2002320

シックハウス問題に対する汚染濃度低減化対策に関する研究動向


国立公衆衛生院 建築衛生学部

池田耕一

東 賢一

1.           はじめに

近年、室内空気中の化学物質汚染によって、住宅やビルの新築・改築直後に、のどや眼などの刺激、めまい、頭痛などの体調不良を訴える居住者が数多く報告されている。症状が多様で、症状発生の仕組みをはじめ、未解明な部分が多く、また様々な複合要因が考えられることから、シックハウス症候群と呼ばれている1)。現在までに、その原因や発症のメカニズムについての研究が進められ、厚生労働省による化学物質の室内濃度指針値策定を中心に、関連業界における建材のラベリングや自主基準策定、建築基準法改正、学校環境衛生の基準改訂など、各方面にわたり予防対策が実施されつつある。そこで本報では、室内空気中の化学物質濃度低減化対策に関する研究動向について概説する。

 

2.           厚生労働省の室内濃度指針値

室内空気中の化学物質汚染の低減化が促進され、快適で健康な居住空間が確保されることを目的として、厚生省(現、厚生労働省)は、20004月よりシックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会を開催し、特定の化学物質に対して室内濃度指針値を策定してきた。表1に厚生労働省の室内濃度指針値策定方針、表2に現時点までにおいて策定された室内濃度指針値を示す。

表1 厚生労働省の室内濃度指針値策定方針1

No.

指針値策定方針

(1)

WHOの空気質ガイドライン2等で指針値が提示されている化学物質

(2)

住環境内における揮発性有機化合物の全国実態調査等3の結果、室内濃度及び室内濃度/室外濃度(I/O)比が高く、個人暴露濃度/室内濃度(P/I)比が1を大幅に上回っていないもの

(3)

パブリックコメントから特に要望のあった事項

(4)

外国で新たな規制がかけられたこと等の理由により、早急に指針値策定を考慮する必要がある物質

(5)

これまで指針値を策定した*4物質の用途(溶剤、接着剤、防虫剤)に加え、他の主要な用途に使用されている物質

(6)

これまで指針値を策定した*4物質の構造分類(アルデヒド・ケトン類、芳香族炭化水素、ハロゲン化炭化水素類)に加え、他の主要な構造分類に分類される物質

*これまで指針値を策定した4物質とは、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、パラジクロロベンセン 

2 厚生労働省が策定した室内濃度指針値4

化学物質*

毒性指標

室内濃度指針値

μgm3

ppm

ホルムアルデヒド(1)

ヒト吸入暴露における鼻咽頭粘膜への刺激

100

0.08

トルエン(1)(2)

ヒト吸入暴露における神経行動機能及び生殖発生への影響

260

0.07

キシレン(1)(2)

妊娠ラット吸入暴露における出生児の中枢神経系発達への影響

870

0.20

パラジクロロベンゼン(1)(2)

ビーグル犬経口暴露における肝臓及び腎臓等への影響

240

0.04

エチルベンゼン(1)(2)(3)

マウス及びラット吸入暴露における肝臓及び腎臓への影響

3,800

0.88

スチレン(1)(2)

ラット吸入暴露における脳や肝臓への影響

220

0.05

クロルピリホス(4)(5)

母ラット経口暴露における新生児の神経発達への影響及び新生児脳への形態学的影響

1

0.00007

小児

0.1

小児

0.000007

フタル酸ジ-n-ブチル(1)(3)(5)

母ラット経口暴露における新生児の生殖器の構造異常等への影響

220

0.02

テトラデカン(2)(6)

C8-C16混合物のラット経口暴露における肝臓への影響

330

0.04

フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(3)(5)

ラット経口暴露における精巣への病理組織学的影響

120

0.0076**

ダイアジノン(4)(5)

ラット吸入暴露における血漿及び赤血球コリンエステラーゼ活性への影響

0.29

0.00002

アセトアルデヒド(1)(2)

ラットに対する経気道曝露による鼻腔嗅覚上皮への影響

48

0.03

フェノルカルブ(3)(5)

ラットに対する経口混餌反復投与毒性におけるコリンエステラーゼ(ChE)活性阻害等への影響

33

0.0038

総揮発性有機化合物量(TVOC)(1)(3)

国内の室内VOC実態調査の結果から、合理的に達成可能な限り低い範囲で決定

暫定目標値

400

*(1)-(6)は表1の指針値策定方針のNo.を示す

**フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)の蒸気圧については1.3×10−5Pa25度)から8.6×10−4Pa20度)など多数の文献値があり、これらの換算濃度はそれぞれ0.12から8.5ppb相当

表2に示された室内濃度指針値は、現時点において入手可能な毒性に関する科学的知見に基づき、ヒトがその濃度の化学物質を一生涯にわたって摂取しても、健康への有害な影響を受けないであろうとの判断により設定された値とされている。今後も検討が継続され、トータルでおよそ4050の化学物質に対して室内濃度指針値が策定される予定となっている。

また、これらの指針値は、その物質が「いかなる条件においてもヒトに有害な影響を与える」ことを意味するのではなく、指針値以下がより望ましいとの趣旨で策定されている。

  

3.           室内空気中の化学物質濃度低減化対策におけるアプローチ

室内空気中の化学物質濃度は、各建材や家具の化学物質放散量や吸着量、部屋の気密性や換気回数、部屋の大きさ、部屋の温湿度などの因子によって大きく変化する。また、居住者が室内に持ち込むさまざまな家具や家庭用品の影響も大きく受ける。そのため、室内空気中の化学物質濃度低減化対策には、1) 換気による化学物質の排出、2) 汚染源の推定及びそのコントロールと除去、3)分解/除去手段の使用、これら3つのアプローチが重要となる5) 6)

 1)   換気による化学物質の排出

外気が汚染されているといった特殊な場合を除き、最も有効で基本的な化学物質の低減化対策は換気である。換気を行い、室内の空気が十分に外気と入れ替われれば室内空気中の化学物質濃度は低減化される。しかしながら、夏場の高温時や冬場の低温時など快適な室温等を維持する必要のある場合や、室内濃度が過度に高く、窓や扉を開けなければ換気が十分に行われないため防犯上問題が生じるといった場合などは、換気を十分に確保できない可能性があることに注意しなければならない。「健康なすまいづくりのためのユーザーズガイド」6)において、日常生活で簡単にできる換気方法が以下のように示されている。 

日常生活で簡単にできる換気方法6)

 (1)窓を閉めている時期

●換気システムがある場合は常時運転する。(フィルターやファンの掃除に気をつける)

●換気システムが無い場合には、トイレや風呂の換気扇を利用する。(トイレや浴室の換気扇を常時運転する。ファンの運動音などの異常に注意する)

●換気口を開ける。(部屋のドアを開けておくと換気に有効)

●こまめに窓を開ける。(特に、鼻や目に刺激を感じた時にはすぐに窓を開ける)

注)一般のエアコンでは換気ができないので、別途換気を行う必要がある。

 

(2) 就寝時や留守にも換気する。

●換気せずに窓を閉め切っていると、その間に発生した汚染物質が蓄積して、室内の濃度が高くなることがある。そのため、就寝時や留守の場合も、換気しておくことが望まれる。

  

2)    汚染源の推定及びそのコントロールと除去

換気により居住者の体調不良が改善されない場合、汚染源における化学物質の発生量を低減させるか、その汚染源を除去する必要がある。そのためには汚染源の推定が必要とされる。また、容易に汚染源が推定されず、汚染化学物質や発生場所を推定するために室内空気中の化学物質濃度を測定する必要が生じる場合がある。以下に、それらの概要を述べる。

  

2-1) 汚染源の推定

汚染源の推定のためには、体調不良が生じるようになった過去の経緯を検証する必要がある。新築家屋への入居、あるいは家屋や部屋の改築、防蟻処理などの薬物処理、隣家の改修、庭の農薬散布、部屋の殺菌/殺虫処理、家具や生活用品の購入など、何らかの出来事との関連性を見出すことが重要である。また、特定の部屋において体調不良が生じる、特定の部位から刺激臭を感じるなど、特定の場所や部位との関連性を検証することも重要である。表3に、各種の汚染源と発生する化学物質の一例を示す。

表3 各種の汚染源と発生する化学物質の一例7)

汚染源

化学物質

建築材料

合板、集成材

ホルムアルデヒド、トルエン

断熱材

スチレン、フタル酸エステル類

塩ビ系壁紙

フタル酸エステル類

木材保存剤、防蟻剤

有機リン系、ピレステロイド系化合物

家庭用品

洗浄剤

テトラクロロエチレン、アルコール類、塩化メチレン、アセトン

塗料、スプレー

トルエン、キシレン、アルコール類、ノルマルヘキサン

殺虫剤

パラジクロロベンゼン、ピレステロイド系、有機ハロゲン化合物

芳香剤

プロピレングリコール、エチルエーテル、アセトン、エチルアルコール

家具、絨毯

ホルムアルデヒド、スチレン、エチレングリコールエーテル

建築物

暖房

窒素酸化物、二酸化炭素、一酸化炭素、二酸化硫黄、メタン

燃焼器具

窒素酸化物、二酸化炭素、一酸化炭素、プロパン、ブタン

車庫

一酸化炭素、窒素酸化物、二酸化硫黄、ベンゼン、ニッケル、白金

建築資機材

n-デカン、トルエン、ホルムアルデヒド、ラドンガス、ウレタン

生活起因

たばこの煙

ベンゾ(a)ピレン、無機ガス、含窒素化合物、ケトン類

炊事等の燃焼

ベンゾ(a)ピレン、一酸化炭素、二酸化炭素、窒素酸化物、メタン

飲料水

トリハロメタン、トリクロロエチレン、クロロホルム

ヒト、動物由来

二酸化炭素、代謝物による揮発性ガス

実際の住宅や家庭用品における化学物質の実態調査と汚染源の推定を行った研究がいくつか報告されており、事例として以下に紹介する。これらの事例は、汚染源推定の際の参考データとすることができる。

 

新築集合住宅の事例8)

19979月に竣工した鉄筋コンクリート造10階建て集合住宅の7階の一戸(3LDK)が測定対象住宅で、この集合住宅の周辺は一戸建ての住宅地であった。居間(フローリング)、和室(畳)、寝室(カーペット)、子供部屋(カーペット)で構成されており、浴室、トイレ、台所に換気扇が設置されていた。入居後の10月から翌年の5月までにかけて、室内空気中の化学物質濃度の推移が測定された。得られた結果の概要を表4にまとめた。 

表4 入居後からの室内空気中の化学物質濃度の推移

化学物質濃度の挙動

汚染源

汚染化学物質

入居後から経時により濃度が減衰

新築時に建材や施工材から放散

ホルムアルデヒド、トルエン、アセトン、CFC-11(断熱材の発泡剤)アセトアルデヒド、エチルベンゼン、キシレン、スチレン

入居後のある時期に濃度が高くなる

居住者による持ち込み

パラジクロロベンゼン(防虫剤、防臭剤)、1,1,1-トリクロロエタン(スプレー缶、クリーニング)

入居後から濃度が向上

その他の生活起因

クロロホルム(水道水)

特定の部位が高濃度

収納棚が高濃度に汚染

ホルムアルデヒド(合板の接着剤)

戸建て住宅の事例9)

199210月から199612月に新築入居した8世帯が対象住宅で、工法は在来木造4戸、鉄骨系プレハブ2戸、木質系プレハブ2戸であった。測定は199911月まで、主に6月、9月、11月に測定が行われ、約4年にわたる長期間での測定が行われた。そして、およそ次の結果が得られた。 

      ホルムアルデヒド濃度は、夏場が高く冬場が低いといった温度と絶対湿度に連動する変化を繰り返しながら、経年により濃度が減衰する傾向があった。また、新たな家具の持ち込みが多い住宅において、ホルムアルデヒド濃度が高い傾向があった。

      塗料や接着剤の希釈剤として用いられる蒸散支配型の化学物質(ホルムアルデヒド、n-デカン、n-ドデカン、n-ウンデカン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン)は、竣工直後の戸建て住宅で最も濃度が高かった。

      衣類の防虫剤やトイレの防臭剤として一般的に使用されるパラジクロロベンゼンは、入居後のある時期に濃度が高くなることがあり、居住者の生活行為による影響を受けていることが考えられる。

規制対象外家庭用品中のホルムアルデヒド濃度の実態調査事例10)

「有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律」(家庭用品規制法)によって、17種類の化学物質と対象家庭用品に対して化学物質濃度基準値が定められている。ホルムアルデヒドは樹脂繊維の加工剤として、例えば形状記憶シャツなどに利用されている。表5にホルムアルデヒドの規制内容を示す。 

表5 家庭用品規制法におけるホルムアルデヒドの規制内容

対象家庭用品

基準

繊維製品のうち、おしめ、おしめカバー、よだれ掛け、下着、寝衣、手袋、くつした、中衣、外衣、帽子、寝具であって生後 24ヶ月以下の乳幼児用のもの

検出せず

繊維製品のうち、下着、寝衣、手袋、くつした、及びたび、かつら、つけまつげ、つけひげ又はくつしたどめに使用される接着剤

75 ppm 以下
(試料 1g当り 75μg)
(アセチルアセトン法)

一方、ホルムアルデヒドは規制対象外の家庭用品にも含まれており、多様な使用目的から健康に影響を与える機会が多いと考えられることから、規制対象外の家庭用品を対象としたホルムアルデヒドの実態調査が行われた研究が報告されている。

平成6年から平成9年に東京都内の小売店から購入した規制対象外の家庭用品(合計212検体)中のホルムアルデヒド濃度が公定法に準じて測定され、およそ表5の結果が得られた。 

表6 規制対象外家庭用品中のホルムアルデヒド測定結果

検体

検体数

家庭用品規制法の基準値75ppmを超えた検体数

繊維製品

(1)    形態安定加工表示

(2)    加工表示なし

 

41

47

 

12(最大305ppm

2

壁紙、襖紙類

(1)    壁紙・襖紙兼用

(2)    壁紙

(3)    襖紙

(4)    障子紙

 

4

28

10

2

 

1379ppm

5

1

0

カーテン

(1)   遮光用

(2)   浴室用

 

16

5

 

1311ppm

0

マット・カーペット類

4

1327ppm

寝具

8

0

家庭用洗剤

18

1

家庭用エアゾール製品

(1)   クリーナー

(2)   消臭スプレー

(3)   防水スプレー

 

10

10

9

 

2(最大2057ppm

0

0

表6から明らかなように、ホルムアルデヒドは多くの家庭用品に含まれており、繊維製品、壁紙、カーテン、カーペット、エアゾール製品の一部から高い濃度のホルムアルデヒドが検出され、室内空気や人の健康に影響を及ぼす可能性が懸念されている。

 

2-2) 室内空気中の化学物質濃度の測定6)

室内空気中の化学物質濃度が、厚生労働省が定めた室内濃度指針値を上回っているかどうかは、室内空気の汚染状況を把握するうえで重要である。基本的に測定は、住宅の設計・施工者や公的機関に依頼して実施することが望ましい。測定方法は、簡易法と精密法の2つに大きく分けられる。簡易法は専門家でなくても容易に測定できるが、得られた測定値の精度がよくない場合が見受けられる。一方、精密法は高価な分析機器と熟練した測定技術が必要であるが、得られた測定値の精度は高い。 

●簡易法

ホルムアルデヒド、トルエン、パラジクロロベンゼン、キシレンについては、ガラス製の検知管に定流量ポンプを用いて室内空気を吸収し、検知管の色の変化で濃度を判別する検知管法がある。検知管法は、測定対象空気中にアセトアルデヒドやアルコール類が存在すると、その影響を受けて測定数値が高くでる傾向があり、室内濃度の概略値を知るための方法と考えたほうがよい。

簡易法としては、その他に各種センサー技術(定電位電解法、吸光光度法、テープ式光電光度法、化学発光法、電気化学的燃料電池法など)を用いた簡易測定器が市販されている11)。取り扱いが容易ですぐに結果が得られるが、現場で測定値のバラツキを生じるものがあるため、取り扱いや測定値の取り扱いに注意しなければならない。現在においても、測定精度を高めるための開発が継続されており、今後、取り扱いが容易で測定精度の高い簡易測定器が市販されることに期待がかかっている。 

●精密法

可能な限り正確な濃度が知りたい場合には、専門機関による室内空気の採取と化学分析を依頼する必要がある。特殊な捕集管に室内空気を捕集した後、専門機関が保有する高度な化学分析器(液体高速クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフ質量分析器など)を用いて定量する。

  

2-3) 汚染源のコントロールと除去

汚染源が推定できれば、その汚染源をコントロールまたは除去するための対策を検討しなければならない。例えば、家具等の容易に移動できるものは室内から移動する。壁紙や床材であれば貼り替える。床下の防蟻処理であれば散布された薬剤を除去し、さらに土壌中に入り込んでいる薬剤は土壌ごと掘り起こして吸着剤を併用するなどの対策が考えられる。その際は、住宅の設計者や施工業者、公的機関等の消費者相談窓口などに必要に応じて相談する。 

 

3)    分解/除去手段の使用

基本的な室内空気中の化学物質濃度低減化対策としては、1) 換気による化学物質の排出、2) 汚染源の推定及びそのコントロールと除去が重要である。しかしながら、化学物質濃度が過度に高い場合など、一時的にさらに追加的処置を行う必要のある場合がある。その際には、分解/除去手段等を用い、これらの対策を補うことが考えられる。その方法としては、ベイクアウト、空気清浄機、ゼオライトや活性炭などの吸着剤があげられる。

ただしこれらの方法は、対象とする化学物質や使用方法、メンテナンスが十分行われているかなどによって効果が大きく異なり、全く効果のない場合もある。そのため、使用前にメーカーや専門家等によく確認し、より適切な方法を選択し、空気清浄機のフィルター交換や活性炭の入れ替えなど、適切なメンテナンスを行う必要がある。以下に、ベイクアウト、空気清浄機、吸着/分解剤に関する研究動向を概説する。

 

3-1) ベイクアウト

ベイクアウトとは、電気ストーブなどの加熱装置を用いて室内温度を上昇させて3040 ℃に数日間保ち、内装建材等に含まれる揮発性の化学物質を室内空気中に強制的に放散させる方法である。

竣工後24ヶ月の新築住宅においてベイクアウト(約30℃、24時間〜72時間)を実施し、実施前後における化学物質の室内濃度変化を測定した研究報告12)によると、ホルムアルデヒド濃度が約2352%減衰し、加熱温度を高くするとその効果が増大すること、揮発性有機化合物に対しては、減衰効果が認められないケース(濃度が上昇するリバウンド現象)と数十%の減衰効果が認められたケースがあること、ベイクアウトの実施時間を延長することでその効果が増大する傾向が観察されたことなどが報告されている。

また、実際の室内では何種類もの建材が使用されており、化学物質放散量の異なる建材間でのベイクアウト効果の影響が懸念される。そこでホルムアルデヒドと揮発性有機化合物の放散量の異なる建材が混在する状況下において、ベイクアウトにより放散した化学物質の再付着状況を測定した研究が報告されている13)。その結果、放散量の差が大きな建材が混在する状況下では、ベイクアウト後において、低放散量の建材に再付着したホルムアルデヒドや揮発性有機化合物の放散により、一時的に放散量が大きくなる可能性が示唆されており、ベイクアウト直後の徹底した換気の必要性が指摘されている。

現在のところ、ベイクアウトに関する研究事例は少なく、効果的なベイクアウト方法に関する研究は始まったばかりであるが、一つの有望な汚染低減対策として注目されている。なお、過度の加熱による内装建材の損傷には注意が必要である。

 

3-2) 空気清浄機

これまで空気清浄機といえば、たばこの煙や花粉などの粒子状物質を物理的に除去フィルターを通じて除去するタイプの機器が市販されていた。しかしながら、室内空気中の化学物質汚染の問題が取り上げられるようになり、最近ではホルムアルデヒドなどのガス状物質を除去対象とした空気清浄機が開発されている。これらの空気清浄機の除去原理を表7に示す。 

表7 ホルムアルデヒド除去表示のある家庭用空気清浄機の除去原理14)

除去原理

概要

添着活性炭フィルター

活性炭に特殊な化学処理をしたホルムアルデヒド吸着剤を加工

プラズマ放電

プラズマ放電によるホルムアルデヒドの酸化分解

二酸化チタン系光触媒

二酸化チタン系光触媒によるホルムアルデヒドの酸化分解

脱臭フィルター

脱臭フィルターによるホルムアルデヒドの吸着濾過

改質活性炭カートリッジ

活性炭に特殊な化学処理をしたホルムアルデヒド吸着剤を加工

表7に示される空気清浄機の除去性能をホルムアルデヒドに対して行った研究報告14)によると、ステンレス製大型チャンバーを密閉してその中に空気清浄機を設置し、化学物質長時間・定量発生装置を用いて一定量のホルムアルデヒドをチャンバー内に流入させ(実際の室内を想定した定常発生法)、空気清浄機の運転に伴うチャンバー内のホルムアルデヒド濃度を5時間測定した結果、いずれの空気清浄機においてもホルムアルデヒド濃度の減衰効果が観察されている。ただし、脱臭フィルターを利用した空気清浄機では、いったんホルムアルデヒド濃度が減衰した後、再び上昇する傾向が観察され、脱臭フィルターに吸着したホルムアルデヒドが再び放出されたためと考えられている。

二酸化チタンに光(紫外線)が当たると、空気中の水分などに作用して化学物質を分解するOHラジカルや活性酸素が生成される。そのため化学物質の分解剤や殺菌作用のある化学物質として最近注目されており、空気清浄機にも利用され始めている。二酸化チタン系光触媒は、このような原理から、多くの化学物質の分解に対する効果が予想されており、ホルムアルデヒド以外でも、トルエン、キシレン、トリメチルベンゼン、パラジクロロベンゼン、総揮発性有機化合物(TVOC)に対する減衰効果が、実際の新築集合住宅における6日間の実験的研究で確認されている15)

その他、オゾンの強い酸化作用による化学物質の分解反応を利用したオゾン式空気清浄機が市販されているが、オゾンはヒトの呼吸器系に対して強い刺激性を有する化学物質なため、ヒトに対して健康影響を生じないオゾン濃度で化学物質が分解できるかなど、実際の効果が十分に実証されていない。

そのためアメリカ環境保護庁は、これまで報告されてきた科学文献を評価した結果、オゾン式空気清浄機で室内空気汚染を効果的にコントロールできるかについては、健康基準値(最大8時間平均値で0.08ppm以下)を超えないオゾン濃度では、室内空気汚染物質はほとんど除去できず、臭いの原因となる多くの化学物質を有効に除去できないことを示す証拠があること、また、その濃度では、ウィルス、細菌、カビなどの生物汚染源を有効に除去できないと報告している16)

これらの現在の研究報告から、空気清浄機にはある一定の効果が期待されるが、実際の家庭では長期間にわたり使用されるため、触媒の耐久性や除去フィルターの交換など、定期的なメンテナンスに注意しなければならず、過大な期待を持たないほうがよいと思われる。メンテナンスフリーの空気清浄機など、今後の性能向上が期待される。

 

3-3) 吸着/分解剤(ゼオライト、炭、活性炭、吸着シート、吸着ペイントなど)

室内空気中の化学物質汚染の低減を目的としたさまざまな吸着/分解剤等が市販されている。その原理は、多孔質形状を利用して化学物質をその孔の中に物理的に吸着させる物理的手法と、化学反応を利用して化学物質を分解する化学的手法がある。

ホルムアルデヒドの吸着特性をガラス容器内で20時間評価した研究報告17)によると、セラミック炭、パルプスラッジ炭化品、パルプスラッジ灰化品、ゼオライトの吸着特性が優れており、特にセラミック炭やパルプスラッジ炭化品などの炭化物は、吸着剤に吸着したホルムアルデヒドの加熱による脱離がゼオライトよりも少なく、ホルムアルデヒドの吸着力が大きいと考えられると報告されている。

また、浄化シート、ホルムアルデヒド除去対策カーペット、容器詰め薬剤といった市販の除去製品のホルムアルデヒド除去性能を、ステンレス製タンクを用いて数日間評価した研究報告14)によると、一部の商品でホルムアルデヒド除去効果が確認されたが、ホルムアルデヒド除去対策カーペットでは除去効果がほとんど観察されず、換気による除去効果と比較するとその効果は小さいと報告されている。

これらの現在の研究報告から、吸着/分解剤にはホルムアルデヒド除去効果が期待されるものもあるが、そのメカニズム、長期間での使用に対する効果の有無、メンテナンス基準などが、まだ十分明らかにされていない。そのため、今後のさらなる研究が必要とされる。

 

4.           まとめ

シックハウス問題に関する汚染濃度低減化対策として3つのアプローチを中心に概説してきた。その基本は、換気による化学物質の排出と汚染源のコントロール/除去である。また最近、さまざまな分解/除去手段が研究されており、その効果については十分把握されていないことからも、実際の使用に際しては注意が必要であるが、補助的な処置として今後の開発が期待される。

国内では、厚生労働省による「室内空気中化学物質についての相談マニュアル作成の手引き」、国土交通省による「健康なすまいづくりのためのユーザーズガイド」や「健康なすまいづくりのための設計・施工ガイド」など、一般向けや建築業社向けのマニュアルが整備されつつある。

また、汚染源の推定に関する住宅や家庭用品の実態調査に関する研究も進み、その実態が解明されつつある。今後のさらなる研究に期待したい。

 

<参考文献>

1)       厚生省 生活衛生局 企画課 生活化学安全対策室:室内空気汚染問題に関する検討会中間報告書−第1回〜第3回のまとめ, 2000626

2)       World Health Organization (WHO), Geneva, Air Quality Guidelines, December 10, 1999

3)       国立医薬品食品衛生研究所 環境衛生化学部:居住環境内における揮発性有機化合物の全国実態調査結果について, 国立医薬品食品衛生研究所S, 1998

4)       厚生労働省医薬局審査管理課化学物質安全対策室:室内空気汚染問題に関する検討会中間報告書−第8回〜第9回のまとめ, 200228

5)       厚生労働省医薬局審査管理課化学物質安全対策室:室内空気汚染問題に関する検討会中間報告書−第6回〜第7回のまとめ「室内空気中化学物質についての相談マニュアル作成の手引き」, 2001724

6)       独立行政法人建築研究所, ()建築環境・省エネルギー機構, ()日本建築センター, ()ベターリビング:健康なすまいづくりのためのユーザーズガイド, 2001731日第2

7)       安藤正典:室内空気汚染と化学物質 第4回 室内空気中に存在する化学物質一覧, 資源環境対策, Vol. 33, No. 8, pp737-744, 1997

8)       内山茂久 他2名:新築集合住宅における揮発性有機化合物の挙動と発生源の推定, 日本建築学会計画系論文集, Vol. 547, pp75-80, 2001.9

9)       東 実千代 他4名:戸建て住宅におけるホルムアルデヒドおよび揮発性有機化合物濃度の継続的実測調査, 日本建築学会計画系論文集, Vol. 552, pp29-35, 2002.2

10)   都田路子:家庭用品の衛生科学的研究(第39報)規制対象外家庭用品中のホルムアルデヒドの実態調査, 東京都立衛生研究所年報, pp71-74, 1998

11)   松村年郎:ホルムアルデヒド簡易計測器の最近の動向, 平成11年度室内環境学会総会 講演集, Vol. 2, No. 1, pp24-28, 1999.12

12)   野崎敦夫:新築住宅の室内化学物質汚染低減化対策について, 平成12年度室内環境学会総会 講演集, Vol. 3, No. 2, pp26-33, 2000.12

13)   野田耕右:ベークアウトによる建材相互の影響, 環境の管理, Vol. 31, pp73-76, 2000.10

14)   小峯裕己:設備機器・生活用品に関わる抑制対策手法の開発, 化学物質による室内空気汚染の現状と対策最終成果報告会, 財団法人 日本建築学会 室内化学物質空気汚染調査委員会, pp157-175, 2001.7

15)   森 康明 他5名:酸化チタン系光触媒空気清浄機による室内空気中の揮発性有機化合物の除去効果, 室内環境学会誌, Vol. 3, No. 1, pp13-21, 2000

16)   United States Environmental Protection Agency (USEPA), “OZONE GENERATORS THAT ARE SOLD AS AIR CLEANERS:  An Assessment of Effectiveness and Health Consequences”, April 4, 2001

17)   小川俊彦 他1名:住環境におけるVOC等の低減化技術 第2報 ホルムアルデヒドの吸着測定, 岐阜県生活技術研究所研究報告, pp35-39, 2000

18)   独立行政法人建築研究所, ()建築環境・省エネルギー機構, ()日本建築センター, ()ベターリビング:健康なすまいづくりのための設計・施工ガイド, 2001731日第2