KCN-Netpressアーカイブス

もの創りの心と手

うつろう四季の心と形をうるわしい漆に託して
漆工芸家 山本 哲 さん


螺鈿に魅せられて

 富雄駅から富雄川に沿って遡り、生駒市上町の集落の一角に山本さんの工房があります。秋の雨が川沿いに咲く名残の秋桜を濡らす日、個展を控えた仕事場を訪ねました。
天平時代からの歴史を受け継ぐ奈良漆器は、螺鈿の美しさと蝋色塗の吸い込まれるような深い艶ではないでしょうか。気の遠くなるような工程と研ぎ澄ました技を受け継いでいるのは現在、ほんのわずかな人々。代々の漆の家ではなかった山本さんが漆の道を歩むようになったのは、螺鈿の美しさに魅せられたからだそうです。

「昔から絵や工芸は好きだったんですが、20歳の頃に黒田辰秋の作品を見て、螺鈿の輝きが忘れられなくなりました。大学を卒業後は、東京で骨董品輸入の会社に就職したんですが、どうしても螺鈿の仕事に就きたくて、探したら結局奈良でできるということが分かって、帰ってきたんです。螺鈿をするために漆が必要というので漆にも取りかかったわけですから、僕の場合は始めに螺鈿ありきなんですよ」

 弟子入りしたのは、奈良漆器の第一人者である樽井喜之さん。ここで漆がどんなに面倒で大変なのかを知ったのだそうです。漆にもかぶれつつ。

「職人の徒弟制度というと厳しいように思われがちですが、樽井さんは最初から何でもさせてくれるんです。精神論ではなくやってみないと分からない、という人ですから、高価なものなのに貝も切らせてもらいました。週に2日は自分のやりたいこともさせてもらったんです」

 入門1年後の作品は写真しかありませんでしたが、細かい美しい螺鈿模様の小箱です。漆の家に育ったのならまだしも、一から始めて、どうしてこれだけのものができるのか、不思議なほどの出来映えに見えます。


「僕は作りたいものがあって、イメージはできあがっていたんです。技術は作りながら学んでいきました」
山本さんにとって、心からあふれてくる想いを表現する手だてが技術だったのです。深い想いがあれば、技術はあとからついてくるものかも知れません。人は技術に感心はしても、感動はできないのですから、山本さんの言葉は心に残ります。作り手の心が技術によって表現された時に初めて、感動できるのではないでしょうか。

響き合う美しさ


研き出し、螺鈿といった伝統の技を 駆使して斬新な意匠の作品が作られる

 3年間の修行の後、独立。ここから山本さんは伝統の技に立脚しながら現代的な表現に取り組み始めます。独立の年に日本工芸会近畿支部展に入選、以後さまざまな受賞を果たします。

「正倉院の御物に代表される宝物は本当に素晴らしいと思いますが、それが日本的かというと少し違う。当時としても異郷の地のエキゾチックな文物だったでしょう。時代が下るにつれて国風化されていきますが、僕は現代の日本的な螺鈿を表現したいと思っています。日本的というのは、刻々と変化する四季のうつろい。風や空気、匂いといった微妙な雰囲気を感じられるようなものを作りたいんです。そして、誰が見ても美しいもの、理屈抜きにきれいだと感じられるもの。多くの人に見てもらって、感じて響き合えると嬉しいですね」

「波」を描いた箱は、片面が金波、もう一方が銀波です。金波は、金箔を貼った上に細かい螺鈿の集合で波を描いています。光によって貝が虹色に反射します。貝の後ろからは金色が微妙に透かして見えて、虹色の底から煌めきます。銀波は、夜の波でしょうか、漆の黒さの中に青い貝が静かに光りを放ち、それは


細かい螺鈿が漆黒の上に 花火となって煌く。

それは美しいのです。「花火」を描く小箱もため息が出てしまうほど。細かい螺鈿を丁寧にひとつづつ張り合わせて、花火の光線を黒漆の上に散らします。一瞬の花火が、小さな箱に永遠の輝きとなって留まるのです。花火の下には町の灯もともって、天神祭りなのかしら、それとも隅田川、など想像がふくらみ、見ているだけで楽しくなってしまいます。花火の音、人いきれ、歓声までも聞こえそう。


春の野も山本さんの手に かかれば麗しくも雅びに

 麗しい漆の作品を支えるのは、複雑で体力の要る作業の繰り返し。研ぐ工程では、漆を塗った器の表面を水に湿した無骨な炭でこすっていきます。手の感触ひとつでひずみを平らにしていくのですが、腕の力が相当に要るようです。
「深い光沢はこうした作業から生まれるんですが、僕も入門するまで、こんなに大変なものとは知りませんでした」  身を削るような根気と体力、集中力といった現実が、人を夢幻の香気溢れる世界へと誘う作品を生み出すのですね。


たんねんな手技から綺麗な作品が生まれる。

プロフィール
1977年 関西学院大学文学部哲学科卒業
1978年 螺鈿に魅せられ樽井喜之氏の下で修業
1981年 独立。日本伝統工芸近畿展松下賞受賞
1990年 日本伝統漆芸展、日本伝統工芸展入選
日本伝統工芸近畿展で奈良県教育長賞、日本工芸会賞等受賞、淡交ビエンナーレ茶道美術展入選
春日大社第五十九次式年造替御神宝製作。
日本工芸会正会員。
工房は生駒市上町1364 TEL 0743ー78ー0905


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