食品への放射線照射の安全性


1999年8月11日

CSN #087 

731日付け英医学誌ランセットの「科学と医学ニュース」の記事で、食品に対する放射線照射に関する記事が掲載されました[1]。食品に対する放射線照射の安全性は長年議論されてきており、専門家の間でも意見が対立しています。 

1999718日から23日にアイルランドの首都ダブリンで行われた、放射線研究に関する国際会議(International Congress of Radiation Research)での議論の様子が報告されました。議論のポイントは、放射線が人体や組織に与える影響について、「閾値(いき値)」があるかどうかです。「閾値」とは、ある量以下なら環境や人体に無害であるという値です。ランセットに掲載されていた専門家の意見を以下に示します。 

  

1,「閾値がないという理論」に対する反対派 

<米国の放射線専門家であるカリフォルニア大学のOtto Raabe氏>

「放射線曝露に安全レベルがない、つまり閾値がないという提言は、たぶん誤っている。DNAの修復が、放射線照射によって効果的に行われる。また、放射線照射に対する疫学的研究によって、人体が発癌しない閾値が示されている。これまでの閾値理論は、単純な力学モデルに基づいていた。放射線と食品にはそのような新たな問題はない。」 

 

発癌性について閾値がないということは、たとえわずかなレベルの放射線であっても、発癌の可能性があるということです。ランセットの記事の中で、アイルランド農業食品開発機関のBeant Ahloowahlia氏によると、「1965年以来市販ビールの多くは、X線照射によって突然変異を生じた大麦を使用している。そして、血液中のコレステロール濃度を低下させるひまわりの油、新種のトマト、ジャガイモ、唐辛子、米などの新種の作物が、放射線照射や化学物質によって生じた突然変異によって開発された。」と述べています。つまり、私たちが食べている食品には、放射線照射による化学変化によって性質が変化した食品があるということです。しかも、いまだに安全性に関する議論が引き続き行われているにも関わらず、すでに使用されているということです。 

 

2,「閾値がないという理論」に対する擁護派 

<放射線擁護に関する国際委員会のJack Valentin氏>

「これまでの用量−応答による実験(放射線照射レベルと癌発生の関係)での結果は、問題外とすることができる。閾値がないという理論はもっともだ。まもなく発表される国連の研究によれば、癌はとても低レベルの放射線曝露で発生することが示されている。

 

放射線照射は、医療でも用いられています。アリゾナ州立大学のKenneth Mossman氏は、以下のように述べています。

「閾値がないという理論が正しいかどうかに関する議論は、医療などでの放射線曝露の基準値を設定するときに使われるので、とても重要である。」 

 

放射線の食品照射は、次のような目的で利用されています。

現在、世界では毎年約50万トンの食品が照射されていますが、加工食品全体量に比べると少なく、国際的に流通している状況ではありません。ベルギー、フランス、ハンガリー、日本(ジャガイモのみ)、オランダ、ウクライナなどの国においては、穀物、ジャガイモ、たまねぎなど、いくつかの農産物が商業規模で照射されています。また、アルゼンチン、バングラディッシュ、チリ、中国、イスラエル、フィリピン、タイでは、じゃがいも、たまねぎ、にんにくにおいて、試験規模での照射が実施されています。また殺菌目的で、ベルギーやオランダでは冷凍水産物に、フランスでは冷凍鶏肉に、アルゼンチン、ブラジル、デンマーク、フィンランド、フランス、ハンガリー、イスラエル、ノルウェー、アメリカ、クロアチアでは香辛料に照射されています[2] 

食品照射が期待される理由は、害虫汚染、微生物汚染、腐敗により常に高い割合で食品が損耗していること、食品に由来する疾病に対して大きな不安を抱いていること、食品の貿易は拡大しているが、これらは品質と検疫に関わる厳しい輸入基準に適合しなければならないことなどです[2]。国連食料農業機関(FAO)の試算によれば、世界的にみて全食糧生産の約25%が収穫後に害虫やバクテリアなどによって損耗しています[2]食品照射は食料損耗の低減や、ポストハーベスト農薬使用の減少に役立つ可能性があります。 

食品照射に用いられる放射線はγ線,X線,電子線です。放射線はある種のエネルギーで食品を処理します。、放射線による殺菌作用はフリーラジカルによるDNAの切断によるものであり,おもに細胞分裂膜が失われます。食品に対する放射線照射で最も心配されるのが、放射線分解生成物の有害性の有無です。 

放射線照射された食品は化学的に変化し、「放射性分解生成物」(特異的放射線分解生成物:URP)が生成されます。この生成物には、ブドウ糖、ギ酸、アセトアルデヒド、二酸化炭素、発癌性のあるホルムアルデヒド、ペロキサイド(消毒剤や漂白剤の成分)、その他の未知の化学物質があると言われています。また発癌性のあるアフラトキシンは、放射線照射食品の中で増加する傾向があると言われています。アメリカ食品医薬品局(FDA)は、食品を1kGy照射した時に、未知の放射線分解生成物が食品1kgにつき3ミリグラム(mg)未満、すなわち3ppm未満生成していると推定しています[2]。また、放射線を照射した食品で育てられた動物のあいだでは、異常出産、腎疾患、寿命短縮、生殖能力喪失が統計上有意な増加を示すと言われています。 

放射線利用に関する(財)医用原子力技術研究振興財団の報告書[3]によると、「ある時期、食品照射反対派から、全ての放射線分解生成物を解明できなければ、食品照射を受け入れられないとの意見が出されたが、全ての分子構造を明らかにすることが不可能に近く、調理時の熱分解生成物(大部分は放射線分解生成物と同じ)よりも生成量が少ない。そのため、放射性分解生成物に関する議論は今や終了したと考えられる。」と報告しています。 

放射線を食品へ照射した時に生成する分解生成物に解明されていない未知の化学物質があること、人体への発癌性に関する閾値理論が明確になっていないこと、また食料損耗の低減や、ポストハーベスト農薬使用の減少などの有効な手段の1つであることを考慮すると、放射線の食品照射は、さらに安全性に関する十分な研究と議論を行った上で慎重に対処すべきだと思います。 

Author:東 賢一 

<参考文献>

[1] The Lancet, Volume 354, Number 9176, July 31 1999  

[2] 食品照射に関する「冊子」:国際食品照射諮問グループ(ICGFC)
(日本原子力研究所・高崎研究所による訳文)
http://takafoir.taka.jaeri.go.jp/facts_about/factabout.htm
 

[3]「医療・ライフサイエンス分野における放射線利用についての現状と課題及び今後の方向性に関する調査報告書」第7章
(財)医用原子力技術研究振興財団、平成9年度 原子力委員会委託調査
http://sta-atm.jst.go.jp/jicst/NC/teirei/siryo98/siryo20/siryo4.htm


「住まいの科学情報センター」のメインサイトへ