居住地域における長期高濃度オゾン曝露と呼吸器系疾患
(全米の若い非喫煙者対象)
1999年8月4日
CSN #084
<概要>
オゾンは強い酸化作用を有する気体で、生体に対しては有害な物質です。屋外におけるオゾンの大部分は、自動車や工場などから排出される燃焼ガスに含まれる炭化水素や窒素酸化物(NOx)が、太陽光の紫外線によって光化学反応を生じて生成されたものです。この光化学反応では光化学オキシダントが生成されます。光化学オキシダントの70-90%がオゾンで、その他はPAN(パーオキシアセチルナイトレート)、二酸化窒素、アルデヒド類などの酸化性物質です。光化学オキシダントによる大気汚染は光化学スモッグと呼ばれ、発生しやすい条件は、日差しが強く高温で、風の弱い夏季、特に6月から8月です。またその影響は、目がチカチカする、ノドが痛くなるなどのヒトへの影響のほか、植物の葉の組織を破壊するなど農作物への影響も指摘されています。
室内でのオゾンの発生源としては、紫外線を利用したコピー機や静電気式空気清浄機などがあります。コロナ放電を伴う静電気式空気清浄機の中には、空気中の酸素を活性化させ、オゾンを発生するものがあります。実際に市販されている空気清浄機から発生するオゾン濃度を測定した研究報告によると、約5ミリリットル/時間といった、最大のオゾン発生量を示す機種では、実際の室内で一般環境基準値の60ppbを越える濃度になることが示されています[1]。
オゾンの強い酸化作用を用いて、代表的な室内空気汚染物質であるホルムアルデヒドを分解できる可能性があります。しかし、乾燥空気では分解されず、酸化作用にオゾンが関与しません。5リットル/分といった多量のオゾンを発生させ、空気中に水分が存在すると、20時間程度で約34%までホルムアルデヒド濃度が低下することが報告されています[2]。しかし、1リットル/分のオゾン発生量では、ホルムアルデヒド除去効果が低下します[2]。つまり、水分存在下で多量のオゾンがないとホルムアルデヒドを分解できず、実用的ではありません。
オゾンの人体への影響と環境基準は、以下のように指摘または定められています[1][3]。
(1) 人体への影響
曝露条件 |
空気中濃度 |
症状 |
短期曝露
|
100ppb |
鼻、喉の刺激 |
100-300ppb |
喘息発作、慢性気管支炎、 |
|
80ppb-200ppb |
肺機能低下、深呼吸時の痛み、肺の炎症 |
|
長期曝露 |
110ppb |
肺機能低下 |
短期曝露を繰り返すと、オゾンと呼気道との間の複雑な相互作用を示し、5日目で肺機能の衰弱が発生します。
(2) 環境基準
国家 |
一般環境基準 |
日本 |
60ppb(光化学オキシダント濃度の1時間値) |
米国 |
80ppb(同上8時間値)*1997年に環境保護庁が改訂した数値 |
WHO、欧州 |
73-100ppb(同上1時間値) 50-60ppb(同上8時間値) 短時間で100ppb(0.1ppm)を越えないことが望ましい |
オゾンは、都会の大気中に含まれる化学物質の中で、最も難分解性で対処しにくい大気汚染物質です。1995年に、アメリカ国内で7,000万人以上の人々が、米環境保護庁(USEPA)が定めた1時間当たりのオゾン濃度基準を満たさない地域に住んでいたと報告されています[4]。
また、ジョージア州アトランタでの若い人々の喘息が、110ppbを越えるオゾン濃度に曝露し、喘息治療の救急科に駆け込んだと報告されています[5]。しかし喘息悪化に対する長期オゾン曝露の影響は、よくわかっていません。オゾンに6-12ヶ月曝露すると、細胞損傷、肺水腫、肺の炎症を引き起こすことが報告されています[6]。人体への長期曝露の影響は、今後のさらなる研究が必要です。
今回紹介する論文は、全米の若い非喫煙者を対象に、居住地域における長期高濃度オゾン曝露と呼吸器系疾患との関連性について研究を行った論文です。アメリカ政府が発行する科学雑誌「環境衛生展望」1999年8月号で、コロンビア大学のAudrey Galiziaらが報告しています。
これまで、複数年にわたるオゾン曝露が、呼吸器系にどのような影響を与えるかについて、人口母集団をベースとした研究がほとんどなかったため、本研究者らは、米イェール大学に在学中の520人のタバコを吸わない学生を対象に、現在の呼吸器系の健康状態と長期オゾン曝露歴との関連性を調査しています。質問票を用いて、現在の呼吸症状、呼吸器系の病歴、居住歴などを調査し、咳、たん、風邪以外の喘息呼吸の症状、複合呼吸症状(RSI)を抜粋しています。そして、肺活量計を用いて肺機能を評価しています。
調査対象者を以下のように分類しています。
分類 |
内容 |
オゾン高曝露グループ |
過去10年間の夏場における、1時間当たりの最大オゾン濃度が毎日平均80ppbであるアメリカの州に4年以上居住 |
オゾン低曝露グループ |
上記のケースで、4年未満の居住年数 |
オゾン曝露が肺機能や呼吸症状に与える影響を解析するために、多重線形回帰とロジスティック回帰による解析が行われています。肺機能に関する評価結果を表1に、呼吸症状に関する評価結果を表2に示します。
表1 肺機能における低曝露グループに対する高曝露グループの肺機能レベルの変化率
評価項目 |
肺機能レベル変化率 |
1秒当たりの努力呼気肺活量(FEV1) |
- 3.1% (95% 信頼間隔: - 0.2 から - 5.9%) |
強制肺活量(FVC)の25-75%の |
- 8.1% (95% 信頼間隔: - 2.3 から - 13.9%) |
強制肺活量(FVC)の75%での |
- 6.7% (95% 信頼間隔: 1.4 から - 14.8%) |
この結果は、高濃度オゾンに長期間曝露することで、肺機能レベルが3%から8%低下していることを示しています。
表2 呼吸症状における低曝露グループに対する高曝露グループの肺機能レベルの変化率
症状 |
呼吸症状発生率 |
慢性たん症状 |
1.79 (95% 信頼間隔: 0.83から3.82) |
風邪以外の喘息呼吸症状 |
1.97 (95% 信頼間隔: 1.06から3.66) |
複合呼吸症状(RSI) |
2.00 (95% 信頼間隔: 1.15から3.46) |
この結果は、高濃度オゾンに長期間曝露することで、呼吸症状が約2倍増加することを示しています。
また性別の解析では、女性よりも男性の方が強い相関を示しています。研究者らは、オゾンやオゾンに関連した複合汚染物へ高濃度に曝露した地域で4年以上居住した場合、肺機能低下や呼吸症状の発生率増加に関連すると結論づけています。
<後記>
オゾンは地上へ有害な紫外線が届かないためにも、地上から20km-25kmの上空にはある程度の濃度が必要です。しかし、自動車や工場などから排出される燃焼ガス成分から光化学反応により発生し、私たちの生活空間で健康に影響を与えるオゾンは必要ありません。
また、紫外線を利用したコピー機や、コロナ放電を伴う静電気式空気清浄機から室内空間に排出されるオゾンも必要ありません。
私たちの地球は、水、大気、土壌、生物、化学物質など、太古の昔から多様性を保ってきました。必要のない化学物質を排出し、微妙に保たれた多様性を崩壊し、環境や健康を破壊していくことは、避けなければならないと思います。
Author:東 賢一
<論文出典>
環境衛生展望
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p675-679galizia/abstract.html
Environmental Health Perspectives Volume
107, Number 8, August 1999
Audrey Galizia* and Patrick L. Kinney
コロンビア大学、公衆衛生学部、環境衛生科学部門
<本文中の参考文献>
[1] 房家正博「空気清浄機から発生するオゾンとその室内濃度に与える要因」環境化学,Vol8,No.4,p823-830
[2] 山城卓巳「環境保全対策技術に関する研究 第三報:オゾンやその技術を利用した残留ホルマリン除去に関する研究」京染と精錬染色, Vol47-3, p73, 1996
[3] Jane Q. Koenig, ワシントン大学、環境衛生部(ワシントン州、シアトル)
環境衛生展望, Environmental Health Perspectives Volume
107, Number 8, August 1999
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107-8/research-highlight.html
[4] U.S. EPA. National Air Quality and Emissions Trends Report, 1995. EPA 454/R-96-005. Washington, DC:U.S. Environmental Protection Agency, 1996.
[5] White MC, Etzel RA, Wilcox WD, Lloyd C. Exacerbations of childhood asthma and ozone pollution in Atlanta. Environ Res 65:56-68 (1994).
[6] Chitano P, Hosselet JJ, Mapp CE, Fabbri LM. Effect of oxidant air pollutants on the respiratory system: insights from experimental animal research. Eur Respir J 8:1357-1371 (1995).