グルタルアルデヒドによる労働衛生問題

−アメリカ国立労働安全衛生研究所−


2001123

CSN #215

化学工場など、有害性の高い化学物質を扱う労働環境においては、そこで働く人たちに対して健康影響が生じないように、一般的には、さまざまな安全対策や安全教育が行われています。しかしながら、安全対策や安全教育が十分でない場合などにおいて、労働現場では、さまざまな健康影響が生じています[1]。この問題は、多種類の薬品を扱う医療現場においても同様であり、薬品を取り扱う時には、定められた安全対策に基づいて作業を行わなければなりません。

医療現場における化学物質による健康影響問題の1つとして、病院の内視鏡機器、手術・歯科医療機器の消毒剤として主に使用されているグルタルアルデヒド(グルタラール)への曝露があります。欧米では、医療現場におけるグルタルアルデヒドへの曝露が問題となっており、この問題は、国内でも生じていることがわかっています[2]

そこで本報では、最近の状況として、20015月にアメリカ厚生省(DHHS)の国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が一般向け小冊子として出版した、「グルタルアルデヒド−病院における労働災害−, GLUTARALDEHYDE - Occupational Hazards in Hospitals-[3]の概要を紹介します。

この小冊子では、1)グルタルアルデヒドへの曝露によって生じる健康影響、2)どのような人たちがどのような時に曝露する可能性があるか、3)どのような安全対策が必要か、4)事例報告等について概説しています。その概要を以下に示します。

 

1)グルタルアルデヒドへの曝露によって生じる健康影響

グルタルアルデヒドは、ホルムアルデヒドやアセトアルデヒドと同じカルボニル化合物であり、強い刺激臭を有しています。グルタルアルデヒド単独では無色粘稠液体なので、医療現場で消毒作業を行いやすくするために、1%50%の水溶液として市販されています。

ホルムアルデヒドと同様に非常に反応性が高い化学物質であり、タンパク質と即座に反応するため、強いタンパク質変性を持っています。また、多くの微生物に対する殺菌活性を有しています。

そのため、粘膜や皮膚に対する腐食性や気道への刺激性を有する化学物質であることから、1999年にアメリカ政府産業衛生専門家会議(ACGIH)は、TLV*の天井値**0.05ppmに定めています[4]。小冊子では、グルタルアルデヒドへの曝露によって生じる健康影響として、次の項目をあげています。

*TLV:毎日繰り返しある物質に暴露したときほとんどの労働者に悪影響がみられないと思われる大気中の濃度
**天井値:作業中のどの時点においても超えてはならない値

 

2)どのような人たちがどのような時に曝露する可能性があるか

基本的に、医療現場でグルタルアルデヒドに曝露する可能性のある人たちは、グルタルアルデヒドを使用する、あるいは保管する場所にいる人たちです。小冊子では、グルタルアルデヒドに曝露する可能性のある人たちと、どのような時に曝露するかについて、次のように示しています。

(a)曝露する可能性のある人たち

 

(b)どのような時

 

3)どのような安全対策が必要か

グルタルアルデヒドは揮発性有機化合物(VOC)であり、室温でもゆっくり揮発します。そのため作業環境において、適切な安全対策を行っていないと、有害濃度に達して健康影響を及ぼす可能性があります。そのため基本的な安全対策は、換気と保護具の着用です。小冊子で示されている安全対策について、次に示します。小冊子では、保護手袋の材質や使用後の洗浄まで示されています。

 

4)事例報告等

医療現場でグルタルアルデヒドに曝露した看護婦の事例として、小冊子では次の事例報告が示されています。

「作業台の上で1リットルの容器にグルタルアルデヒドを保管し、気管支鏡を消毒していた作業場所で、数人の看護婦が働いていた。そしてこれらの看護婦たちが、じんましん、胸苦しさ、涙目を訴えた。作業場には10%の外気が導入されるよう設計された独立した再循環換気システムが設置されていた。看護婦たちは、手袋などの保護具を使用していなかった。そのためグルタルアルデヒドの曝露を低減する手段として、気密性の高い保管容器への取り替え、保護手袋の着用、グルタルアルデヒドを用いて作業する場所への局部排気フードの設置などが行われた。そしてその1ヶ月後、看護婦たちの症状は治まった。」

 

この事例報告から、排出源対策・換気・保護具の着用といった安全対策が、いかに重要であるかがわかります。特に保護具については、皮膚に触れない、揮発分を吸い込まない、揮発分が眼に触れないようにするために、保護手袋だけでなく、保護眼鏡、保護衣、防毒マスクの着用が必要です。

また換気については、局所排気フード等を用いて揮発したグルタルアルデヒドを強制的に排気する必要性があります。それに関連した報告として、内視鏡洗浄室で強制排気装置を設置することにより、洗浄室内のグルタルアルデヒド濃度が大幅に低減された報告が最近日本で発表されています[5][6][7][8]。ただし、グルタルアルデヒドは空気よりも比重が大きいため、床上に排気装置を設置するほうが効果的であるとの報告もなされています[5][6][7][8]

本報で紹介した医療現場におけるグルタルアルデヒド曝露だけでなく、建築塗装現場、写真現像室など、有害性の高い化学物質を使用している労働現場では、さまざまなリスクを抱えています。現場で扱っている化学物質の特性をよく知ることと、それに応じた適切な安全対策を行うことが、労働安全衛生上において非常に重要であることを、しっかりと認識する必要があります。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1]坂井 公,「最近の産業中毒」,中毒研究, Vol. 12, pp261-268, 1999

[2]住まいの科学情報センター,「グルタルアルデヒドによる化学物質過敏症」, March 23, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/glutaraldehyde/intro.htm

[3] National Institute for Occupational Safety and Health (NIOSH), “GLUTARALDEHYDE - Occupational Hazards in Hospitals-”,Publication No. 2001–115, May 2001
http://www.cdc.gov/niosh/2001-115.html

[4] International Chemical Safety Cards (ICSC), “GLUTARALDEHYDE (50% SOLUTION), No. 0352
http://www.nihs.go.jp/ICSC/

[5]高橋多鶴子 他6,「内視鏡洗浄室におけるグルタラールアルデヒド曝露防護対策の検討」,45回日本消化器内視鏡技師研究会, October 28, 2000
http://www.ask.ne.jp/~jgets/index.html

[6]青木 厚子 他1,「グルタールアルデヒドの曝露防止を目的とした内視鏡室の環境改善」,45回日本消化器内視鏡技師研究会, October 28, 2000
http://www.ask.ne.jp/~jgets/index.html

[7]前原 幸子 他4,GA曝露防止システム搭載内視鏡自動洗浄・消毒機と低位置GA換気システムの有用性」,46回日本消化器内視鏡技師研究会, May 21, 2000
http://www.ask.ne.jp/~jgets/index.html

[8]村上 由美 他7,「グルタラール曝露対策の工夫−医療従事者・患者を守るために」,46回日本消化器内視鏡技師研究会, May 21, 2001
http://www.ask.ne.jp/~jgets/index.html


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