シックスクール症候群と子どもの健康


20021012

CSN #247

近年、室内空気中の化学物質汚染によって、住宅やビルの新築・改築直後に、のどや眼などの刺激、めまい、頭痛などの体調不良を訴える居住者が数多く報告されています。症状が多様で、症状発生の仕組みをはじめ、未解明な部分が多く、また多様な複合要因が考えられることから、シックハウス症候群と呼ばれています[1]。そして、この症候群は学校環境においても発生しており、名称を改め「シックスクール症候群」と呼ばれています。

日本の文部科学省は、平成12 9月〜10月(夏期)、平成1212月〜平成132月(冬期)において、全国各地の新築・改築(1年程度)、全面改修(1年程度)、築5年程度、築10年程度、築20年程度の学校から各10校、合計50校を選定し、平成126月に厚生労働省から室内濃度指針値が示された化学物質(ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、パラジクロロベンゼン)を対象に室内濃度の実態調査を行い、その結果を20011221日に公表しました[2]。その概要を以下に示します。

1)ホルムアルデヒド
夏期において厚生労働省の指針値を超えたのは、午前281か所中12か所(4.3%)、午後278か所中12か所(4.3%)であり、冬期では午後278か所中1か所(0.4%)。

指針値を超えた割合を教室別でみた場合、夏期ではコンピュータ教室20%、音楽室4.3%、図工室2.3%、冬期では音楽室1.1%。

2)トルエン
夏期において厚生労働省の指針値を超えたのは、午前269か所中3か所(1.1%)、午後271か所中1か所(0.4%)、冬期では午前264か所中4か所(1.5%)、午後260か所中4か所(1.5%)。

指針値を超えた割合を教室別にみた場合、夏期では図工室3.4%、コンピュータ教室1.1%、冬期では普通教室、音楽室2.2%、体育館2.4%、図工室2.5%。

3)キシレン、パラジクロロベンゼン
夏期、冬期ともに厚生労働省の指針値を超えた部屋はなかった。

 

文部科学省は、これらの結果を踏まえ、200225日に「学校環境衛生の基準」(平成4623文部省体育局長裁定)の一部改訂[3]を発表しました。その改訂事項には、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、パラジクロロベンゼンに対する厚生労働省の室内濃度指針値、教室等の定期検査、備品購入時等の臨時検査、それぞれの検査における判定基準と事後措置が含まれました。そして、この基準は即日各都道府県教育委員会及び各都道府県知事に対して周知徹底するよう通知され(13文科ス第411号)、200241日から適用が開始されました。以下に改訂の概要を示します。

1.           定期検査項目
1)
毎学年1回定期に実施(著しく低濃度なら次回からは省略可)
2)
ホルムアルデヒド(夏期が望ましい)とトルエンについて実施、キシレン・パラジクロロベンゼンについては必要な場合に実施
3)
判定基準は、厚生労働省の指針値と同値[1]
4)
事後措置は、換気の励行、発生原因の究明、発生抑制措置

2.           時検査項目
学校用備品搬入時、新築・改築・改修時には濃度が基準値以下であることを確認させた上で引渡しを受ける。

 

従来、学校環境衛生の基準において、教室等の空気に対しては、二酸化炭素、一酸化炭素、浮遊粉じん、落下細菌、温湿度、換気回数、気流、熱輻射に対する基準が定められていました。しかしながら、今回の改訂によって、日本で初めて学校環境に対するホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、パラジクロロベンゼンの4種の室温で揮発性を有する化学物質に対する基準が定められました。

このような学校環境における室内空気汚染は、アメリカでも以前から問題となっており、200012月にアメリカ環境保護庁は、学校の室内空気質(IAQ)に取り組むためのツール「IAQ Tools for Schools Kit[4]を公開しました。このツールは室内濃度のガイドラインや指針値を定めたものではなく、換気、建物の維持管理、廃棄物管理、改築・改修等に対し、健康的な室内空気質をコーディネートするためのガイドラインやチェックリストをまとめたものでした。

室内濃度のガイドラインや指針値に関しては、カリフォルニア州など一部の地方自治体において独自に定められていますが、アメリカ全土を対象としたガイドラインや指針値がないことから、ヒラリー・クリントン上院議員の支援のもと、学校の室内空気質の基準を設定する連邦規制を制定するようアメリカ環境保護庁に働きかけています[5]

 

日本では20022月に文部科学省が、「健康的な学習環境を確保するために−有害な化学物質の室内濃度低減に向けて−」のパンフレット[6]を公表し、学校施設で留意すべき主なポイントを要約しました。発生源となる可能性のある材料、厚生労働省の室内濃度指針値、建物整備時における発生源の持ち込みや換気に対する留意事項、日常生活時における換気励行に関してわかりやすく概説されており、この問題に関する啓蒙パンフレットとして活用できます。

さらに文部科学省は、2003年度の概算要求の中で、子供たちの安全及び健康に関する現代的課題への対応として、−学校すこやかプラン−「シックハウス対策参考資料の作成」[7]の項目に対して714百万円を要求しています。

シックスクール症候群などの学校環境衛生に対する日本の取り組みは、ここ数年で急速に活発化し、学校環境衛生の基準、有害化学物質の室内濃度削減に向けた啓蒙パンフレット、次年度に予定されているシックハウス対策参考資料の作成など、より具体的な取り組みが行われるようになってきました。

しかしながら、学校環境衛生の基準にある4種類の化学物質の室内濃度指針値は、あくまで指針値であり、それ以下の濃度であれば安全と言えるものではありません。これらの指針値を下回る極めて微量の化学物質に対して過敏症状をきたす化学物質過敏症[1]を訴え、学校に通えない子どもたちが存在することも重要な課題であり、また、何らかのアレルギー疾患やアトピー疾患の症状を有する子どもたちが、そのような症状を訴えることが多いことも考えていかねばなりません。

このようなことからも、たとえ指針値以下の室内濃度であったとしても、のどや眼などの刺激、めまい、頭痛などの体調不良や化学物質に対する過敏症状を訴える子どもたちが存在することは、決して異常なことではなく、むしろその存在を冷静に受け止め、それぞれの子どもたちに応じた対策を行い、一人でも多くの子どもたちが安心して通える学校環境にしていく必要があります。

Author: Kenichi Azuma

<参考資料>

[1] 厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室:「室内空気汚染問題に関する検討会中間報告書−第1回〜第3回のまとめ」, 26 June, 2000
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1206/h0629-2_13.html

[2] 文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課:学校における室内空気中化学物質に関する実態調査, 21 December, 2001
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/13/12/011232.htm

[3] 文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課:「学校環境衛生の基準」の改訂について, 5 February, 2002
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/14/02/020202.htm

[4] USEPA: IAQ Tools for Schools Kit,402-C-00-002, December 2000
http://www.epa.gov/iaq/schools/

[5] J. J. Smith: “School Children Inhale Toxics Daily, Senate Told”, Environment News Service (ENS), 1 October 2002
http://ens-news.com/ens/oct2002/2002-10-01-10.asp

[6] 文部科学省:健康的な学習環境を確保するために−有害な化学物質の室内濃度低減に向けて−, February, 2002
http://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/shuppan/020601.htm

[7] 文部科学省:平成15年度の概算要求主要事項, 30 August, 2002


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