環境汚染問題と予防原則

−早期警告からの遅い教訓−


200257

CSN #235

2002110日、欧州環境庁(EEA)は、政策決定における「予防:precaution」の使用に関する1896年から2000年までの14の歴史上の出来事を解析し、そこから得た12の教訓をまとめた欧州環境庁環境問題報告書No.22「早期警告からの遅い教訓:予防原則1896-2000 (Late lessons from early warnings: the precautionary principle 1896-2000)[1]を発表しました[2]

生態系や私たちの健康に対する危害の増大が、環境汚染化学物質などとリンクしている可能性が確認された時における政策決定では、その決定に対する「予防」の概念の使用が、科学的不確実性、あいまいさの発生、原因の複雑さなどの理由で見送られ、被害をいっそう増大させる事例がありました。

この報告書では、そのような事例において、政策立案者がどのように予防の概念を認識し、それを適用するか、あるいはしなかったかについて研究しています。以下に、研究に用いられた14の事例を示します。

14の事例

  1. 漁業の崩壊:乱獲
  2. 放射線:早期警告と影響の遅れ
  3. ベンゼン:欧米の労働基準設定における歴史的認識
  4. アスベスト:神秘的な力から邪悪な鉱物へ
  5. ポリ塩化ビフェニル(PCBs)と予防原則
  6. ハロゲン含有炭素化合物:オゾン層と予防原則
  7. ジエチルスチルベストロール(DES)物語:胎内曝露の長期影響(妊婦に対するDES使用の認可)
  8. 成長促進抗生物質:常識への抵抗
  9. 二酸化硫黄:人の肺の保護から遠く離れた湖の回復まで
  10. ガソリンの添加剤として使用される鉛代替品メチル-t-ブチルエーテル(MTBE)
  11. 五大湖の化学物質汚染における予防原則と早期警告
  12. トリブチルスズ(TBT)防汚剤:船、巻貝類、インポセックスの物語
  13. 成長促進ホルモン剤:予防原則あるいは政治的リスクアセスメント
  14. 「牛海綿状脳症」1980年代−2000年:繰り返しの「安全保証(安心)」がどのようにして「予防」をだめにしたか

 

これらの事例においてとりおこなわれた公共政策は、問題発生後に発せられた早期警告が無視され、環境と人の健康に対して費用のかかる予期せぬ結果をもたらし、アスベストの事例では数百から数千人にも及ぶ被害者が発生し、北米の漁業の崩壊では乱獲により地域社会に壊滅的な打撃が与えられました。

これらの事例をもとに、デンマーク工科大学環境資源部のPoul Harremoës教授が報告書作成チームのヘッドとなって研究を行い、次の12の教訓を導き出しました。

 

12の教訓

  1. 技術評価と公共政策立案において、不確実性及びリスクと同様に、「無知:ignorance」を認識し、それに対応すること
  2. 長期にわたる環境と健康の適切なモニタリングと、早期警告についての研究を提供すること
  3. 科学的知見における盲点とギャップ(gap)を確認し、それを減らす作業を行うこと
  4. 学習に対する学際的障壁を確認し、それを減らすこと
  5. 規制評価において、現実の社会状況が十分考慮されていることを保証すること
  6. 潜在的なリスクとともに、要求される正当化と便益を体系的に精査すること
  7. 評価中の選択肢とともに、ニーズを満たすための一連の代替可能な選択肢を評価すること、そして予期せぬ費用を最小限に抑え、革新による便益が最大限となるよう、さまざまな順応性のある技術をより強力に促進すること
  8. 評価においては、関連する専門家の知識と同様に、専門家以外の人たちや地域住民の知識の活用を保証すること
  9. さまざまな社会集団の仮説と価値観を十分に考慮すること
  10. 収集中の情報や意見に対して包括的なアプローチを実行し続けている間、当事者からある一定の独立性を保つこと
  11. 学習と行動に対する制度上の障害を確認し、それを減らすこと
  12. 懸念に対する正当な理由がある時は、潜在的な有害性を減らす行動によって「分析による停滞」を避けること

 

この報告書の発表にあたり、欧州環境庁(EEA)Domingo長官は、「我々の主要な結論は、この報告書において研究されたハザードの歴史から導き出された12の教訓に注意を払うならば、人々や環境に対するハザードを最小限化するとともに、技術革新を最大限化するための非常に難しいタスクが、将来よりうまく保証できるということである。」[2]と述べています。

また、報告書作成チームヘッドのデンマーク工科大学Poul Harremoës教授は、「予防原則の使用は、技術の多様性や柔軟性と科学の発展の双方に対してさらなる革新となりうる刺激を与え、環境影響と健康影響の削減以上に便益をもたらすことができる。予防原則を軽視することが、いかに有害で費用がかかるかについて、これらの事例研究は示している。しかし過剰な予防もまた、費用がかかり、革新の機会を失い、科学への問いかけの道筋を失う。さまざまな豊富な情報ソースから、さらなる説明が、科学的・政策的・経済的に得られ、社会は将来において、革新とハザードの間のより優れたバランスをかなりうまく成し遂げるかもしれない。これらの事例研究から導き出された12の教訓は、このバランスの達成に役立つことができる。」[2]と述べています。

 

予防原則の適用に関しては、200159日から10日にかけて、欧州委員会(EC)主催による「欧州連合における予防原則の適用」に関するがワークショップがドイツのシュツットガルトとヘレンブルクで開催され、環境政策における重要なアプローチとしてとらえられています[3][4]。「予防原則」の概念を環境政策に取り入れることが、必ずしも技術革新に対するマイナス要因となるわけではないことを、これらの欧州の報告書などを参考に認識する必要があるでしょう。

Author: Kenichi Azuma

*本報で概説した欧州環境庁による予防原則の報告書に関しては、2002年4月に発刊された双方向性情報紙「水情報」, Vol. 22, No. 4, pp7-10 でさらに詳しく述べさせていただきました。

<参考文献>

[1] European Environment Agency:Late lessons from early warnings: the precautionary principle 1896-2000, Environmental issue report No 22, 2001
http://www.eea.eu.int

[2]European Environment Agency:EEA draws key lessons from history on using precaution in policy-making, NEWS RELEASE,Copenhagen, 10 January 2002
http://org.eea.eu.int/documents/newsreleases/Newsrelease-10012002-en

[3]大竹千代子:欧州における予防原則ワークショップ(1),水情報, Vol. 21, No. 12, pp12-16, 2001

[4]大竹千代子:欧州における予防原則ワークショップ(2),水情報, Vol. 22, No. 1, pp12-15, 2002


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