水道水から室内空気への揮発性有機化合物の放散

(家庭用食器洗い機による研究)


1999年8月1日

CSN #083

<概要>

化学物質過敏症、アレルギー性疾患など、化学物質などによる室内空気汚染が原因とみられる症状が、1950年代以降の産業の発達とともに増加しています。このような症状が発生する原因となる化学物質としては、建材などに含まれるホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、木材防腐剤、防蟻剤、塩ビなどに使われる可塑剤などが挙げられています。そして、壁材、床材、床下、家具類、塗料、接着剤などが汚染源として研究されてきました。

水道水中の化学物質基準は、主として飲食を前提として決められています。しかし、蒸気の吸入や皮膚との接触による経皮吸収が、私たちの健康影響にとても重要であることがわかってきました[1] 

今回紹介する論文は、米科学雑誌「環境科学と技術」でCynthia Howard-Reedらが報告した論文です。その中でCynthia Howard-Reedらは、住宅内において考えられる新たな室内空気汚染源の可能性について報告しています。化学物質に汚染された水道水が、揮発性有機化合物(VOCs)の発生源になる可能性があるというものです。食器洗い機、浴槽、シャワー、便器、洗面器、洗濯機など、住居内で水道水を用いているところが、汚染源となる可能性があると報告しています。 

水道水に含まれる揮発性の高い化学物質が、室内空気中へ放散して汚染するかどうかに関して、これまでシャワーを用いた研究が報告されています[2]-[13]。汚染された水道水から放散する化学物質に関するこれまでの計算モデルは単純であったため、他の汚染源からの放散プロセスを計算することが困難でした。 

そこで本研究者らは、気体−液体の2相間の物質移動反応速度論に基づいて、新たに2相間の物質収支モデルを構築しています。そして、構築した物質収支モデルのパラメータを決定するために、家庭用食器洗い機を用いて29の実験を行い検証しています。物質収支モデルの詳細や実験内容については、文末に示しています出典の原文をご参考下さい。 

そして、構築した2相間の物質収支モデルを用いて、各汚染源ごとに水から空気中への化学物質放散効率と、1日当たりの放散度合いを比較しています。その結果を表1に示します。比較には、トルエンが用いられています。しかしトルエンは、各汚染源毎に比較し易いために、意図的に選択して用いられています。そのため実際に水道水中に多量のトルエンが含まれていると誤解しないようお願いします。 

表1 各汚染源でのトルエン放散効率と水消費量から試算した相対汚染強度

汚染源

水温
()

全トルエン放散効率*
(%)

水消費量
(L/人/日)

相対汚染強度**

食器洗い機

55

93

10.4

9.7

シャワー

35

74

61.2

45.0

洗濯機 (温水使用)

50

53

53.0

28.0

洗濯機 (常温水使用)

21

22

53.0

19.0

台所流し台

23

20

15.5

3.1

* 放散効率:この数値が100%だと、全てのトルエンが水から放散したことになります。

**相対汚染強度:放散効率×水消費量

(この数値が大きい方が、1日当たりの放散量が多いことを示します。)

 

この結果から考えると、水温、空気と接触している表面積(シャワー水の方が、洗濯機の水よりも接触面積は大きいと考えられる)などによって水から空気中への放散効率が異なり、食器洗い機が最も放散効率が高くなっています。また、水の消費量を併せて考えると、1日当たりの放散量は、シャワーが最も高くなることが示されています。

 

*参考*

本研究の物質収支モデル構築のために用いられた化学物質と物理化学的性質を表2に示します。 

表2 モデル構築のために使用した化学物質の物理化学的性質(25度の条件下)

化学物質

ヘンリー
定数*

液体拡散
係数
(cm2/s
)

気体拡散
係数
(cm2/s)

沸点
()

密度
(kg/L)

溶解度
(mg/L)

蒸気圧
(mmHg)

放散
効率
(%)
 

アセトン

0.0015

1.1E-05

0.11

56.5

0.79

よく混ざる

270

41

トルエン

0.27

9.1E-06

0.085

110.6

0.87

515

22

97

エチルベンゼン

0.33

8.4E-06

0.077

136.2

0.87

152

7

97

シクロヘキサン

7.2

9.0E-06

0.088

80.7

0.77

58

77

100

*ヘンリー定数

ヘンリーの法則に用いられる定数で、同じ蒸気圧、同じ温度下であれば、この数値が大きい方が、水に溶けにくいと考えて下さい。つまり、空気中に放散しやすいということです。 

実験で得られた放散効率と比較すると、ヘンリー定数が空気中への放散効率と最も関連していることがわかります。水道水中に含まれている化学物質の中で、ヘンリー定数が高い化学物質が空気中に放散しやすいことに注意する必要があります。 

 

<後記>

本研究で重要なことは、水道水から化学物質が放散し、室内空気汚染源となり得ることが実験的に証明され、計算モデルが構築されたことです。汚染源ごとに比較すると、食器洗い機・シャワーでの放散効率が高く、シャワー・温水使用をした洗濯機での、一日当たりの放散量が多いことが示されました。 

水道水中には、様々な物質が溶け込んでいます。浄水処理の目的で用いられる塩素やオゾンから生じ、発ガン性を有するトリハロメタンやホルムアルデヒド、そして農耕地などで用いられる農薬の残留物や、分解生成物である亜硝酸性窒素化合物、土壌中に存在する放射性化学物質であるラドンなどがあります。 

今後重要なのは、私たちが毎日使用している水道水中に含まれている化学物質の種類・濃度と室内放散量との関係です。また、それが人体にどのような影響を与えるかについての研究が必要です。室内空気汚染と人体への影響に関する研究は、汚染源を含めてまだまだ解明すべき課題が多く残されています。

東 賢一

<論文出典>

環境科学と技術
http://pubs.acs.org/hotartcl/est/99/research/es981354h_rev.html
Environmental Science & Technology, 33 (13), 2266 -2272, 1999. 

Cynthia Howard-Reed* and Richard L. Corsi
テキサス大学、土木工学部
*連絡先:米環境保護庁
TEL: (703)648-5222; fax: (703)648-4290; e-mail: howard.cynthia@epamail.epa.gov 

<本文中の参考文献>

[1]. McKone, T. E. Environ. Sci. Technol. 1987, 21 (12), 1194.
[2]. Moya, J.; Howard-Reed, C.; Corsi, R. L. Environ. Sci. Technol., in press.
[3]. Keating, G. A.; McKone, T. E.; Gillet, J. W. Atmos. Environ. 1997, 31 (2), 123.
[4]. Giardino, N. J.; Andelman, J. B. J. Exposure Anal. Environ. Epidemiol. 1996, 6 (4), 413.
[5]. Giardino, N. J.; Hageman, J. P. Environ. Sci. Technol. 1996, 30 (4), 1242.
[6]. Hopke, P. K.; Raunemaa, T.; Datye, V.; Kuuspalo, K.; Jensen, B. In Indoor Air: An Integrated Approach; Morawska, L., Bofinger, N. D., Maroni, M., Eds.; Elsevier Science Ltd.: Oxford, England, 1995; pp 107-110.
[7]. Keating, G. A.; McKone, T. E. In Modeling of Indoor Air Quality and Exposure; ASTM STP 1205; Nagda, N. L., Ed.; American Society for Testing Materials: Philadelphia, PA, 1993; pp 14-24.
[8]. Giardino, N. J.; Esmen, N. A.; Andelman, J. B. Environ. Sci. Technol. 1992, 26, 1602.
[9]. Tancrede, M. V.; Yanagisawa, Y.; Wilson, R. Atmos. Environ. 1992, 26A (6), 1103.
[10]. McKone, T. E.; Knezovich, J. P. J. Air Waste Manage. Assoc. 1991, 41, 832.
[11]. Jo, W. K.; Weisel, C. P.; Lioy, P. J. Risk Anal. 1990, 10 (4), 575.
[12]. Giardino, N. J.; Andelman, J. B.; Borazzo, J. E.; Davidson, C. I. J. Air Pollut. Control Assoc. 1988, 38 (3), 278.
[13]. Hodgson, A. T.; Garbesi, K.; Sextro, R. G.; Daisey, J. M. Lawrence Berkeley Laboratory Report, Contract DE-AC03-76SF00098; Berkeley, CA, 1988.


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