WHOによる空気質のガイドライン−2000

2000年2月7日

CSN #121

きれいな空気は、人間の健康にとって最も基本的な要素です。標準的な空気の成分は、図1の構成となっています。しかし工業化の発展とともに、住宅建材に様々な化学物質が使用されるようになりました。また、省エネの観点から気密性が向上したため、室内で燃焼をともなう調理を行ったり、石油ストーブなどの開放燃焼式の暖房器具を使用した場合、十分に気を付けて換気を行わないと、室内空気の汚染レベルが大きく向上するようになりました。そのため最近の室内空気には、図2に示す有害化学物質が微量に含まれています。また最近日本では、これらの有害化学物質が原因と考えられる化学物質過敏症などの健康障害が、社会的に大きな問題となっています。

3、図4に示すように、世界中で1日あたり、8千人(年間約300万人)の人々が大気や室内の空気汚染によって死亡していると言われています。またWHO(世界保健機関)は、年間約300万人の死亡者のうち、280万人が室内空気汚染であると試算しています[1]

さらに1日の死亡者数の増加割合に関する最近の試算によると、全世界的にみて若くして死亡する人々の4- 8%は、大気中や室内環境中の粒子状物質(PM)への曝露に起因することが示されています[2]。さらに、あらゆる呼吸器系疾患の20-30%は、大気や室内空気汚染によって生じていると考えられています(特に室内空気汚染[2]

このような状況においてWHOヨーロッパは、欧米での研究結果をもとに、1987年に初めて27の化学物質に対して、「ヨーロッパでの空気質(Air Quality)に関するガイドライン:Air Quality Guidelines for Europe」を発表しました。そしてその後、最新のデータをもとに評価を繰り返し、1997122- 5日のWHO本部での専門家会合をもとに、19991210日、全世界に適用可能な「空気質に関するガイドライン:Guidelines For Air Qualityを発表しました[2]。表1には健康影響の観点から定められたガイドライン一覧を、表2には発癌性の観点から定められたガイドライン一覧表を示します。また表3に、先進工業国における主要な空気汚染物質の汚染源を示します[2]   

表1 WHOによる空気質に関するガイドライン(WHO's Guidelines For Air Quality)[2]をもとに作成)

分類

化学物質

世界レベルでの大気中の年間濃度
(
μg/m3)

ガイドライン値
(μg/m3)

平均曝露時間

古典的な大気汚染物質

一酸化炭素(CO)

500-7,000

100,000

15

60,000

30

30,000

1 時間

10,000

8 時間

オゾン

10-100

120

8 時間

窒素酸化物(NOx)

10-150

200

1 時間

40

1 年間

二酸化硫黄(SO2)

5-400

500

10

125

24 時間

50

1 年間

浮遊粒子状物質(SPM)

− 

現在ガイドライン設定できず。健康影響が大きいPM2.5など、さらなる研究が必要

0.01-2

0.5

1年間

有機汚染物質

ホルムアルデヒド

0.001-0.02

100

30

エチルベンゼン

1-100

22,000

1年間

スチレン

1-20

260

1週間

7

30

トルエン

5-150

260

1週間

1,000

30

キシレン

1-100

4,800

24時間

870

1年間

アクロレイン

0.5-12.5

50

30

アクリル酸

54

1年間

テトラクロロエチレン

1-5

250

24時間

8,000

30

ジクロロメタン

5以下

3,000

24時間

二硫化炭素

10-1,500

100

24時間

20

30

フッ化物

0.5-3

1

1年間

硫化水素

0.15

150

24時間

7

30

重金属

カドミウム(Cd)

0.0001-0.02

0.005

1年間

マンガン(Mn)

0.01-0.07

0.15

1年間

無機水銀

0.002-0.01

1

1年間

バナジウム(V)

0.05-0.2

1

24時間

その他

ディーゼル排気ガス

1.0-10.0

5.6

1年間

1から明らかなように、世界的にみてガイドライン値以上の年間大気濃度を示す化学物質(水色の部分)は、窒素酸化物、二酸化硫黄、鉛、二硫化炭素、フッ化物、カドミウム、ディーゼル排出ガスです。特に、二酸化硫黄と二硫化炭素は、24時間のガイドライン値よりも高い地域があることがわかります。   

2 発がん性をベースとしたWHOの空気質ガイドライン[2]をもとに作成)

UR:一生涯曝露した場合の発がんリスクを示す。
例)ベンゼン:1 μg/m3の濃度に一生涯曝露すると、百万人のうち4.4- 7.5人発がんする
  ヒ素:1 ng/m3の濃度に一生涯曝露すると、百万人のうち1.5人発がんする。

分類

化学物質

世界レベルでの大気中の年間濃度
(
μg/m3)

UR
(μg/m3)-1

IARC
発癌性分類

有機汚染物質

アセトアルデヒド

5

(1.5-9) x 10-7

2B

アクリロニトリル

0.01-10

2 x 10-3

1

ベンゼン

5-20

(4.4-7.5) x 10-6

1

ベンゾ-a-ピレン

8.7x10-2

1

ビス(クロロメチル)エーテル

8.3x10-3

1

クロロホルム

0.3-10

4.2x10-7

2B

1,2-ジクロロエタン

0.07-4

(0.5-2.8) x 10-6

2B

多環芳香族炭化水素PAHs (BaP: ベンゾ-a-ピレン)

0.001-0.01

8.7x10-2

1

1,1,2,2-テトラクロロエタン

0.1-0.7

(0.6-3.0)x 10-6

3

トリクロロエチレン

1-10

4.3 x 10-7

2A

塩化ビニル

0.1-10

1 x 10-6

1

重金属

ヒ素(As)

0.001-0.03

1.5 x 10-3

1

クロム(Cr)

0.005-0.2

(1.1-13) x 10-2

1

ニッケル(Ni)

1-180

3.8x 10-4

1

その他

ディーゼル排気ガス

1-10

(1.6-7.1) x 10-5

2A

間接喫煙(ETS

1-10

10-3

*間接喫煙(ETS:喫煙者が吐き出した「呼出煙」や、たばこの先の燃焼部から発生する「副流煙」を吸い込む。)

IARC(WHOの国際がん研究機関)の発癌性分類
1: ヒトに対して発癌性を示す
2A: ヒトに対しておそらく発癌性を示す
2B: ヒトに対して発癌性を示す可能性がある
3: ヒトに対する発癌性について分類できない

2において、世界レベルでの大気中の年間濃度で考えた場合、10,000人のうち1人以上発がんする化学物質は(緑色の部分)、アクリロニトリル、多環芳香族炭化水素、クロム、ニッケル、間接喫煙(ETS)となります。

3 先進工業国における主要な空気汚染物質と汚染源[2]をもとに作成)

場所

主要な空気汚染物質

汚染源

大気

二酸化硫黄(SO2)浮遊粒子状物質(SPM)

燃料燃焼、製錬所

オゾン

光化学反応

花粉

森林、草木、雑草、植物

(Pb)、マンガン(Mn)

自動車

(Pb)、カドミウム(Cd)

産業排出物

VOC, PAH

石油系溶剤、燃料の揮発

大気及び室内

窒素酸化物(NOx)一酸化炭素(CO)

燃料燃焼

二酸化炭素(CO2)

燃料燃焼、新陳代謝活動

浮遊粒子状物質(SPM)

間接喫煙(ETS)、再浮遊物、揮発物や燃焼物が凝縮

水蒸気

生物活動、燃焼、蒸発

揮発性有機化合物(VOC)

揮発、燃料燃焼、塗料、新陳代謝活動、農薬、殺虫剤、殺菌剤

胞子

細菌、カビ

室内

 

ラドン

土壌、建築材料、水

ホルムアルデヒド

断熱材、家具、間接喫煙(ETS)

アスベスト

難燃材、不燃材、断熱材

アンモニア(NH3)

クリーニング用品、新陳代謝活動

多環芳香族炭化水素(PAH)、ヒ素、ニコチン、アクロレイン

間接喫煙(ETS

揮発性有機化合物(VOC)

接着剤、溶剤、調理、化粧品

水銀

殺菌剤、塗料、水銀含有製品の破損

煙霧質

家庭用品、ハウスダスト

アレルゲン

ハウスダスト、動物のふけ、有機体への感染

日本では近年、室内空気汚染による化学物質過敏症などの健康障害が社会問題となっています。その原因物質の1つとして、ホルムアルデヒドやトルエンをはじめとする揮発性有機化合物が取り上げられており、住宅メーカー、建築設計事務所、工務店などの住宅設計者、住宅に用いられる建築材料を提供する建材メーカーなどが、その対策に取り組んでいます。

19991214日、厚生省は居住環境中の揮発性有機化合物に関する全国実態調査結果を発表しました[3]。この報告では平成9年度及び平成10年度に、すでに室内濃度指針値が示されているホルムアルデヒド以外の揮発性有機化合物について、全国の一般家屋の居住環境中における実態調査を行っています(平成9年度:180戸、平成10年度:205戸)。それによると、WHO空気質ガイドラインでは、トルエン、キシレン、クロロホルムが、厚生省が示す耐容平均気中濃度ではパラジクロロベンゼンが、それぞれのガイドライン値を越える住居がありました(表3参照)。

3 室内空気汚染レベルとWHOの空気質ガイドラインとの比較[3]をもとに作成)

化学物質

WHOの空気質ガイドライン値(μg/m3)

1997

1998

最大値

超過率

最大値

超過率

トルエン

260

2375.0

6%

3389.8

6%

キシレン

870

1097.0

0.3%

569

0%

クロロホルム

1.3

154.8

28%

12.8

17%

パラジクロロベンゼン

590 

6058.7

4.7%

2246.9

5.0%

*厚生省が19978月に示した耐容平均気中濃度(人が一生涯吸引し続けても毒作用が発現しないであろう濃度:0.1ppm0.59mg/m3 ))

パラジクロロベンゼンは、防虫剤やトイレ用消臭剤などに使用されています。クロロホルムは、殺虫剤の希釈溶剤などに使用されています。トルエン、キシレンは、塗料や接着剤の希釈溶剤として使用されています。つまり、これらの化学物質の発生源は、居住者の生活用品や、住宅建材に使用される化学製品に起因しているということです。

私たちが生活の半分以上を過ごす住宅室内の空気や、多様な生態系で構成される地球の大気において、汚染のない快適な空気を得るために、私たちは何をすべきか考える必要があります。WHOの空気質ガイドラインにあるように、空気を汚染する汚染物質は、多種多様に存在します。健康や環境に影響しない空気質を得るために、国や産業界とともに、私たちも生活観や社会観を変えていく必要があるのではないかと思います。

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] CNN Environmental News Network, Air pollution kills but deaths can be prevented, August 30, 1999
http://cnn.com/NATURE/9908/30/air.pollution.enn/

[2] World Health Organization (WHO), Geneva , Air quality guidelines, December 10. 1999
http://www.who.int/peh/air/Airqualitygd.htm

[3] 厚生省生活衛生局企画課 生活化学安全対策室、居住環境中の揮発性有機化合物の全国実態調査について, December 14. 1999
http://www.mhw.go.jp/houdou/1112/h1214-1_13.html


「住まいの科学情報センター」のメインサイトへ