世界銀行の新環境戦略−環境と健康−
2002年1月28日
CSN #222
世界銀行の新環境戦略[1]が、2001年7月17日に世界銀行の常任理事会で承認され、翌7月18日に発表されました。この新環境戦略では、開発や貧困削減戦略を基盤要素として環境改善を促進することを目指しており、持続可能な開発への傾倒を深めるため、1)強化された貧困−環境の連携や地方の環境問題、2)各セクターの意志決定や政策における環境のより一層の重視、3)制度的インセンティブを改善するための努力、これらを新しい要素として取り入れ、次の3つに焦点がおかれています。
(1) 生活の質の向上(暮らしの強化、健康面のリスク削減、自然災害による脆弱性の削減)
(2) 成長の質の向上
(3) 地域的及びグローバルな公共財の質の向上
本報ではこの中から、新戦略のバックグランドペーパーとして添付されている「環境と健康」を取り上げて、この問題に対するグローバルな現状について紹介します。
「環境と健康」を解析するにあたり、新環境戦略では障害調整生存年数(DALYs: disability adjusted life years)を用いて各国の状況を解析しています。DALYsとは、疾病によって生じたさまざまな障害の重み付けを示しており、次の式で表現されます。
DALYs=YLL(Years of Life Lost;早世による生命損失年数)+YLD(Years Lived with Disability;障害を抱えて生きる年数)
DALYsは、集団における疾病負担や介入効果の尺度として提唱されたもので、障害の重み付けなどでいくつかの仮定が必要とされますが、集団の健康の妥当な指標を表し、死亡と障害を含む包括的な保健指標とされています。
新環境戦略によると、「環境と健康」という観点から環境リスクによる疾病負担(Burden of Disease)をDALYにより解析すると、先進工業国では、疾病負担全体のうち環境リスクによるものが10分の1以下であるのに対し、発展途上国では約5分の1を占めており、発展途上国において環境リスクが大きな問題であることが理解できます。この環境リスクは次の2つのカテゴリーに分類されており、主要な環境リスクによる疾病負担を地域別に解析した結果が表1のように示されています。
(1) 安全な水の不足、不衛生、廃棄物処分、室内空気汚染、マラリアなどの媒介動物による疾病を含む、貧困と開発の不足に関連した伝統的なハザード
(2) 大気汚染、労働や農工で使用される化学物質や廃棄物への曝露を含む環境の防護手段に欠けた開発によりもたらされる近代的なハザード
表1 主要な環境リスクによる疾病負担([1]をもとに作成)
環境衛生グループ |
環境リスクによるDALYsの比率(%) |
|||||||
サハラ以南のアフリカ |
インド |
中国 |
太平洋 |
ラテンアメリカ、カリブ |
欧州の旧社会主義諸国 |
発展途上国* |
既存の市場経済社会 |
|
上水及び下水設備 |
10 |
9 |
3.5 |
8 |
5.5 |
1.5 |
7 |
1 |
マラリア |
9 |
0.5 |
0 |
1.5 |
0 |
0 |
3 |
0 |
室内空気汚染 |
5.5 |
6 |
9 |
4 |
0.5 |
0 |
5 |
0 |
都市大気汚染 |
1 |
2 |
4.5 |
2 |
3 |
3 |
2 |
1 |
農工廃棄物 |
1 |
1 |
1.5 |
1.5 |
2 |
2 |
1 |
2.5 |
総計 |
26.5 |
18.5 |
18.5 |
17 |
11 |
6.5 |
19 |
4.5 |
*最初の6つのカラムを総合(サハラ以南のアフリカ〜欧州の旧社会主義諸国)
表1から明らかなように、発展途上国では中国と欧州の旧社会主義諸国を除けば水の問題が最も大きく、逆に中国では室内空気汚染や都市大気汚染による疾病負担が大きいことがわかります。また、室内空気汚染による疾病負担はアジアやアフリカ諸国で大きく、サハラ以南のアフリカではマラリアによる疾病負担が大きいことがわかります。
アジアやアフリカにおける室内空気汚染は、生物資源や石炭資源の燃焼にともなって発生する燃焼排出物(一酸化炭素、窒素酸化物、硫黄酸化物、粒子状物質、ホルムアルデヒド、多環芳香族炭化水素(PAHs))による呼吸器系疾患が非常に大きな問題となっており、1999年の世界保健機関(WHO)の報告書によると、室内空気中で高濃度の粒子状物質に曝露することにより毎年280万人が死亡しており、そのうち90%が発展途上国であると推測されています[2]。
このような背景のもと、世界銀行の新環境戦略は、次の3つの活動を促進することによって、環境と健康に対して重大な注意を払っていくと述べています。
1) 制度的・財政的・社会的な制約を考慮に入れた環境衛生問題の認識の改善と適切なレスポンスの開発、提唱と普及活動の開始、世界保健機関(WHO)、他の国連機関、環境衛生において共同する2国間組織などの戦略パートナーとの連携強化
2) 例えば、国連のWSSプロジェクト(Water Supply and Sanitation Sector:水供給衛生セクター)には健康考慮や衛生促進、エネルギー操作セクターには室内空気汚染、輸送プロジェクトや都市開発戦略セクターには都市大気汚染、石油セクターには燃料の品質など、関連するセクターの作業の中に重要な環境衛生問題を統合すること
3) 人の健康において明白な改善をもたらし、世界銀行やクライアント諸国に対して横断的な連携を促進する全体論的アプローチを採択すること
世界銀行の新環境戦略は、インターネットなどを駆使した約2年間に及ぶグローバルな調査によってまとめられており、環境問題に対する取り組みをプロジェクトやプログラムごとさらに統合し、包括的なアプローチを促進することが目的とされています。
Author: Kenichi Azuma
<参考文献>
[1] The World
Bank: MAKING SUSTAINABLE COMMITMENTS; -An Environment Strategy for the World Bank -,
July18, 2001
http://www.worldbank.org/environment/
[2] Nigel Bruce: "Indoor air
pollution in developing countries: a major environmental and public health
challenge", Bulletin of the
World Health Organization, Vol. 78, No. 9, pp1078- 1092, 2000
http://www.who.int/