環境中のホルモン様化学物質の評価


内分泌攪乱化学物質(俗称:環境ホルモン)に関する問題は、未解明な部分が多く本格的な研究が世界レベルで始まったばかりです。今年の7月に、アメリカの学術研究会議(NRC)の専門家委員会がHormonally Active Agents in the Environment:環境中のホルモン様化学物質」というタイトルの報告書を発表しました[1]。この報告書は、環境中のホルモン様化学物質(以下環境ホルモン)の影響について、科学的に不確かなことを出来る限り明らかにするために行われた研究です[2] 

この研究は、国立科学アカデミー(NAS)と国立技術アカデミー(NAE)の主要な研究機関である学術研究会議(NRC)によって、米環境保護庁(EPA)、米内務省の国立バイオロジカルサービス、米疾病管理予防センター(CDC)から資金提供を受けて行われています。 

これまで環境ホルモンについて、高濃度で曝露した場合の健康影響や生体影響に関する証拠はありましたが、低濃度で曝露した場合の影響については、ほとんど理解されていませんでした。 

この報告書では、これまでの研究報告を分析することによって、環境ホルモンが生殖と発達、神経システム、免疫システム、癌発生率、ヒトや野生生物の生態系に与える影響に関する評価と勧告を行っています。そしてさらに評価するために、胎児から成人になるまでを通じて、リスクを持っているグループに対して新たに継続的研究を行うべきだと述べています[2] 

以下に報告書の主な結論の概要を紹介します[1][2]。なお報告書では、ホルモン様化学物質(HAAs)という言葉を用いていますが、わかり易くするために「環境ホルモン」という言葉を使います。

項目

内容

評価

トキサフェン、DDEp,p'-DDE)、DDTp,p'-DDT)、2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)、エンドリンなどの環境ホルモンが、動物実験によって甲状腺、脳下垂体、副腎の癌と関連していることが示されている。しかし、生殖器官や内分泌器官に対する腫瘍発生は、出生後の曝露では一般に示されなかった。これまでの有効な研究を評価した結果、DDTDDETCDD、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)に成人が暴露することと乳癌との関連性は支持しない。最近の研究が、農薬のディルドリンと乳癌の関連性を報告したが、疫学研究と動物実験によってさらに確認する必要がある。 

また、睾丸癌、前立腺癌、子宮内膜の癌などホルモン感受性の癌と環境ホルモンとの関連性は、これまでの研究報告から判断して支持しない。また、成人の人間に対する癌リスクを評価した研究のほとんどにおいて、体内の環境ホルモン濃度を測定していなかった。また癌リスクと胎児期や発達時期での環境ホルモン曝露との関連性を試験した研究はない。

勧告

環境ホルモンと人間での種々の癌との関連性について、長期間の研究によって立証する必要がある。これらの研究は、環境ホルモンへの曝露と癌発症の潜伏期間、癌への遺伝的影響が発癌リスクへ影響することに注意すべきである。加えて、血液中の環境ホルモンの濃度が異なった曝露を経験したグループ間で測定されるべきである。 

化学物質への妊娠中の曝露によって、成長してから発癌したり、次世代の子孫に発癌するかどうかの研究を、ある種の動物実験で行う必要がある。最初にこれらの動物実験によって、甲状腺、脳下垂体、副腎の癌を引き起こすことが示された環境ホルモンに的を絞るべきである

生殖と発達

評価

ある環境ホルモンに曝露した結果、繁殖能力低下や発達への影響が、人間、野生生物、実験動物に現れている。汚染された魚や食品を人間の母親が摂取することで胎児がDDEPCBsなどの有害化学物質に曝露すると、新生児低体重や早産を引き起こし、神経系発達遅延による知能指数低下や記憶障害に結びつく。 

日本のカネミ油症事件や台湾の油症事件において、PCBsPCDFsが混入した米ぬか油を摂取することによって、発達に影響がでたことが確認された。 

これまでの証拠によれば、停留精巣や睾丸癌などの人間の男性生殖能力を攪乱する発生率の増加は、環境ホルモンへの曝露に関連しているとは言えない。 

精液濃度の地域格差を観察し、その違いが環境や他の要因によって変化しているかどうか研究すべきである。精子濃度が減少しているかどうか判断するために、さらなる研究が必要である。 

雌雄のラット、マウス、モルモット、雌の赤毛猿を使った実験研究で、DDT、メトキシクロル、PCBs、ダイオキシン、ビスフェノールA、オクチルフェノール、ブチルベンジルフタレート(BBP)、ジブチルフタレート(DBP)、クロルデコン、ビンクロゾリンなどの環境ホルモンに対して発達時期に種々の濃度で曝露すると、構造的機能的な生殖異常を引き起こすことが示された。

勧告

人間や野生生物の生殖や発達に環境ホルモンが影響していることをさらに理解するために、環境ホルモンに曝露することで生息数の減少、異常な性行動や奇形を示す野生生物に対して、慎重に計画された研究が行われるべきである。なお、環境ホルモンによって影響があると疑われる人間の人口母集団での長期研究が必要である。これらの研究は、妊娠から成人になるまでの重要な発達ステージにおいて、コーホート研究を使った横断分析研究により、雌雄の生殖器官の末端まで追跡研究すべきである。

神経への影響

評価

労働災害によって高濃度PCBs PCDFsに母親から胎児へ曝露した人口母集団の研究や、PCBsとダイオキシンの混合物、DDE、ディルドリンなどの農薬へ曝露した魚や食品を食べた母親と胎児の人口母集団の研究において、これらの環境ホルモンに胎内で曝露することによって、認識や神経系のシステムの発達へ影響を与える証拠が示された。同様に、子宮内や授乳期間中にPCBsに曝露したサルを曝露14ヶ月後に診察したところ、認識機能に欠陥があった。出生前に化学物質に曝露したラットやマウスは、行動力や学習能力の低下が見られた。

勧告

環境ホルモンによって影響された疑いのある人間のグループにおいて、妊娠から成人に至るまでの重要な発達時期における長期的な試験が行われるべきである。神経生物学や社会開発の研究のために、環境基準の設定を行うべきである。

免疫への影響

評価

様々な環境ホルモンが動物実験で免疫システムの様々な要素に影響する。加えて、有機塩素化合物(主にPCBs)に曝露した五大湖の鳥や、PCBsに汚染されたバルト海の魚を摂取したアザラシにおいて、免疫システムの抑制を示した証拠がある。このような免疫抑制は、同様に汚染された水域で餌食した魚などから、バクテリアやウィルス感染が増加したためだと考えられる。人間において、環境ホルモンによる免疫系への影響のデータは、決定的な結論を行うには不十分である。

勧告

環境ホルモンによって影響されると疑われる人々のグループ、特に母親が妊娠期間中に環境ホルモンに曝露した子供において、自己免疫に関する有病率を調査した上でコーホート研究が行われる必要がある。これらの研究において、環境ホルモンと人間の健康との関係を明らかにするために、様々な生活相での臨床的な免疫評価試験が行われるべきである。実験研究もまた、農薬、洗剤、スキンケア製品などに含まれる環境ホルモン物質が免疫システムに影響を与えるかどうか判断するために必要である。

生態系への影響

評価

環境ホルモンは、例えば五大湖やフロリダの魚、鳥、アポプカ湖のワニなどのある種の野生生物の減少におそらく結びついている。また、米国のミンク、ヨーロッパのカワウソや海生哺乳類の減少や奇形におそらく結びついている。絶滅の危機にあるフロリダヒョウの低出生率、五大湖のスッポンに観察された奇形や胎児死亡率の増加に結びついている。 

五大湖のプランクトンから食物連鎖の頂点の生物まで過去100年にわたり、外来種の輸入、汚染、釣り、海岸線の発達、五大湖へ流れる支流の変化などを経験してきた。つまり他の環境因子が含まれるので、完全にこれらの減少と環境ホルモンとの関連性を確定することは困難である。 

難分解性で生態蓄積性をもつ環境ホルモン(残留性有機化合物など)が野生生物の生態数減少に影響した疫学的実験的な証拠がある。しかしそれが主な要因かどうか、結論は出ていない。

勧告

低濃度の環境ホルモンに曝露した野生生物への長期研究が、生態数の減少や平均寿命などへの影響を評価するために必要である。そのような研究は、環境ホルモンが長期にわたりどのように生態系へ影響するかを理解するために、重要な発達ステージでの影響に関する試験を行うべきである

1999810日のワシントンポストで、NRC委員会のメンバーであるミズーリ大学−生物学部−フレデリック・ヴォンサール(Frederick S. vom Saal)教授は、この報告書に関して次のように語っています[3]

 

「米環境保護庁(EPA)は、ホルモン作用を持つ可能性のある多数の化学物質のスクリーニング試験を行っている。実験的なスクリーニング試験によって、ある化学物質がどのように体に影響するかについて新しい情報を与えてきた。例えば、DDTは、エストロゲン様のホルモン作用をすると長い間信じられてきた。しかし、1995年の米環境保護庁(EPA)の研究者らによって、体内でDDTが抗アンドロゲンとして作用する物質に変化し、男性ホルモン・テストステロンの作用を阻害することがわかった。このことによって、おそらくDDTに曝露したオスの鳥やワニが正常な男性生殖器の発達ができず、メスのような行動と取ることが説明できる。つまり、前立腺癌の治療薬フルタミドと同様、テストステロン阻害剤のようなものである。新しい報告は消費者に対しての勧告はない。しかしアメリカ合衆国では多くの河川が汚染されている。10代の女性を含めた妊娠可能年齢の女性が淡水魚を食べることに対し警告する強い証拠がポリ塩化ビフェニール(PCBs)にあると私は考えている。人々は、これらの化学物質を除去することができないので、妊娠前に魚を食べることによって、体内にこれらの化学物質を蓄積することができる。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] National Research Council(NRC),Hormonally Active Agents in the Environment
560ページの報告書で、米国立科学アカデミープレスのサイトからオンラインで見ることができます。以下のアドレスに入り、OPEN BOOK (READ) をクリックして下さい。http://books.nap.edu/catalog/6029.html
 

[2] Cheryl Greenhouse, Jennifer Cavendish, 米国立科学アカデミープレスリリース、199983
“Research Needed to Reduce Scientific Uncertainty About Effects of Hormonally Active Agents in the Environment”
http://www4.nationalacademies.org/news.nsf/isbn/0309064198?OpenDocument
 

[3] Susan Okie, Washington Post, Tuesday, August 10, 1999; Page Z08“Assessing Hormone-Mimicking Chemicals” Some Scientists Are Alarmed About Pesticides, Contaminants and Natural Plant Estrogens.


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