美の巡礼 第2回:大和文華館
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季節をめぐる花暦
 閑静な住宅地が広がる奈良市学園前。近鉄学園前駅から7〜8分歩くと広い駐車場を備えた大和文華館の門が左手に見えます。駐車場を抜け、二つ目の門を過ぎるとゆるやかに曲線を描く坂道が続きますが、このあたりから空気が違うのです。両側に広がる松林を渡る風の爽やかさ、清らかさ。駅からの徒歩圏とは思えない静かな雰囲気で、美術館への見事な序奏です。鳥のさえずり、季節を彩る花暦もまた嬉しいしつらえとして整えられています。早春の梅林はその色どりの美しさで訪れる人のため息を誘うほど。椿、馬酔木そして桜。三春の滝桜ゆかりの枝垂れ桜、奈良の八重桜がゆるゆると花の衣を解く様は夢のようです。松の緑を背景に木蓮や雪柳の花を伴っての桜は一層美しく立ち尽くしてしまいます。
  桜の後を菊桃の濃い紅が引き受け、躑躅の花盛りを過ぎれば、松林の下にかそけくも笹百合が咲きます。大和の里山に自生していた笹百合が年々その数を減らし、貴重な花になっていく時、こんな都市のそばで奇跡にように笹百合が命を繋いでいるとは何とも嬉しい驚きです。梅雨の頃の紫陽花、真夏のノウゼンカズラ、涼風が立つ頃の芙蓉、秋には彼岸花、萩が咲き継ぎ、椿から梅へと花の暦が巡ります。
  この庭園は文華苑と名付けられ、自然林を活かした花の苑として、行き届いた手入れが施されてきました。これは初代館長であった矢代幸雄さんが構想段階から目標としていた「大和の自然美、ひいては日本の自然美の一端でもよいから、心に親しく味わえるようなことを、何とか大和文華館との関連に於いてやってみたい」との思いから。これは設計的な庭園というのではなく、蛙股池に囲まれた松山にあたかも自然に種が落ちて花が咲いたような野趣に溢れる自然庭園にしたいという思いを受け継いできた結果でしょう。矢代さんの「芸術美の淵源は、最近の抽象芸術の流行より以前は殆んどすべてが自然美から発生したように思われる」と言い、文華苑が育つことを願っていたそうです。「自然は絵画のように絵画は自然のようにと賞賛される」と言ったのはカントだったと思いますが、自然美と芸術美は深く関わっているものなのですね。
  豊かな自然に誘われてそぞろ歩くと、武家屋敷を思わせる本館が見えてきます。なまこ壁が印象的な重厚な建物は吉田五十八(いそや)の設計で周囲の風景に溶け込んだ落ち着いた佇まいです。中に入ると中庭の竹林が目を惹きます。すっきりとした竹の直線と緑、程よい外光が展示品を引き立て、軽やかな風情を漂わせます。美術品、建築、自然が一体となって醸す雰囲気は大和文華館ならではのおもてなし。

展覧・花の情報等、詳しい情報は近鉄のホームページの大和文華館のページをご覧ください。
http://wwwkintetsu.co.jp/kouhou/yamato/

東洋美術の宝箱
 大和文華館の歴史は昭和17年に近畿日本鉄道(当時の関西急行鉄道)社長の種田虎雄が「美のための美術館」建設を計画、世界的な美学者矢代幸雄に構想、収集を託したことから始まります。昭和21年には母体となる財団法人大和文華館を設立、高い鑑識眼によって収集された至宝によって昭和35年に開館されました。歴史文化発祥の地である「大和」と後漢書にも記されている美術工芸の専門部の呼称「文華館」とを合わせて名付けられました。
  西洋美術の専門家として世界的に知られた矢代さんは後に東洋美術の研究に取り組み、東西ともに精通する美の巨人です。比類ない審美眼に適う東洋の美術品は、「寝覚物語絵巻」「一字蓮台法華経」(以上国宝)、「小大君」「光琳作扇面貼交手筥」(以上重要文化財)など原三渓コレクション、李迪の「雪中帰牧図双幅」(国宝)など益田鈍翁のコレクションなといった名品が収集されました。切手にもなっている仁清作「おしどり香合」、「万暦赤絵小壷」、宗達の「伊勢物語芥川図」、乾山の「夕顔茶碗」など思わず微笑んでしまうような愛らしい美術品もあります。大和文華館の美術品は矢代幸雄さんの収集が基幹となっています。収集にあたってのさまざまなエピソードもなかなか興味深いものがあります。一級であればあるほど美術品には物語りが記されていくようです。
環境、収蔵品ともに優れた美術館には、展観スケジュールを確かめて繰り返し訪れる人が多いのですが、それだけの魅力を湛えているということでしょう。
美術品にとどまらず、美術に関する図書や写真資料の収集も充実し、研究機関として果たす役割も大きく、定期刊行物「大和文華」は日本を代表する東洋美術の研究誌のひとつとして評価されています。大学との連携を深めるほか、地元の小学生を招待して子供たちへの美術教育にも力を注ぎ、成果を上げているそうです。
振り返りつつ坂道を下ると松林の中に新しい神社が見えます。平成16年10月にあやめ池遊園地から移した鉄道神社。ここには伊勢大神宮、熱田神宮、生国魂神社、春日大社、住吉大社など近鉄ゆかりの御分霊と生駒トンネル工事の犠牲者などがお祀りされているそうです。
門を出て駐車場の右手には創立25周年記念として昭和60年に奈良ホテルの旧ラウンジが移築された文華ホール。東京駅や日本銀行などの設計者として知られる辰野金吾の明治建築です。「美術の文化美を自然美の額縁に於いて眺める時、美は最も我々の心の内に、深く、生き生きと入ってくるのであります」という矢代さんの言葉が思われます。