ビスフェノールAによる健康と環境影響に関する議論


2000821

CSN #149 

ビスフェノールAは、主にポリカーボネート樹脂とエポキシ樹脂の原料として使用されています。ポリカーボネート樹脂は、硬度や透明性が高いことから、食器、コンパクトディスク(CD)、車のランプカバー、携帯電話、OA機器等に使用されています。また、エポキシ樹脂は、耐熱性や耐薬品性が高いことから、缶詰や水道管の内部腐蝕防止用被覆材、接着剤、半導体チップの封止材、電子機器の配線基板などに使用されています。 

ビスフェノールAは、内分泌攪乱化学物質(以下、環境ホルモン)の疑いがある化学物質のリストにあげられていることから[1]、ポリカーボネート製の哺乳瓶や学校給食用食器がガラス製やポリプロピレン製に変更される騒ぎがここ数年間に起きました。 

ビスフェノールAの毒性に関しては、国内外で活発に研究されています。昨年、英科学誌ネイチャーでは、米ミズーリ大学のFrederick S. Vom Saal博士らが、ヒトの場合に換算して通常環境値以内(ヒトが通常曝露されている濃度と同程度の濃度)に相当する量である、2.4μg/kg体重/日の低濃度のビスフェノールAを含む飼料を、妊娠11-17日の間母親マウスに与えたところ、出生後の雌マウスにおいて、ヒトの思春期にあたる春期発情期が早まった(ヒトでは思春期早発症)と報告しました[2] 

また、東京大学医学部の堤教授らは、8週齢の雌マウスから取りだした2細胞期の受精卵(胚:はい)を様々な濃度のビスフェノールA中で培養し、発育状態を観察した結果、極めて低濃度でも雌マウスの初期胚に対して発育促進効果が示されたと報告しました[3] 

しかし、199912月に神戸で行われた第2回内分泌攪乱化学物質問題に関する国際シンポジウムで発表された報告など、化学工業界は、ビスフェノールAは低濃度で影響を示さないと反論しており、未だに議論は並行しています。 

最近の動きとして、世界自然保護基金(WWF)20004月に、ビスフェノールAによる人の健康と環境影響に関する報告書を発表しました[4]。そこでの結論と勧告の概要は、次のようになっています。また、表1にはビスフェノールAと関連化合物のエストロゲン活性(女性ホルモン作用の強さ)を示します。 

<主な結論>

  1. 人や野生生物がビスフェノールA及び関連化合物に曝露しないようにすべきである。
  2. 現在の人や野生生物に対するビスフェノールAの曝露レベルは、影響がないとは言えないレベルである。

 

<政策的勧告>

  1. 野生生物に対しては、比較的低濃度の曝露でも影響が生じる。また、他の内分泌攪乱化学物質と相互作用を生じる可能性がある。野生生物がビスフェノールAに曝露しないように、環境中への排出は防がれるべきである。
  2. ビスフェノールAへの曝露を法規制するかわりに、欧州政府は安全確保を目的とした暫定措置として、ビスフェノールAに関連した有害性に関する情報と、子供用ポリカーボネート製容器の代替品に関する情報を公開すべきである。また、人々が自ら選択できるように、乳幼児用哺乳瓶や食器などの製品において、使用材料を表示すべきである。さらに政府は、廃棄となったポリカーボネート製容器や食器の廃棄方法に関して助言すべきである。
  3. 欧州連合は、可能な限り新しい情報を提供すべきである。特にイギリス貿易産業省(DTI)は、政府の研究所で計画されている研究を支援すべきである。そして、乳幼児用哺乳瓶から溶出するビスフェノールAに関する情報は、イギリス貿易産業省(DTI)が直接提供すべきである。
  4. 食品に接触するプラスチックの使用状況に応じて、1986年に欧州委員会(EC)食品科学委員会(SCF)が推奨しているビスフェノールAの耐用一日摂取量(TDI) 0.05mg/kg体重/を見直す必要がある。さらに科学的データによって十分に安全性が確認されるまで、缶入り食品中のBADGE(ビスフェノールAジグリシジルエーテル)エポキシモノマーの規制値も見直す必要がある。
  5. 欧州やアメリカの食品安全法は改訂する必要がある。特に、食品中へ移行する既存及び新規化学物質は、低濃度の毒性に関して十分に試験されるべきである。
  6. ビスフェノールAやエストロゲン様化合物へ人が曝露しないようにすべきである。そのため、これらの化学物質を食品包装材料へ使用することは、段階的に廃止されるべきである。
  7. 企業は、ビスフェノールAの排出量の報告義務を負うべきである。そして今後、この化学物質は、欧州汚染物質排出登録(EPER)*1で大きく取り扱われるべきである。

 

表1 ビスフェノールA及び関連化合物の種類とエストロゲン活性[4]をもとに作成)

化学物質名

略称

エストロゲン活性

(E2100として対比)

17βエストラジオール(女性ホルモン)*2

E2

100

ビスフェノールA

BPA

0.01

ビスフェノールF

BPF

0.001

ビスフェノールAジメチルアクリレート

BisDMA

0.001

ビスフェノールAビスクロロフォルメート

BPACF

0.001

ビスフェノールAジグリシジルエーテル

BADGE

0.0001

ビスフェノールA

ジグリシジルエーテルジメタクリレート

BisGMA

In vitro試験で活性なし

*1:比較参考のために列挙、ビスフェノールAとは関係ない。
*2:アメリカのTRI(有害物質排出目録)ではビスフェノールA(4,4'-Isopropylidenediphenol: CAS番号 80-05-7)が対象物質となっているが、日本のPRTR(化学物質排出量・移動量登録)では対象物質となってない。 

 

しかしWWFの報告を受けて、ビスフェノールA工業界が、20005月にWWFの報告書に対して反論する報告書を発表しました[5]。そこでの結論は、次のようになっています。 

<主な結論>

  1. ビスフェノールAは10年以上にわたり、社会的に重要で有益な数々の用途に使用されてきた。
  2. ビスフェノールAは、そこで使用されてきた用途において、急性的な健康影響を示さなかった。
  3. 現在のアメリカや欧州における法規制は、数年以上にわたって人の健康と環境が適切に保護されたことを示してきた。
  4. 内分泌攪乱に関する十分な証拠がない研究へスポットを当て、適切に行われた研究へ疑いをかけている。そして、一般の人々や監督官庁に不安を引き起こそうとしている。つまりWWFの報告書は、ビスフェノールAに関する現在の科学的情報に対して偏った見方をしている。
  5. WWFの報告書は、科学的に完全であるよう試みた産業界の研究に対して疑いをかけている。この主張は十分な証拠がなく、全く根拠がない。また、監督官庁が行った研究に対して反対するものである。
  6. スケールが小さく、限られた数の研究結果に基づいたWWFの勧告は、統計的に信頼できない条件下で行われた研究が含まれており、他の科学者によって再現できなかった。

 

2000525日付けのPLASTICS NEWS STAFFは、WWF英国支部がポリカーボネートの原料であるビスフェノールAを段階的に削減するようキャンペーンを開始したと報じました。WWF英国支部は、欧州政府に対してビスフェノールAを段階的に削減するよう要求しています[6] 

また、プラスチック添加剤メーカーのグローバル・グループは、WWFの報告書は無謀な表現であると反論しています[7]。そして、ビスフェノールAは環境中に重要なリスクを生じさせない科学的根拠があると述べています。また、選択毒性や発生毒性を有する物質と考えるべきではない。そして、内分泌攪乱化学物質の適合基準さえ満足していないと述べています[7] 

ビスフェノールAが人の健康や環境に影響しているかどうかについては、現在でも激しい議論が続いています。現在も活発に研究が行われており、これら最新の科学的知見も含めて判断していかねばなりません。そして、それらの情報は正しく公開され、お互いが納得できる方向性を示していく必要があります。 

Author:東 賢一 

<参考文献>

[1] 環境庁環境保健部環境安全課, 環境ホルモン戦略計画SPEED’98, May 1998 

[2] KEMBRA L. HOWDESHELL, ANDREW K. HOTCHKISS, KRISTINA A. THAYER, JOHN G. VANDENBERGH & FREDERICK S. VOM SAAL, Nature, Vol.401, No.6755, p763, 21 October 1999
"Environmental toxins: Exposure to bisphenol A advances puberty"
 

[3] 堤 治, 2回内分泌攪乱化学物質問題に関する国際シンポジウム, December 10, 1999
着床前初期胚を用いた内分泌攪乱物質の低用量作用の検出 

[4] A WWF European Toxics Programme Report, Bisphenol A: a known endocrine disruptor, WWF-UK, April 2000
http://www.worldwildlife.org/toxics/pubres/pubsvideos.htm

[5] Industry responds to WWF report on Bisphenol A, May 2000
http://www.bisphenol-a.org/new/052800.html

[6] Steve Toloken, PLASTICS NEWS STAFF, May 25, 2000 

[7] Environmental Data Services (ENDS) Environment Daily, Tuesday 30 May, 2000
INDUSTRY REJECTS BISPHENOL A PHASE-OUT CALL
http://www.ends.co.uk/envdaily


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