思春期直前期の子供の肺機能発達に対する低濃度大気汚染の影響


1999年8月8日

CSN #086 

工業が発達した地域や交通網が発達した地域における大気汚染は、私たちの生活環境での公害問題として1950年代以降問題とされてきました。大気汚染物質としては、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、一酸化炭素(CO)、浮遊粒子状物質(SPM)、光化学スモッグの原因となる光化学オキシダントなどがあります。 

浮遊粒子状物質(SPM)は、工場などから排出される煤塵(ばいじん)やディーゼル車の排出ガスに含まれる粒子状物質などの人為的発生源と、土壌の巻き上げなどの自然発生源があり、大気中に浮遊する粒子状物質(浮遊粉じん、エアロゾルなど)のうち、粒径が 10μm(μは百万分の1)以下の物質のことを示します。またさらに、粒子径が2.5μm以下の粒子状物質は、PM2.5と呼ばれています 

日本国内では、浮遊粒子状物質の環境基準は、「1時間値の1日平均値が 0.10mg/m3であり、かつ、1時間値が 0.20mg/m3以下であること」となっており、その達成に向けて工場・事業場からのばいじん・粉じんや自動車からの粒子状物質等の排出規制を行っています。 

それにもかかわらず、環境庁の発表によると環境基準の達成率は、平成8年度において一般局では69.8%、自排局では 42.4%と、依然として低い水準で推移しており、特に関東地域における達成状況が低いと報告されています[1]1999611日に環境庁が発表した浮遊粒子状物質総合対策に係る調査・検討結果によると、人為的発生源と自然界に由来するものとの寄与割合について関西地域と関東地域とを比較すると、両地域とも人為的な寄与が大きく、7076%を占めこと、工場・事業場と自動車の寄与割合は、関東地域がそれぞれ 29%、35%、関西地域が 21%、41%であり、両地域とも自動車の占める割合が大きいと報告されました[2] 

SPMは微小なため、大気中に長時間滞留し、肺や気管などに沈着して高濃度で呼吸器に悪影響を及ぼすと言われています。日本ではオイルショック以降、ディーゼル車の普及が進んでいますが、浮遊粒子状物質のうち、ディーゼル排気微粒子(DEP)は、発がん性や気管支ぜんそく、花粉症などの健康影響との関連が指摘されています。特に超微粒子であるPM2.5は、肺の奥に付着しやすく、健康影響が大きいと考えられています[1] 

また浮遊粒子状物質による大気汚染は、最近の研究により心血管系の疾患による死亡率に関連していることが報告されています。また、平均年齢81歳の老年期の人々を対象に行った最新の研究報告では、3週間連続して調査した結果、大気汚染レベルが高い状況下で、心拍数の応答が低くなり、心臓の自律制御応答性が脆弱化していることが示されています。[3] 

思春期直前期の子供における肺機能発達に対し、低濃度の大気汚染がどのように影響するかを評価した疫学研究結果について、アメリカ政府が発行する科学雑誌「環境衛生展望」で、ポーランドのジャギロニア大学のWieslaw Jedrychowskiらが報告しました[4] 

大気汚染状況が異なる、ポーランドのKrakow Polandの2つの地域に居住している 1,001人の思春期直前期の子供に対し、前向きなコーホート研究(対象者をコーホートにしたがって分類し、生活行動や意識を比べる分析手法)を行った結果が示されています。最も汚染度が高い、市の中心部での年平均濃度について表1に示します。 

表1 大気汚染物質と汚染濃度

大気汚染物質

市の中心部

対照地域

浮遊粒子状物質(SPM)

52.6 ± 53.98 μg/m3

33.23 ± 35.99 μg/m3

SO2

43.87 ± 32.69 μg/m3

31.77 ± 21.93 μg/m3

 

肺機能への影響について、喘息や喘息のような症状を除外した子供のグループで解析した結果、肺機能の平均発達速度は、汚染がひどい地域の子供の方が低く、遅延肺機能発達(SLFG)の子供の比率は、汚染のひどい地域の子供において最も高かったことが報告されています。各肺機能ごとの結果を表2に示します。 

表2 対照地域と比較した大気汚染がひどい地域における遅延肺機能発達(SLFG)の発生率

評価した肺機能

少年

少女

発生率(OR)

95% 信頼間隔(CI)

発生率(OR)

95% 信頼間隔(CI)

強制肺活量(FVC)

2.15

1.25 -3.69

1.50

0.84 -2.68

1秒当たりの
努力呼気肺活量
(FEV1)

1.90

1.12 -3.25

1.39

0.78 -2.44

 

上表から明らかなように、強制肺活量、1秒当たりの努力呼気肺活量ともに、汚染がひどい地域において、肺機能発達の遅れが発生する割合が、約1.4倍から2.2倍に増加しています。 

またWieslaw Jedrychowskiらは、このような大気汚染がひどい地域に住む子供の肺活量減少は、思春期直前期の年齢での肺機能の発達において、さらに連鎖的な肺機能発達の遅れを導く可能性があると指摘しています。 

 

先進国における大気汚染はまだまだ深刻な状況で、環境基準が満たされていない地域がたくさん存在します。一般に住環境では、室内空気汚染の方が屋外よりも汚染がひどいと言われています。しかし窓を開けた時に、車や工場の排出ガスが室内に入ってくるため窓を開けることができない地域も存在します。最近はあまりクローズアップされませんが、大気汚染による健康影響は、依然として深刻な状況であるという認識が必要だと思います。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 平成10年度環境白書(環境庁)http://www.eic.or.jp/eanet/hakusyo/1998/mokuji.htm
 

[2]「浮遊粒子状物質総合対策に係る調査・検討結果について」環境庁大気保全局大気規制課、1999611http://www.eic.or.jp/kisha/199906/59511.html
 

[3] Duanping Liao, John Creason and others,
Environmental Health Perspectives Volume 107, Number 7, July 1999
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p521-525liao/abstract.html
 

[4] Wieslaw Jedrychowski, Elzbieta Flak, and Elzbieta Mroz
環境衛生展望: Environmental Health Perspectives Volume 107, Number 8, August 1999
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p669-674jedrychowski/abstract.html
 


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