残留性有機汚染物質(POPs)削減のための世界条約
2000年4月3日
CSN #129
残留性有機汚染物質(POPs)は、1)人の健康や環境に対する有害性、2)環境中への蓄積性、3)食物連鎖による生物濃縮性、4)大気や水により長距離移動するといった、4つの性質をもつ有機化学物質を示します。そして、国連環境計画(UNEP)によって、表1に示す化学物質が対象とされています。
表1 国連環境計画が対象としているPOPs
農薬 |
DDT、アルドリン、エンドリン、クロルデン、ヘプタクロル、ディルドリン、ヘキサクロロベンゼン |
化審法により製造・販売・使用が禁止 |
トキサフェン、マイレックス |
日本では登録されたことがない |
|
工業化学物質 |
ポリ塩化ビフェニル類(PCBs) |
化審法により製造・販売・使用が禁止 |
非意図的生成物 |
ダイオキシン類(PCDDs)、フラン類(PCDFs) |
焼却過程などで生成されることがある |
このうちDDT (1,1,1-trichloro-2,2-bis(4-chlorophenyl)ethane)は、1938年に開発された有機塩素系殺虫剤で、昆虫類に対し広い効力を有します。マラリアを媒介する蚊の駆除などに用いられ、残効性が高い殺虫剤です。しかしながら、環境中での難分解性及び生体蓄積性が問題となったため、日本国内(1971年以降)及び欧米諸国(米国では1972年以降)では、DDTの使用が禁止されています。
DDTは、内分泌攪乱化学物質(以下、環境ホルモン)の疑いがある化学物質の1つとしてリストアップされており、水生生物や鳥類への毒性が強く、動物実験によって生殖への毒性影響が確認されています。また環境調査では、米アポプカ湖のミシシッピワニ、五大湖のカモメやアザラシなどにおいて、DDTによる生殖影響が多数示されています[1]。
ヒトの乳がんとの関連性も示されており、完全な確証が得られたわけではありませんが、昨年、米チューレン(Tulane)大学のジョン・マクラクレン博士らのグループによって、乳がんを促進する作用(プロモーション作用)を示す報告が発表されています[2]。
一方、アフリカ(ボツワナ、西アフリカ)、インド、アジア(フィリピン)、南アメリカ、メキシコでは蚊を媒介としたマラリア感染が現在でも深刻な問題となっています。これらの国々では、マラリアを媒介する蚊の駆除のために、現在でも安価なDDTが使用されています。そのためWWF(世界自然保護基金)は、これらの国々がマラリア感染防止の代替手段を導入できるよう財政的及び技術的支援を行い、世界的にDDTの使用を規制するよう呼びかけています[3]。
現在でも、マラリアを媒介する蚊の駆除のためだけに制限されてDDTが使用されているメキシコでは、DDTとその代謝物が人の母乳中から高い濃度で検出されています。1994年と1995年にメキシコシティに住む母親50人の母乳中におけるDDT代謝物の濃度を調べた結果、その子供たちの6%が、WHO(世界保健機関)やFAO(国連食糧農業機関)が定めた一日許容摂取量(0.005mg/kg/日)を越えていました。最高は、一日許容摂取量(ADI)の13倍も摂取している子どもが確認されました[4]。
2000年3月20日- 25日にかけて、ドイツのボンで国連環境計画(UNEP)による世界的なPOPs削減に関する政府間交渉会議が開催されました。2000年中に条約が結ばれるように、世界121カ国、317名の代表が集まって議論が行われました。この会議には、世界中から81のNGO(非政府組織)も参加しました。この会議はINC-4(政府間交渉委員会)と呼ばれ、INC-1(1998年6月29日- 7月2日、モントリオール)、INC-2(1999年1月25- 29日、ナイロビ)、INC-3(1999年9月6- 11日、ジュネーブ)がこれまで開催されました。INC-5は、南アフリカで2000年12月に開催される予定となっています[5][6]。
INC-4では、次のような結論が得られました。資金援助と技術支援に関しては、12月までに20カ国が集まって事前協議することになりました。集まった代表者たちは、今後も継続してPOPsの生産と使用を廃止し、DDTの生産と使用を撲滅する提案に賛成しました。また、非意図的生成物であるダイオキシン類の排出を今後も継続して最小限にすることで合意し、そこには、ヘキサクロロベンゼンやポリ塩化ビフェニール(PCBs)が意図せずに生成された場合も含めました。また、新たにPOPsとして追加する場合の科学的判断基準を確立することで合意しました[6]。
INC-4では、途上国への資金援助や技術支援が議論の焦点となりました。現在でも途上国の一部で使用されているDDTは、生態リスク(環境汚染)と健康リスク(マラリア感染)をどのように考えるかこれまで議論されてきました。そのため例えば、DDT使用費用と生物の絶滅確率の増加分/病気の発生防止による有益(救われる人の数)などの評価によって、リスク/ベネフィット解析を行います。
しかし、DDTの代替手段が導入できるよう途上国に対して資金援助と技術支援を行えば、その必要がなくなります。様々な有害化学物質を開発し、世界規模で環境汚染を引き起きた責任は、先進国にあるとも言えます。POPs削減のための世界条約では、途上国の人たちの健康を最優先した結論が導かれることを願います。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] Our Stolen
Future: Are We Threatening our Fertility,
Intelligence and Survival? A
Scientific Detective Story, by Theo Colborn,
Dianne Dumanoski, and John
Peterson Myers. Published by Plume/Penguin.
1997.
[2] John A. McLachlan, Matthew E Burow et al.,
Carcinogenesis,
Vol. 20, No. 11, pp2057-2061, November 1999
“Effects of
environmental estrogens on tumor necrosis
factor alpha-mediated apoptosis in
MCF-7 cells”
http://carcin.oupjournals.org/cgi/content/abstract/20/11/2057
[3] WWF(世界自然保護基金), Toxic Chemicals News, Sept
7, 1999
“WWF Study Finds
Effective Anti-Malarial Alternatives to DDT”
http://www.worldwildlife.org/toxics/whatsnew/pr_9.htm
[4] PANUPS (Pesticide
Action Network Updates Service), February
11, 2000
“DDT and Breast
Milk”
[5] UNITED NATIONS Information Centre, Press
Release,
UNIC/238, March 2000
“Fourth Round of
Talks on POPs Treaty To Take Place in Bonn,
20-25 March 2000”
http://irptc.unep.ch/pops/
[6] UNEP News
Release NR00/ 36, UNEP, 27 March 2000
“PROGRESS
MADE IN NEGOTIATING GLOBAL TREATY ON PERSISTENT
ORGANIC POLLUTANTS; 121
COUNTRIES PARTICIPATE”
http://irptc.unep.ch/pops/