エストロゲン・クリームの子供への有害性


2000年4月24日

CSN #132

 美肌を守る高機能クリームとして、エストロゲン・クリームが市販されています。加齢による女性ホルモンの滅少が、シミの増加、くすんだ肌、頬のたるみ、気になる目尻などの原因の1つとしてあげられており、このクリームは、人の女性ホルモン(エストロゲン)である17β-エストラジオール(以下、エストラジオール)を配合しています。通常エストラジオールは、人の内分泌系から体内に分泌され、女性の二次性徴の発現に作用します。エストロゲン・クリームは、その性質を利用して人工的に作られたクリームです。 

エストロゲン・クリームは、女性の乱れたホルモンバランスをよい方向へ変化させることを目的としています。しかし人の体内は、非常に微妙なホルモンバランスが保たれています。そのためホルモンバランスの変化を受けることによって、様々な生殖系への影響が発現する可能性があります。生殖系など様々な影響が疑われている内分泌攪乱化学物質(以下、環境ホルモン)は、エストロゲンと似た作用を示すことから、エストロゲン様物質とも呼ばれています。環境ホルモンのエストロゲン作用の強さ(エストロゲン活性)をエストラジオールと比較して表1に示します。ただし、表1のビスフェノールAのエストロゲン活性は、血清中で増加することが最近報告されており[2]、人の体内動態を考慮した見直しが進められています。 

表1 環境ホルモンのエストロゲン活性[1]をもとに作成)

化学物質名

用途例

エストロゲン活性

(酵母法)

17β-エストラジオール

女性ホルモン

100

DES

流産防止薬

74.3

ノニルフェノール

合成洗剤

0.005

オクチルフェノール

合成洗剤

0.003

フタル酸ベンジルブチル

塩ビ樹脂製品

0.0004

フタル酸ジブチル

ラッカー、接着剤、レザー、印刷インキ、染料

0

ビスフェノールA

ポリカーボネート、エポキシ樹脂の原料

0.005

環境ホルモンの中で実際に人の生殖系へ大きな影響を生じた化学物質は、1940年代後半から1970年代にかけて、流産防止のために妊婦に投与された合成女性ホルモン剤DES(ジエチルスチルベストロール)です。DESシンドロームという言葉が生まれたほどDESによる影響は大きく、妊娠中の母親がDESを摂取すると、産まれた子供が成長したときに、生殖器に異常が発生する報告が多数ありました。表2に観察例を示します。 

表2 DESシンドロームによる人への影響[3]をもとに作成)

分類

症例

確立されている事実

膣の明細胞がん(DES娘)

膣上皮の変化(DES娘)

生殖器の奇形(DES娘)

早産(DES娘)

乳がん(DES母)

たぶん多いであろう

子宮外妊娠(DES娘)

不妊(DES娘)

生殖器の異常(DES息子)、*停留精巣、尿道下裂が含まれます

統計的に可能性がある

頸部過形成上皮内がん(DES娘)

自己免疫疾患(DES娘)

不妊(DES息子)

精巣がん(DES息子)

理論的に考え得る

乳がん(DES娘)

心理的な性の異常(DES娘、DES息子)

前立腺肥大、前立腺がん(DES息子)

このようにエストロゲン活性が高い化学物質に胎児が曝露すれば、産まれて成長した後に、深刻な生殖系への影響をもたらす可能性があります。 

 

20004月号の米医学雑誌PEDIATRICS(小児科)において、テキサス南西医療センター大学内分泌学部小児科のEric I. Felner博士らが、エストロゲン・クリームに間接的に曝露した思春期前の少年たちの乳房が女性化した症例を報告しました[4]

この報告では、ダラス医療センター内分泌学センターで身体検査を受けた3人の少年において、血液中のエストラジオール濃度と身体変化が1年間追跡されました。子供が身体検査を受ける数ヶ月前から母親がエストロゲン・クリームを毎日2回太ももに塗り始めており、この身体検査でやや成長促進がみられたため、医師の判断によって追跡調査が行われました。 

母親がエストロゲン・クリームの使用を続け、6ヶ月後に再度身体検査を受けた時に、3人の子供たちには女性化乳房の症状が現れ、血液中のエストラジオール濃度が向上していました。そのうち2人は成長が促進され、骨年齢よりも大きくなっていることが観察されました。その中で骨年齢が4歳であった子供は、骨年齢が8歳にまで成長していました。医師の指示により母親がエストロゲン・クリームの使用を中止してから4ヶ月経過すると、子供たちの女性化乳房の症状は軽減され、血液中のエストラジオール濃度は正常に戻りました。 

表3 母親のエストロゲン・クリームの使用と子供のエストラジオール濃度変化[4]もとに作成)

項目

子供A

子供B

子供C

子供の年齢

2.75

2.33

8

母親の年齢

47

40

34

母親が使用したクリーム1g中のエストラジオール含有量

9mg

9mg

24mg

母親が太ももに塗布したクリームの量(2/)

1g

1g

1g

子供の血液中のエストラジオール濃度(ngdL)

一般的な正常値

1.5未満

クリーム使用中

3.5

4.8

10

クリーム使用停止4ヶ月後

0.6

0.5未満

0.5未満

女性化乳房の症状は、産まれてから3−5日の新生児には比較的多く観察されます[4]。それは、母親の胎内で受けた女性ホルモンに関連していると言われています。しかし、その後成長した思春期前の子供において、女性化乳房の症状が観察されることはほとんどありません。そのため、外部からのエストロゲン様化学物質による曝露が疑われます。 

女性の閉経期や更年期におけるエストロゲン(女性ホルモン)療法は、エストラジオールを含んだ貼付薬が用いられ、エストラジオールは1週間当たり約0.05- 0.1mg経皮投与されます。またあるいは、錠剤として1日当たり約0.625mg経口投与されます。しかしこの報告の母親は、1日当たり約20- 50 mgエストラジオールを太ももに塗っていました[4] 

母親の太ももは通常衣服で覆われているため、母親の手に残留したエストロゲン・クリームが、例えば食品へ移行したり、子供に触れたときに移行したのではないかと考えられています。 

医薬品は十分に注意して使用しなければ、様々な影響を引き起こします。特に今回の事例のように、微量で大きな作用をする化学物質を含む医薬品は、様々なリスクを想定した上で注意事項を示さなければなりません。様々な使用環境を想定した上で、リスク(危険性)/ベネフィット(恩恵)のバランスが難しい化学物質の適用は、考え直すことも必要だと思われます。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 筏 義人, 環境ホルモン, 講談社, 1998 

[2] 「化学」編集部編, 環境ホルモン&ダイオキシン, 化学同人, 1999 

[3] 武田玲子ほか, 環境ホルモンとは何か2, 藤原書店、1998 

[4] Eric I. Felner and Perrin C. White, PEDIATRICS, Vol. 105, No. 4, pe55,  April 2000
http://www.pediatrics.org/cgi/content/abstract/105/4/e55
“Prepubertal Gynecomastia: Indirect Exposure to Estrogen Cream”


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