廃棄物処分場付近に住む人たちの健康リスク


2000年4月17日

CSN #131

近代産業の発達と共に、様々な廃棄物が発生し、その量は飛躍的に増大しました。廃棄物は、事業活動にともなって生じる燃え殻、汚泥、廃油、廃酸、廃アルカリ、廃プラスチックなどの産業廃棄物と、それ以外の一般廃棄物とに分けられます。これら廃棄物のうち可燃性の廃棄物は、焼却処理を行うことにより減量化が行われますが、焼却残さや排ガス・排水処理による廃棄物が発生します。これらの廃棄物や焼却処理されない不燃性廃棄物は、最終的に廃棄物処分場へと運ばれ、埋め立てられます。

廃棄物処分場は、遮断型処分地、管理型処分地、安定型処分地の3タイプがあり、遮断型の場合は、屋根・覆い・開渠によって雨水の浸入を防止し,さらに腐食しない強固な外周仕切り構造によって地下水の浸入や廃棄物に含まれる汚水の漏出を防止する構造となっているので、適正な管理が行われている限り、有害な浸出水の漏洩などによる環境への影響はほとんどないと言われています。しかし管理型や安定型処分地は、雨水などによって廃棄物からの浸出水が排出され、環境を汚染する可能性が指摘されています[1]

廃棄物処分場から有害化学物質が排出される経路には、浸出水による土壌や地下水汚染、揮発性の化学物質による悪臭などがあります。日本において廃棄物処分場から発生する浸出水の成分を分析した研究報告によると、鉛、ヒ素、セレン、ホウ素、ニッケルなどの無機化学物質が、水環境基準値(あるいは指針値)を越えている事例が確認されています。その他、アルミニウム、カドミウム、クロム、銅、マンガンなど多種類の無機化学物質が検出されています[1] 

浸出水中の有機化学物質に関しては、米国などで多数報告されていますが、有機化学物質の同定は難しく、綿密には分析されていません。有機化学物質を分析した事例については、米国内の13ヶ所の廃棄物処分場から採取した浸出水の分析結果から、物質群ごとの検出率が表1のように示されています。 

表1 廃棄物処分場の浸出水における化学物質の検出率([1]をもとに作成

物質群

検出率()

代表的有機化学物質と検出率

酸性物質

39.0

フェノール(11.8%)
置換フェノール類(9.5%)
安息香酸とその置換体(5.4%)
脂肪酸(12.3%)

含酸素化合物及びヘテロ原子化合物

35.8

アセトン(16.5%)
その他ケトン類(9.2%)
アルコール類(8.1%)

ハロゲン化炭化水素

11.0

ジクロロメタン(6.8%)
クロロベンゼン類(1.4%)
ポリクロロ脂肪族炭化水素類(2.8%)

含窒素化合物

7.2

アニリンとその置換体(4.3%)

芳香族炭化水素

6.0

トルエン(4.2%)
ベンゼン及びアルキルベンゼン類(1.4%)

脂肪族炭化水素

0.9

 

表1に示されている有機化学物質は、検出率が高い代表的な有機化学物質ですが、2,4-D、ディルドリン、エンドリンなど厳しく使用規制されている農薬類、クロロホルム、ジクロロエタン、トリクロロエタンなどの有害性の高い有機塩素系溶剤、内分泌攪乱化学物質の疑いがあるフタル酸エステル類やビスフェノールA、化審法の特定化学物質に指定されている1,4-ジオキサンなど、廃棄物処分場ごとに多種多様な有害性の高い化学物質が検出されており、廃棄物処分場ごとにそれぞれ環境リスク評価を行う必要があります。

このように、廃棄物処分場の浸出水からは様々な有害性の高い化学物質が検出されています。そのためこれらの化学物質によって、周辺住民の健康に影響を及ぼす危険性(リスク)があるのか考える必要があります。 

廃棄物処分場が汚染源とされ、周辺住民への健康影響が報告された最も有名な事例は、1978年に化学系産業廃棄物処分場で地下水汚染が判明したアメリカニューヨーク州ラブキャナル地区です。1930年代から1940年代にかけて化学系廃棄物が埋め立てられ、その後1950年代には処分場の上や周辺に住宅や学校が建てられました。地下水、下水道、土壌、住宅の室内空気から、ベンゼン、塩化ビニル、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)、ダイオキシン類、トルエン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンなど様々な有害性の高い化学物質が検出されました[2] 

そのため周辺住民の健康調査を実施した結果、ラブキャナル地区において、発がん率(白血病、リンパ腫、肝臓がん)の増加は観察されませんでしたが、低体重児出生(2,500g未満の未熟児)、流産、障害児出生の比率が他の地区より高ことがわかりました[2][3] 

その他、都市ごみや産業廃棄物が埋め立てられている米ニュージャージー州リパリ(Lipari)廃棄物処分場においても、出生体重への影響が観察されました。この処分場は、化学物質による悪臭や汚染水が問題となり、住民の苦情で1971年に閉鎖されました。しかし、1960年代から1970年半ばに発生した汚染はかなりひどく、低体重児出生比率の増加や平均出生体重の減少が観察されました。廃棄物処分場付近で低体重児出生比率が増加したという報告は、カリフォルニア州ロサンゼルスにあるBKK有害廃棄物処分場、カナダケベック州モントリオールにある都市固形廃棄物処分場でも観察されました。モントリオールの処分場近辺では、胃がん、肝臓がん、前立腺がん、肺がんの増加も観察されました[2] 

また一方、ベルギーのメラリー(Mellery)にある廃棄物処分場付近では染色体傷害の増加、米ペンシルバニア州ドレークスーパーファンドにある廃棄物処分場付近では膀胱がんの増加が観察されました[2] 

1998年に英医学雑誌ランセットに掲載された欧州10地区の廃棄物処分場付近における最近の研究では、非染色体性障害児出生が、廃棄物処分場から3kmから21kmの地域において、その周辺地域よりも約33%増加したと報告されました。また、神経管欠損症や心臓障害が観察されました[4] 

廃棄物処分場からの化学物質汚染が人の健康に与える影響を評価するには、たくさんの課題があります。例えばほとんどの研究において、化学物質への人の曝露量が測定されていないこと、廃棄物処分場付近に住んでいる人たちのストレス、不安感、先入観、喫煙など社会的要因による影響が考慮されていないことが課題とされています。また、複数の化学物質の混合物や、低レベルの化学物質に長期間曝露した時の人への健康影響について、ほとんどわかっていないことも大きな課題としてあげられます。 

アメリカ政府が発行する環境科学誌「環境衛生展望:Environmental Health Perspectives20003月号の中で、英ロンドン衛生熱帯医学校 公衆衛生政策部 環境疫学科のMartine Vrijheid氏は、欧米でこれまで発表された50の研究論文を解析した結果、次のように述べています[2] 

表2 Martine Vrijheid氏の見解[2]をもとに作成)

結論

健康影響リスクの増加が、廃棄物処分場付近でこれまで報告されてきた。これらの要因について、心理的傾向や社会的な混乱要因の影響を考慮しないわけにはいかないけれども、ある廃棄物処分場付近に住む人たちにおいて、真の健康リスクを示している可能性がある。

今後の研究の必要性

廃棄物処分場における人の健康影響に関する研究は比較的遅れており、さらに研究を積み重ねることによって解明できるだろう。今後の研究は、廃棄物処分場の技術者、環境科学者、毒性学者、疫学者といった複数の領域の専門家たちによる学際的なアプローチを行うことによって、大きな恩恵を得るだろう。

(特に必要な研究)

  • 胎児、乳幼児や子供、老人、病弱な人たちなど、一般の人々より低濃度の曝露であっても健康影響を受けやすい人たちの研究。
  • 汚染土壌に接触する機会が多い子供たち、汚染地域で獲れた食物を食べる人たち、廃棄物処分地で働く人たち、高濃度の曝露を受けるライフスタイルの人たちなど、一般の人々より高濃度の曝露を受ける人たちの研究。
  • 汚染がひどい廃棄物処分場の研究。

  

大気中への揮発物質や浸出水に含まれる汚染物質は、廃棄物処分場に処分されている廃棄物によって異なります。そのため、廃棄物処分場ごとに健康リスクを調べていく必要があります。表3に示すように、日本には数千にも及ぶ廃棄物処分場があります。また、残余年数は少なく、いぜんとして厳しい状況が続いています。 

表3 平成8年度における日本の廃棄物処分場[5][6]をもとに作成)

項目

一般廃棄物

産業廃棄物

処理施設数

2,387カ所

遮断型処分場施設数:44
安定型処分場施設数:1,773
管理型処分場施設数:1,104

残存容量

14,150m3

20,767万m3(全国平均)
1,910万m3(首都圏)

残余年数

8.8年(全国平均)
6.5年(近畿圏)
4.1年(首都圏)

3.1年(全国平均)
1.0年(首都圏)

日本の廃棄物処分場における健康リスクは、ほとんど明らかになっていません。しかしながら、多くの人たちが、廃棄物処分場からでる悪臭や浸出水に対して不安に思っているのではないでしょうか。今後日本国内でも、十分に計画された疫学調査を行うことによって、廃棄物処分場付近に住む人たちの健康リスクを評価する必要があると思われます。 

Author:東 賢一

 <参考文献>

[1] 安原昭夫, 環境と測定技術, Vol. 21, No. 4, pp65-93, 1994
廃棄物埋立地浸出水の特性

[2] Martine Vrijheid, Environmental Health Perspectives, Volume 108, Supplement 1, pp101-112, March 2000
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2000/suppl-1/toc.html
“Health Effects of Residence Near Hazardous Waste Landfill Sites”

[3] 安原昭夫, しのびよる化学物質汚染, 合同出版, 1999 

[4] Dolk H, Vrijheid M, Armstrong B, Abramsky L, Bianchi F, Garne E, Nelen V, Robert E, Scott JES, Stone D, Tenconi R. Risk of congenital anomalies near hazardous-waste landfill sites in Europe: the EUROHAZCON study, Lancet, Vol. 352, pp423-427, 1998.

[5] 水道環境部環境整備課, 「平成8年度の一般廃棄物の排出及び処理状況等について」, 平成11830
http://www.mhw.go.jp/houdou/1108/h0830-3_14.html

[6] 厚生省水道環境部産業廃棄物対策室,「産業廃棄物の排出及び処理状況等について」,平成11218
http://www.mhw.go.jp/houdou/1102/h0218-3_14.html


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