フタル酸ジ-2-エチルヘキシルの摂取量


2002218

CSN #225

フタル酸エステル類は、軟質塩化ビニル樹脂、ニトロセルロース、メタクリル酸樹脂等の可塑剤(柔らかくする材料)として、住宅建材、家電製品、日用品、電線被覆材、農業用フィルムなどに幅広く利用されています。その中でも代表的な物質は、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)です。

汎用的に幅広く利用されているため、軟質塩化ビニル樹脂に対する安全性という観点から、これまで筆者に対して多数の相談がありました。そこで、これまで得られた情報をもとに、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)の摂取量という観点から論じ、課題提案を行いたいと思います。

私たちがDEHPを摂取する経路としては、大気や室内空気などの経気曝露、飲料水や食物などの経口曝露、土壌や生活関連製品などの経皮曝露があります。アメリカ保健省の国家毒性プログラム−ヒューマン・リプロダクション評価センター(NTP-CERHR)の専門家パネルが200010月に発表したDEHPリスク評価報告書によると、カナダにおいて試算した一般の人たちのDEHP摂取量が表1のように示されています[1]

1 カナダにおける一般の人たちのDEHP摂取量[1]をもとに作成)

曝露源

DEHP摂取量(μg/kg体重/)

五大湖周域の大気

0.00003 -0.0004

室内空気

0.85 -1.2

飲料水

0.02 -0.38

食物

4.9 -18.0

土壌

0.000004 -0.00014

 

そして、世界27ヶ国290以上の団体が所属する国際共同組織である「Health Care Without Harm (HCWH):害のない医療」の報告書によると、1996年に発表されたHuberDoullらの研究報告をもとに、妊婦がDEHPに曝露する可能性のある曝露源と曝露量が表2のように示されています[2]。つまり表1と表2によると、DEHPの摂取量は、食物からが多く、室内空気がそれに次いでおり、塩ビ床材の室内の場合は、食物からの摂取量を超える可能性があるということがわかります。

2 妊婦が妊娠中にDEHPに曝露する可能性のある汚染源[2]をもとに作成)

曝露源

曝露量
(μg/kg体重/)

曝露量
(mg/)

含有量

空気

ハウスダスト

190-4,580 mg/kgダスト

25度の自動車車内

1未満

0.07未満

0.01 mg/m3未満

塩ビ床材の室内

14-86

1-6

0.05-0.3 mg/m3

都会の大気

0.006-0.225

0.0005-0.016

22-790 ng/m3

飲食物

飲料水

1未満

0.06未満

0.03 mg/L未満

食物

3.8-30

0.27-2.0

特殊ケース

透析中の妊婦

10-7,200

0.004-3.1

−:報告なし

 

そこで、DEHPに対する健康影響をベースとした安全性評価結果が重要になるのですが、これまで各国では、表3に示す安全性評価結果が発表されています。

3 各国におけるDEHPに係る安全性評価結果[3]をもとに作成)

国、連合

耐用一日摂取量(TDI)
(μg/kg体重/)

備考

日本
(厚生労働省)

40140 (2000)

NOAEL3.7mg/kg/day及び14mg/kg/daySF100,精巣毒性及び生殖毒性

欧州連合(EU)

37 (1998)

NOAEL 3.7mg/kg/day,精巣毒性:Poonら,1997SF100

英国

50 (1996)

NOAEL 5mg/kg/day,肝毒性:RIVM1992SF100

デンマーク

5 (1996)

NOAEL 5mg/kg/day,肝毒性:RIVM1992SF1,000

アメリカ

NOAEL:約10mg/kg/day1999)(精巣毒性:Poonら,1997,生殖毒性:Lambら,1987

NOAEL 4mg/kg/dayNOAEL 14mg/kg/day

*NOAEL:無毒性量、SF:不確実係数

 

1、表2DEHP摂取量の結果と、表3の安全性評価の結果を照らし合わせると、次のように、特に室内空気中からのDEHP摂取量に関する懸念事項が浮かび上がってきます。

1)    NTP-CERHRが発表した報告書の摂取量は、EU、日本、英国のTDIよりも低いが、デンマークのTDI(不確実係数を1,000と高くみている)よりも高く、食物からの摂取量が大きく寄与している。

2)    HCWHが発表した報告書の曝露量は、塩ビ床材の室内と食物からの曝露量を合計すると、およそ18-120μg/kg体重/日となる。曝露量の全てが摂取量となるわけではなく、体内での吸収/分布/代謝/排泄を考慮しなければならないが、表1の食物からの摂取量を考慮すると、塩ビ床材の室内と食物からの2つの経路をあわせたDEHPの摂取量は、欧州連合(EU)や英国のTDIを超える可能性が否定できない。

 

DEHPは脂溶性化学物質であるため、乳製品や食肉や魚などにおいて、脂質分を多く含む食物に多く含まれており、食物からの摂取に関しては、そのような食物の摂取量によって変化すると考えられます。

また、室内空気中からの摂取量に関しては、軟質塩ビ樹脂製内装材(床材、壁紙など)の使用状況によって、大きく変化する可能性があることが考えられ、それによる摂取量によっては、欧州連合(EU)や英国TDIを超える可能性が否定できないと考えられます。

これまで室内空気中におけるDEHPの気中濃度を測定した研究報告はいくつかあるのですが、放散源である軟質塩ビ樹脂製内装材の使用状況、室内温度変化、換気回数等の室内濃度に影響する因子を考慮した十分な研究報告がなされていないのが現状ではないかと思います。

床に軟質塩ビ樹脂製のビニールシート、天井及び壁に軟質塩ビ樹脂製の壁紙が使用された室内においては、夏場の高温時と冬場の低温時において、どれほどのDEHP気中濃度になるか、またその濃度は、竣工後からどのように推移するかに関する研究をもとに、室内空気中からのDEHP摂取量に関する検証と、食物からの摂取量をあわせたリスクアセスメントが必要と思われます。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1] NTP-CERHR EXPERT PANEL REPORT: DEHP (DI (2-ETHYLHEXYL) PHTHALATE), October 2000
http://cerhr.niehs.nih.gov/

[2] Mark Rossi et al.,: Neonatal Exposure to DEHP and Opportunities for Prevention in Europe, Health Care Without Harm, October 23, 2000
http://www.noharm.org/hcwh/library/

[3] 厚生省生活衛生局食品化学課,「食品衛生調査会毒性部会・器具容器包装部会合同部会の審議結果について」, June 14, 2000
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1206/h0614-1_13.html


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