室内空気汚染に関する評価プロジェクト


20031025

CSN #252

2003922日、欧州連合の共同研究センター (Joint Research Centre: JRC)は、欧州地域における室内空気汚染の実態と、今後検討すべき優先評価物質リストを発表しました。

室内空気汚染の問題は、我が国ではシックハウス症候群の主原因として、関係省庁や関係団体等による取り組みが行われており、1997年から現時点までにおいて、厚生労働省により13の化学物質の室内濃度指針値と総揮発性有機化合物(TVOC)の暫定目標値が策定され、今年の7月に施行された改正建築基準法では、ホルムアルデヒドとクロルピリホスに対して使用規制がなされました。

欧州では、旧西ドイツや北欧諸国において、1970年代に合板やパーティクルボードから放散されるホルムアルデヒドによる室内空気汚染が問題となり、室内濃度のガイドラインが策定されました。その後、欧州共同研究(European Collaborative Action: ECA)によるプロジェクトによって、室内空気中の化学物質の実態調査、測定方法、人への影響に関する知見、リスクアセスメントなど、これまで23の調査報告書が発表されました。

このような状況の中、欧州連合の共同研究センターは、欧州の主要な科学者間のネットワークを構築し、欧州連合の室内暴露限界濃度を設定するための評価を行うプロジェクトとして、「INDEXプロジェクト」を立ち上げました。以下に、INDEXプロジェクトの主要な課題と期待される結果を示します。

 

主要な課題

   健康影響の基準に基づき室内環境を規制する優先物質リストの作成

   優先物質の暴露限界濃度の提案・勧告

   既存の知識、進行中の研究、法規などに関する世界中の情報の提供

 

期待される結果

   有害性の用量/反応の再評価、世界中の国々における室内空気汚染物質の規制措置

   規制すべき室内空気汚染物質の優先リスト

   これらの汚染物質のリスク特性

   これらの汚染物質の暴露限界値、あるいは他の暴露対策規制の提案

   潜在的に高いリスクを有する汚染物質に不可欠な研究の評価、規制の方針や意見をとりまとめるために不足している情報

 

室内における暴露限界値を設定する必要があると考えられる物質は、1)室内に強い発生源があること、2)アレルギーや喘息に対して高い感受性を示す毒性があること、3)人の健康に対して既知の有害な影響があること、の3つの観点から選定され、表1に示す2つのグループに分類されました。

ただし、すでにEU指令等で規制がなされているラドンや環境たばこ煙は、優先評価対象物質から除外されました。また、壁紙等の樹脂に難燃剤として使用されるリン酸エステル系化合物は、室内空気汚染物質として重要視されていますが、トリス-2-クロロエチルホスフェート(CAS番号:115-96-8)などのこれらの難燃剤に関しては、現時点では、室内空気汚染のメカニズム、毒性、暴露経路等に関する情報が不足しているため、今回のプロジェクトの優先評価対象物質から外されました。表2に最終のリスクアセスメントを行うために選定された13の化学物質を示します。

1 優先評価対象物質の分類([1]をもとに作成)

分類

分類内容

化合物の名称

グループ1

最優先評価物質

ベンゼン、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、一酸化炭素、二酸化窒素

グループ2

引き続き情報収集が必要

m-キシレン、p-キシレン、o-キシレン、ナフタレン、スチレン、トルエン、a-ピネン、d-リモネン、アンモニア

 

2 優先評価対象物質の濃度の実態と有害性([1]をもとに作成)

化合物の名称

室内濃度(μgm3

臭いの閾値
(μgm3)

有害性情報

住居の室内

職場

大気

個人暴露濃度

ベンゼン

2-13

4-14

2-21

3-23

1200

白血病
UR: 4-6×10-6(μg/m3)-1
NOAEL: 1.7mg/m3

m-, p-キシレン

8-37

25-121

3-23

25-55

250-300

中枢神経系への影響、不快な臭い
NOAEL: 304 mg/m3
LOAEL: 870 mg/m3

o-キシレン

2-12

7-29

1-8

8-15

250-300

ナフタレン

3-90

2-8

1-4

2-46

7.5

鼻や呼吸器系の影響
LOAEL: 52.6 mg/m3

スチレン

1-6

3-7

1-2

1-5

230

動物実験での発がん性
LOAEL: 34 mg/m3

トルエン

20-74

25-69

6-43

25-130

-

中枢神経系への影響
LOAEL: 332 mg/m3

α-ピネン

11-16

1-17

1-7

7-18

3900

オゾンとの共存による気道に対する強い刺激の懸念

d-リモネン

32-83

11-23

5-9

19-56

2150

オゾンとの共存による気道に対する強い刺激の懸念

アセトアルデヒド

10

3

2

8

25

発がん
UR: 0.15-0.9×10-6(μg/m3)-1

ホルムアルデヒド

33-79

12

3

21

35

0.1mg/m3以上で刺激
LOAEL: 0.26 mg/m3
NOAEL: 0.09 mg/m3

二酸化窒素

13-43

27-36

24-61

25-43

185

刺激、用量/反応の関係の確立がよくわかっていない
呼吸器系の症状
LOAEL: 375-565μg/m3

アンモニア

15-51

-

-

-

1000

肺への影響
LOAEL: 17.8 mg/m3
NOAEL: 6.5 mg/m3

一酸化炭素
(mg/m3)

1

1

2

1

-

47 mg/m3 (8hr)の濃度で成人の血液中にCOHb5%生成される。
COHb2.5%:心疾患の患者が発症
COHb20-30%:頭痛
COHb30-50%:目眩
COHb50%超:死亡

UR1μg/m3暴露時の発がん過剰発生率
LOAEL:最小毒性量
NOAEL:無毒性量

 

2の化学物質において、α-ピネンとd-リモネンの臭いの閾値が高いのですが、これらの化学物質は、空気中でオゾンが共存すると刺激が強くなることがデンマークの研究者らによって明らかとなっており[2]、このような背景から、INDEXプロジェクトの優先評価対象物質に選ばれたのだと思われます。

厚生省(現、厚生労働省)による室内実態調査[3]において、α-ピネンが高い濃度で検出されたことから、室内濃度指針値を検討する動きがありましたが、α-ピネンは木材から排出され、毒性がそれほど強くないことから、関係業界からの強い反発により検討が見送られた経緯があります。これらの化学物質については、INDEXプロジェクトの今後の評価結果が参考になると思われます。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1] European Commission at its Joint Research Centre (JRC):Indoor air pollution: new EU research reveals higher risks than previously thought, Brussels, 22 September, 2003
http://europa.eu.int/comm/research/whatsnew.html

[2] Kenichi Azuma:二次放散による室内空気汚染, CSN #167, 25 December 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Dec%202000/001225.htm

[3]厚生省生活衛生局企画課 生活化学安全対策室、居住環境中の揮発性有機化合物の全国実態調査について, December 14. 1999
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1112/h1214-1_13.html


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