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弁護士の「辞任」

 「東電OL殺人事件」のネパール人被告人の弁護人5人が、「辞任」しました。8月19日の産経新聞は次のように報じています。

 東京電力の女性社員殺害事件で強盗殺人罪にとわれ、一審・東京地裁で無罪判決を受けたネパール人の元飲食店員、ゴビンタ・プラサド・マイナリ被告の私選弁護人5人は18日、弁護側の弁護人選任についての要望が東京高裁に受け入れられなかったことから、同高裁に辞任届を出した。
 同日午後に開かれた控訴審初公判は、弁護人が不在という異例の状態で開かれたが、公判は実質審理に入れず、高木俊夫裁判長がマイナリ被告に弁護人辞任の経緯などを説明、「このような事態は遺憾」などと述べて閉廷した。次回の公判期日は未定。

 
 弁護団は「5人の弁護人が必要で、5人の国選が無理であれば、2人の国選と3人の私選、合計5人の併存を高裁に要望したが、認められなかったので、認めてもらうために辞任した」と言っていますが、それは辞任の理由になるのでしょうか。認めるか認めないかを決定する権限が裁判長にあり、弁護士に拒否権がないのならば、裁判所の決定には従わなければならないはずです。認められなかったから、認めてもらうために辞任するというのは裁判の進行を妨げるもので、正当な手段ではないと思います。

 弁護人辞任の経緯は、被告人には当日の法廷で裁判長が説明した、となっていますので、弁護団から被告人への説明はなかったと思われますが、被告人の承諾を得ず、被告人に説明することもなく「辞任」するというのは無責任ではないでしょうか。今回辞任した5人はいずれも私選弁護人だそうですが、弁護士は依頼人(被告人)から委任を受け、報酬を得て弁護に当たっているはずです。被告人の承諾を得ない「辞任」は、一方的な契約破棄にも匹敵する暴挙だと思います。

 弁護団は「辞任」と言う言葉を使っていますが、普通、辞任とは他人と契約関係にない場合や、契約関係があっても契約上の義務がない場合に職を辞する時に言われることであって、報酬を得て引き受けた弁護を、正当な理由もなく、また、依頼人の同意もなく放棄するのは、「契約破棄」であって「辞任」ではありません。

 一般に、弁護士に依頼するときは依頼人が委任状を出すだけで、契約書を取り交わすことはありません。委任状には委任事件の表示、弁護士の権限(通常は無制限に近い)が書かれているのみで、受任した弁護士の義務は何も書かれていないのが普通です。このような契約は消費者である依頼者に極めて不利な契約です。今回のように一方的に「辞任」されても抗議のしようがありません。日頃、不動産取引や各種ローン取引などで消費者に不利な「契約書」の改善を訴えている弁護士業界が、このような消費者に不利な「契約」に基づいて業務を請け負っているのは大変矛盾しています。

平成12年8月20日   ご意見・ご感想は   メールはこちらへ     トップへ戻る      目次へ