欧米におけるフタル酸エステル使用削減の動き
1999年12月30日
CSN #116
フタル酸エステルは、環境庁が示した67の内分泌攪乱化学物質に含まれており、表1に示す9種類の化合物が疑いのある化学物質として取り上げられています。
表1 内分泌攪乱化学物質の疑いがあるフタル酸エステル([1]をもとに作成)
No. |
化合物名 |
規制等 |
1 |
フタル酸ブチルベンジル (Butyl benzyl phthalate) |
海防法 |
2 |
フタル酸ジ-n-ブチル (Dibutyl phthalate) |
海防法 |
3 |
フタル酸ジシクロヘキシル (Dicyclohexyl phthalate) |
|
4 |
フタル酸ジ-2-エチルヘキシル (Diethylhexyl phthalate) |
水質要監視 |
5 |
フタル酸ジエチル (Diethyl phthalate) |
海防法 |
6 |
アジピン酸ジ-2-エチルヘキシル (Diethylhexyl adipate) |
海防法 |
7 |
フタル酸ジヘキシル (Dihexyl phthalate) |
国内生産なし |
8 |
フタル酸ジ-n-ペンチル (Di-n-pentyl phthalate) |
国内生産なし |
9 |
フタル酸ジプロピル (Dipropyl phthalate) |
国内生産なし |
*海防法は「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」
これらのフタル酸エステルは、すでに環境中に広く分布し、大気中、水質中から極微量検出されています[2]。環境庁が行った平成10年度の大気環境調査結果を図1、水環境調査結果を図2に示します([2]をもとに作成)。
*検出率=検出数/検体数(検出数は検出下限値以上のもの全て)
*検体数(工業地域:59、住居地域:60、郊外:59)
*検出率=検出数/検体数(検出数は検出下限値以上のもの全て)
*検体数(水質:405、底質:152、水生生物:141)
フタル酸エステルの主な用途は、プラスチックの可塑剤で、特に塩化ビニルの可塑剤として多く用いられています。塩化ビニル樹脂そのものは非常に硬いので、油状の化学物質を混入し、塩化ビニル樹脂を軟らかくします。この作用を可塑化(わかりやすく言えば軟化)と呼びます。また、可塑剤の配合量によって軟化の度合いが異なるのですが、一般に可塑剤を10%- 60%程度配合している塩化ビニル樹脂を軟質塩化ビニル樹脂(軟質塩ビ)、可塑剤を配合していない塩化ビニル樹脂を硬質塩化ビニル樹脂(硬質塩ビ)と呼びます。
透明性や酸素遮断性を有し、柔軟性が高く、丈夫な軟質塩ビの用途は多岐にわたっており、子供用玩具(歯固め、おしゃぶり)、医療器具(輸液用バッグ、チューブなど)、電気絶縁テープ、農業用フィルム、食品包装用フィルム、衣類包装用フィルム、壁紙、電線被覆、ビニル床材、テーブルクロス、ワッペン、水着用バッグなどに用いられています。
内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)のヒトへの影響に関して最も心配されているのが、胎児と乳幼児の摂取です。胎児は胎盤を通じて摂取するルート、乳幼児は母乳を通じて摂取するルート、乳幼児用の玩具、食器、室内空気汚染、治療時の医療器具などによって摂取するルートが想定されます。フタル酸エステルは動物実験で、雄ラットの精子数減少、前立腺重量減少、精巣重量低下、雌ラットで性周期延長、排卵阻害、雌雄マウスで妊娠率低下が報告されており、生殖系への影響が疑われています。
現在、欧米で最も心配されていることは、塩ビ製乳幼児玩具に含まれるフタル酸エステル類の溶出によって、経口(なめたりしゃぶったり)、経気(室内空気放散物の吸入)、経皮(皮膚との接触)を通じてフタル酸エステルを摂取することです。特に経口摂取が最も懸念されています。
そのため欧州では、特に3歳児以下の乳幼児を対象とした玩具に対する、フタル酸エステル類の使用を規制する国がたくさんあります。子供用の塩ビ製玩具中へのフタル酸エステルの規制状況について、表2に示します。
表2 子供用塩ビ製玩具中へのフタル酸エステルの規制状況([3]をもとに加筆作成)
国/組織 |
実行日 |
内容 |
オーストリア |
1999.1 |
3歳以下の子供の玩具中へのフタル酸エステルの使用及び販売禁止 |
デンマーク |
1999.4.1 |
3歳以下の子供用塩ビ製玩具と乳児商品へのフタル酸エステルの使用禁止 |
フィンランド |
1999.5予 |
フタル酸エステルを含む塩ビ製玩具と乳児商品で、3歳以下の子供の口に入る商品への使用禁止 |
フランス |
1999.7.7 |
3歳以下対象の軟質塩ビ製玩具と乳児商品にフタル酸エステルの使用を禁止 |
ギリシャ |
1999.7予 |
3歳以下対象の全軟質塩ビ製玩具の販売禁止 |
イタリア |
1999.6予 |
フタル酸エステルを含む軟質塩ビ製玩具の販売禁止 |
ノルウェー |
1999.7.1予 |
3歳以下の子供用塩ビ製玩具へのフタル酸エステルの使用禁止 |
スウェーデン |
1999.8.1 |
3歳以下の子供用塩ビ製玩具へのフタル酸エステルの使用禁止(フタル酸エステル代替化学物質含む) |
ベルギー |
|
ボランタリーの測定を支持 |
ドイツ |
1999.7.26 |
3歳以下の子供用玩具へのフタル酸エステルの使用禁止 |
オランダ |
|
乳児用歯固め、おしゃぶり、ダミーのテスト後、玩具の中のフタル酸エステルが溶出基準を越えないこと |
スペイン |
1999予 |
歯固めはすでに禁止。玩具禁止予定 |
欧州共同体(EU) |
1999.12.18 |
15カ国において、子供が口にくわえるよう設計された塩ビ製子供用玩具へのフタル酸エステルの使用禁止 |
カナダ |
1998.11.16 勧告 |
両親に対し、子供が口にくわえるよう設計された塩ビ製子供用玩具を放棄するよう勧告。メーカーには回収勧告。 |
フィリピン |
1997.10.24 勧告 |
幼児用軟質塩ビ製玩具の販売禁止を小売り、製造者に呼びかけ、軟質剤や添加物が含まれない代替品の使用を勧告。 |
メキシコ |
1998.11.30 決定 |
小さな子供用軟質塩ビの輸入停止と対象製品の回収 |
アメリカ |
1998.12.2 勧告 |
アメリカ政府機関である消費者製品安全性委員会(CPSC)が、フタル酸エステルを含む塩ビ製歯固め玩具を自主的に回収するよう小売り、製造者に勧告。 |
日本 |
|
業界の自主廃止(軟質塩ビはおしゃぶり、歯固めには使用せず) |
表2から明らかなように、欧州各国での規制は進んでおり、アメリカ諸国はやや遅れています。また日本は、さらに遅れていると言えます。
このような状況の中、アメリカ国家毒性計画(NTP) ヒューマン・リプロダクション評価センター(CERHR)は、フタル酸エステル類のヒトへの影響を再調査するために、1999年4月15日に一般市民に対して情報提供を呼びかけました[4]。また、専門家会合を第1回1999年8月17日- 19日、第2回12月15日- 17日に開催しました。
そして、1999年12月17日にアメリカ国家毒性計画(NTP)は、フタル酸エステルの1つであるフタル酸ジ-2-エチルヘキシル( di-ethylhexyl-phthalate: DEHP)が、ヒトの発達や生殖系に対し有害であるという市民団体「害のない医療Health Care Without Harm (HCWH)」の主張を支持する発表を行いました[5]。
1999年12月のフタル酸エステルの毒性データを評価するために開催された第2回専門家会合では、動物におけるDEHPの健康影響のデータが、経口投与によって、流産、奇形児、生殖能力低下、異常な精子数、精巣の損傷を引き起こす可能性があることを示しました。また専門家会合のメンバーは、私たちが毎日摂取している食品(特に、肉、魚、油)中におけるDEHP濃度に関して、強い懸念を示しました[5]。
この件に関して、「科学と環境衛生ネットワーク:Science and Environmental Health Network」のTed Schettler医学博士は次のように述べています[5]。
・ 動物実験からの証拠の重みは、DEHPへの曝露が、深刻な生殖や発達系への影響を引き起こす可能性があることを示している。
・ 発達中の組織が最も影響を受けやすい。またその影響は、ある若い患者、特に膜型人口肺(ECMO)治療や輸血を受けている早産の乳児は、動物実験で影響が生じたレベルの濃度付近の量を摂取している。子供達に害が発生しているかどうか、私たちは容易にはわからない。そのことを明らかにするための研究を行うことが極めて困難である。
アメリカ最大手の輸血用血液バッグ(輸液用バッグ)メーカーであるバクスター・ヘルスケア社(Baxter Healthcare)は、塩ビの使用削減計画を作成すると発表しました。主要な医療会社であるTenet Healthcare社、Universal Health Services社, Kaiser Permanente and Catholic社、Healthcare Westも徐々に塩ビから置き換えています[5]。
1999年12月9日には、世界最大の子供用玩具メーカーである、米マッテル(Mattel Inc)社が、軟質塩ビ製の子供用玩具に対する消費者の拒絶反応に答えるために、食用油や植物性スターチのような有機素材を用いてプラスチック製玩具を作る計画を発表しました。マッテル社は3歳以下の子供用玩具に対し、2001年早々までに計画を実行すると発表しています[6]。
アメリカでは国家毒性計画(NTP)による再調査結果を受けて、フタル酸エステルに対する規制が欧州並に強化される可能性があります。そのため事前に対応を行う関連企業が出始めています。すでに塩ビ廃止を宣言している世界的企業としては、LEGO社、IKEA社、Nike社、The Body Shop社、General Motors社、Honda社、Kaiser Permanente社、Baxter Healthcare社、Universal Health Services社、Tenet Healthcare社があります。
日本の対応状況は、欧米各国に比べてますます遅れることになるでしょう。1999年12月25日に社団法人 日本玩具協会(580社加盟)は、3歳以下を対象とした玩具の素材を表示する自主基準を定め、2000年4月から適用することを決定したと発表しました[7]。メーカーへの強制力はないが、大半のメーカーが基準に従うと見られています。協会の自主基準は、塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレンなど25種類の素材を対象に、素材名を表示することが求められています。
日本では、日本玩具協会による素材名表示の自主基準が行われても、法的規制が行われるわけではありません。そのため、軟質塩ビに含まれるフタル酸エステルに対する欧米各国の動きや、フタル酸エステルの環境ホルモンとしてのリスクを知らない人々は、何も知らずに使用し続ける可能性が非常に高いと思われます。
フタル酸エステルのヒトへの影響は、ほとんど明らかになっていません。しかし動物実験などから、徐々にそのリスクに対する心配が大きくなっています。日本も欧米諸国の動きを見習って早急に対処すべきであるとともに、一般の人々は、事前予防を心がけることが必要だと思います。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] 「外因性内分泌攪乱化学物質への環境庁への対応方針について」, 環境庁, May. 1998
−環境ホルモン戦略計画SPEED’98−
http://www.eic.or.jp/eanet/end/endindex.html
[2] 「平成11年度第1回内分泌攪乱化学物質問題検討会資料」, 環境庁大気保全局大気規制課, 環境庁水質保全局水質管理課, Oct 29. 1999
http://www.eic.or.jp/eanet/end/kento1101.html
[3] 大竹千代子, 「生活の中の化学物質」実教出版p95, 1999
[4] 「NTPによるフタル酸エステルの情報募集」, CSN#034
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/April1999/990417.html
[5] E-WIRE PRESS, Dec 17. 1999
http://ens.lycos.com/e-wire/Dec99/17Dec9901.html
“NTP Confirms Health Care Without Harm About
Vinyl Medical Products”
[6] Environment News Service (ENS), Dec 9. 1999
http://ens.lycos.com/ens/dec99/1999L-12-09-02.html
“Tide Turns Against Chemical Softeners in
Plastic Toys”
[7] 朝日新聞(夕刊), Dec 25. 1999