一般家庭環境におけるPCBs曝露と子供の発達への影響


20011224

CSN #218

ポリ塩化ビフェニール(PCBs)は、化学的に安定で、耐熱性や電気絶縁性が高いことから、コンデンサーやトランス等の電気機器用絶縁油、熱交換機の熱媒体、感圧複写紙、塗料や印刷用インキの溶剤などに幅広く利用されていました。しかしながら、生体内での残留性が高く、昭和43年に日本で発生した「カネミ油症事件」では、PCBsに汚染されたライスオイルの摂取によって、胎児死亡率の増加、出生児の発育抑制および皮膚の色素沈着、流産発生率の増加などが報告されました。また、アメリカのミシガン湖沿岸地域において、PCBsに汚染された魚を摂取した女性から生まれた子供に対する調査では、新生児の体重や頭囲周長の低下、運動障害、反射減弱などが報告されました。

日本では、行政指導により昭和47年に生産中止となりましたが、さらに昭和48年に制定され、昭和49年に施行された化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)によって、製造・輸入・使用が原則的に禁止されました。そのためPCBsを含んだ製品が大量に残留しましたが、PCBsの処理が進まないため、PCBs廃棄物として事業者等が長期間保管しているのが現状となっており、これまで約30年にわたり保管されているため、一部のPCBs廃棄物が紛失されるなど、環境中への放出が懸念されています。そのため日本では、「ポリ塩化ビフェニール廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法」が2001715日に施行され、事業者は施行日から起算して15年以内にPCBs廃棄物を自ら処分、又は処分を委託しなければならなくなりました。

PCBsは大半の先進諸国で製造・使用が禁止されていますが、その高い生体蓄積性と残留性のため、いまだに地球規模での環境汚染が残っています[1]。特に、PCBsは脂溶性化学物質のため、過去に環境中に放出されたPCBsが、魚や哺乳類の脂質に蓄積され、食物連鎖を通じて私たちが摂取し、健康影響を及ぼすことが懸念されています。

そして最近、PCBsによる健康影響に関連した研究論文が、20011110日付けの英医学誌「ランセット」において、ドイツのデュッセルドルフ大学環境衛生医学研究所のWalkowiak博士らによって発表されました[2]

子供の発達に影響する因子としては、内因性(遺伝的、生化学的など)因子、外因性(心理社会的、物理化学的など)因子、あるいはそれらの相互作用がありますが、この研究では、外因性因子として出産前の胎児期から出産後の幼児期におけるPCBs曝露と家庭の養育環境に焦点をあて、これら2つの因子が幼児期の子供の精神発達や運動発達に与える影響を調査しました。

調査は199310月から19955月の間において、デュッセルドルフの3つの病院から171人の健康な母子を集め、月齢7ヶ月、18ヶ月、30ヶ月、42ヶ月の乳幼児に対し、月齢30ヶ月までは幼児向けベイリー検査(the Bayley Scales of Infant Development: BSID;精神発達、運動発達)、月齢42ヶ月まではK-ABC心理・教育アセスメントバッテリー(the Kaufman Assessment Battery for Children: K-ABC;認知処理能力)を用いて精神発達と運動発達の評価が行われました。また、臍帯(へその緒)血と母乳中のPCBs(138, 153, 1803種の異性体)濃度から、出産前と周産期における胎児と幼児のPCBs曝露状況が概算され、月齢42ヶ月における血漿中のPCBs濃度が測定されました。

さらに、家庭の養育環境に対しては、HOMEスケール(the Home Observation for Measurement of the Environment scale)を用いて評価が行われました。HOMEスケールは、母親に対してインタビューや観察を行うことによって、家庭における子供に対するいたわりや励ましを定量化する方法で、次の情報が提供されます[3]

Walkowiak博士らは、これらの方法を用いて調査を行ない、次の結果を得ました。

1)    月齢42ヶ月の子供における母乳期間別の血漿中PBCs濃度は、母乳期間2週間未満(0.36 ngml)、2週間以上4ヶ月以下(0.68 ngml)、4ヶ月以上(1.77 ngml)となり、母乳期間が長いほど血漿中のPCBs濃度が高くなった。

2)    臍帯血中のPCBs濃度が高くなるほど母乳中のPCBs濃度は高くなり、有意な相関があった(r=0.57; P<0.0001)

3)    全ての年齢において、母乳中のPCBs濃度が上昇すると精神発達と運動発達が低下した(幼児向けベイリー検査(BSID)のスコアー値、K-ABCのスコアー値が低下)。またその傾向は月齢30ヶ月でより大きくなり、統計的に有意な関係が得られた(P<0.05)。ただし臍帯血中のPCBs濃度とBSIDのスコアー値との間には、統計的に有意な関係はなかった。

4)    家庭の養育環境に関するHOMEスケールが上昇すると、精神発達と運動発達が向上した。またその傾向は月齢30ヶ月でより大きくなった。

 

これらの結果からWalkowiak博士らは、現在の欧州のバックグランドレベルでPCBsに曝露した場合、42ヶ月まで精神及び運動発達を抑制すること、そして家庭での養育環境が子供に対して好意的であるほど、PCBs曝露による発達への悪影響を抑制する可能性があると述べています。

PCBsによる環境汚染レベルは、法規制により年々低下しています。また、母乳保育は免疫や栄養面での利点や母子の絆の面からも、止めるべきではないとの意見が大半をしめています。Walkowiak博士らの報告のように、胎児期から幼児期といった、最も敏感な時期での影響が解明されつつある中で、これから産まれてくる子供たちが有害化学物質に曝露しないようにするためにも、より多くの人たちがこの問題を理解し、汚染の拡大防止に取り組む必要があると思われます。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1]World Wildlife Fund (WWF), Toxic Hot Spots, December 4, 2000
http://www.worldwildlife.org/toxics/whatsnew/pr_20.htm

[2]Jens Walkowiak et al., "Environmental exposure to polychlorinated biphenyls and quality of the home environment: effects on psychodevelopment in early childhood", Lancet, Vol. 358, No. 10, pp1602-1607, 2001

[3] Minnesota Department of Health, HOME INVENTORY TRAINING
http://156.98.150.12/divs/fh/mch/homeinv.html


「住まいの科学情報センター」のメインサイトへ