2026年6月17日午前11時37分、アムステルダムのダム広場、上田幸一撮影
 戦後、
両国政府は補償問題はサンフランシスコ平和条約などにより「解決済み」との立場をとったが、民間では補償問題がくすぶり、1971年に昭和天皇がオランダを訪問した際は、自動車に魔法瓶が投げつけられ、フロントガラスに亀裂が入った。平成に上皇ご夫妻が公式訪問した際は、当時のベアトリックス女王が抑留者団体と対話の機会を持ち、理解を求めた。

(以下略)
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 ここでもNHKと同様に当時のインドネシアで起きていた激動に対して,
日本人視点はもちろん、インドネシア人視点も全く欠けています。数百年にわたりオランダの支配下で、過酷な収奪に従属を強いられたインドネシア人、そしてその解放のためにオランダ軍と戦った日本軍に対するインドネシア人の喜びには全く触れていません。

 また、オランダ側の捕虜数死者数には
“約”ばかりで何の根拠も示されていません。極めていい加減なデータ無責任な記事です。

 オランダ人ならともかく、
日本人である朝日新聞の職員がなぜそこまで、オランダ人の視点になりきってしまうのでしょうか。精神疾患レベルの異常、重態と言わざるを得ません。

 これは
自国(日本)インドネシアの歴史を貶める、甚だしい偏見であり、偏向報道です。

令和8年6月21日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へA目次