健康的な室内空気への権利
2000年8月7日
CSN #147
WHO(世界保健機関)欧州事務局のワーキンググループは、オランダで2000年5月15-17日に「健康的な室内空気への権利」と題した会合を行いました。この会合には、18ヶ国から23人の専門家が出席しました。
現代の私たちは、住宅、職場、学校、公共施設、交通機関などの室内空間でほとんどの時間を過ごしています。これらの室内空間において、汚染された有害な空気に曝露すると、呼吸器系疾患、アレルギー疾患、粘膜系への刺激など、さまざまな健康影響が生じる可能性があります。例えば、不完全燃焼を起こした燃焼器具を室内で使用した場合、一酸化炭素による急性中毒のリスクが増大します。室内におけるラドンや間接喫煙への曝露によって、肺がんのリスクが増大します。日本では、室内で使用される新建材や家具などから放散する揮発性有機化合物によって生じると考えられる室内空気汚染による健康影響が社会問題化しています。
このように室内空気質(Indoor Air Quality: IAQ)は、私たちの健康に大きく関わっています。そのため室内空気質は、私たちにとって健全であるべきです。しかし室内空気質のコントロールが健康における重要な因子であるにもかかわらず、特に一般個人住宅では不十分なケースが多いとワーキンググループは述べています。
そしてWHO欧州事務局のワーキンググループは、室内空気質が私たちの健康にとって不十分である理由を「室内空気質に関連した政策や行動のもととなる基本原則に対して、表現・認識・理解が乏しいからである。そしてその結果、一般大衆は、この基本原則やこれに関連した権利を知らされていない。」と報告しています。
そこでWHO欧州事務局のワーキンググループは、2000年5月15-17日の会合内容をもとに、2000年7月12日に「THE RIGHT TO HEALTHY INDOOR AIR:健康的な室内空気への権利」と題した報告書[1]を発表しました。
以下にその報告書で発表された「健康的な室内空気への権利」の原則を示します。
「健康的な室内空気への権利」の原則[1]
1) 健康に対する人権
全ての人は、健康的な室内空気を呼吸する権利を有する。
2) 自治尊重
全ての人は、有害の可能性のある曝露に関する適正な情報と、たとえわずかではあっても、その曝露を防止するための有効な手段を与えられる権利を有する。
3) 加害行為なし
居住者が不必要な健康リスクを負わないよう、そのような曝露濃度の汚染物を室内空気中に持ち込むべきではない。
4) 善意
私有、公有、国有のいずれであっても、建物と関わり合いを持つ全ての個人、集団、組織は、居住者が許容可能な空気質となるよう取り組む、あるいは支持する責任を負う。
5) 社会正義
居住者の社会・経済的地位は、健康的な室内空気の権利と関係があってはならない。しかし健康状態によっては、ある特定の集団のために必要な特別な事柄を決定する可能性がある。
6) 説明責任
あらゆる関連組織は、建物の空気質や居住者の健康と環境上の影響を評価及び査定するために、明白な基準を確立すべきである。
7) 予防原則
有害な室内空気への曝露リスクがある場合、それを防ぐコスト効率のよい手段を見合わせる理由として、不確実性を用いるべきではない。
8) 汚染者の負担
汚染者は、非健康的な室内空気への曝露から生じる健康生活への危害について説明する責任がある。加えて汚染者は、そのような危害を軽減及び改善する責任がある。
9) 持続可能
「健康と環境」これら2つに対する懸念は分離できない。健康的な室内空気の対策は、世界的あるいは局地的な生態系の完全性や、将来世代の人々の権利を危うくしてはならない。
WHOは、1年間で約280万人が室内空気汚染で死亡しており、そのうち約9割が開発途上国であると試算しています[2]。WHO欧州事務局のワーキンググループは、室内空気汚染への対策やプログラムが開発されてない国々に対して、この原則が有用な手引きとなるよう求めています。また、その他の国々においては、この原則をもとに、「健康的な室内空気への権利」の重要性に対する認識を高めるよう求めています。
そして多くの専門分野と産業分野による協調と協力によって、健康的な室内空気質に対する計画的なアプローチが必要であると報告しています。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] World Health Organization Regional Office for Europe, European Centre for Environment and Health, Bilthoven Division, WHO Working Group Meeting, THE RIGHT TO HEALTHY INDOOR AIR, July 12, 2000
[2] CNN Environmental News Network, Air pollution kills but deaths can be
prevented, August 30, 1999
http://www.cnn.com/NATURE/9908/30/air.pollution.enn/