アメリカにおけるIAQ(室内空気質)問題
2000年2月14日
CSN #122
IAQ (Indoor Air Quality)は、室内空気質を表します。つまり、住宅やビルなど建物の中にある空気の質です。私たちが生活する室内環境下では、室内における空気の質が、私たちの健康や快適さにとって重要な因子となります。
国連の専門家委員会は、1996年に「建材と健康」を作成し、室内空気質(Indoor Air Quality: IAQ)に影響し、健康に影響を及ぼす可能性のある環境因子として、表1のリストを示しています。
表1 室内空気質に与える環境因子と汚染要因([1]をもとに作成)
環境因子 |
汚染要因 |
化学的因子 |
二酸化炭素、一酸化炭素、窒素酸化物、二硫化硫黄、オゾン、塩素、鉱物繊維、鉛粉塵、粒子状物質(ばい煙、たばこの煙)、揮発性有機化合物(ホルムアルデヒド、有機溶剤、殺虫剤など) |
生物的因子 |
細菌(カビ、ウィルス、菌類、バクテリア)、原生動物(寄生虫)、植物花粉、ダニ、虫、ラットやマウス、ペット(皮膚片、毛) |
物理的因子 |
高熱、ストレス、湿度(粘膜乾燥)、光、音(騒音)、電磁波、電離放射線(ラドン) |
日本では近年、床材や壁材などの住宅建材から発生する、ホルムアルデヒドやトルエンなどの揮発性有機化合物(VOCs)によって室内空気が汚染され、目や喉への刺激・頭痛・めまい・吐き気・喘息様症状を引き起こす、シックハウス症候群と呼ばれる症状が社会問題となっています。現在の日本では、主に室内の揮発性有機化合物(VOCs)の濃度を低減するために、住宅メーカーなどの建築設計者や、壁材・床材・接着剤・塗料などを供給する建材メーカーが対策に取り組んでいます。つまり現時点の日本では、主に化学的因子に対する対策が行われています。
一方アメリカでは、日本のシックハウス症候群のモデルとなった、シックビルディング症候群(SBS)が1980年代に社会問題となり、様々な取り組みが行われてきました。現在のアメリカにおいて、IAQ問題はどのようにとらえられているのでしょう。アメリカのIAQメーリングリストでは、IAQに関わるコンサルタント、NGO、企業、科学者、弁護士、一般市民、アメリカ環境保護庁(EPA)、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)の人たちが参加して討論しています[2]。
このIAQメーリングリストにおいて、アメリカ在住の日本人が、2000年1月29日にIAQ問題に関する質問を行いました。現在のアメリカにおけるIAQ問題は、どのような汚染要因に関心があるかについて、そこで集まったメーリングリスト参加者たちの応答を、表2にまとめました。アメリカにおけるIAQ問題の全てが理解できるわけではありませんが、その一端がわかると思います。
表2 IAQメーリングリストでのIAQ問題に関する質疑応答([2]をもとに作成)
質疑応答 |
概要 |
質問 |
アメリカ在住日本人(Environmental Defense, Scorecard) |
ベンゼン、トルエン、スチレン、クロロホルムなどの揮発性有機化合物(VOC)が室内空気汚染の大きな要因あると考えますか?もしそうでないとしたら、ラドン、カビ・ダニ、粒子状物質などの汚染物質のどれが最も大きな要因であると考えますか? |
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返答1 |
D氏 |
これまで私がIAQ問題について調査した結果、HVACシステムの動作に関する問題(正常に作動していない)が大半を占めていた。 *HVACとは室内環境の制御に関わる概念の総称です。Heating(暖房)、Ventilating(換気)、Air Conditioning(空調)の略称で、ヒーバックと呼んでいます。 私たちの皮膚の上に生息する細菌の産物によって、頭痛や不快感などのシックビルディング症候群を引き起こす可能性がある。これは、換気装置が十分に機能していないために生じると私は固く信じている。また、HVACシステムの性能に大きく依存する。 私はIAQの汚染源に関して、主に微生物の発生源を学んできた。湿度を低くコントロールしている建物では、隙間からの水の進入が関連する。 |
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返納2 |
B氏(Nauset Environmental Services & RSA) |
1980年代にEPAチームが行った広範囲な研究によると、室内と室外のレベルを測定し、濃度と影響の関係を論じた。たくさんの研究がそのチームによって行われた。あなたはEPAのサイトから情報を得るべきである。http://www.epa.gov/iaq/ |
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返答3 |
J氏(System Science Associates Ltd.) |
1,ダニとネコの抗原、細菌、ウィルスが付着した微粒子などとともに、最も重要な室内空気汚染はカビである。活性化した細菌が本当は一番かもしれないが、研究報告が少ない。 2,揮発性有機化合物(VOCs)は、ある建物において、一部の人々に対して問題となる場合がある。そのような人々は、一般の人々にとってはほとんど影響しないとても低濃度のVOCsで発症する。ある一部の建物は、VOCsがとても高濃度なので、全ての人々に影響を与える。一度VOCsに大量に曝露(たぶん同時にウィルスや毒性を持つカビなどにも曝露する)して過敏症となった人たちは、かなり低濃度の環境にしないと発症する。この問題を放置しておくと、私たちはさらに多くの患者を生み出し(食物や水に含まれる有害物による曝露も同様である。)、全ての建物を低濃度曝露にしなければならないかもしれない。 3,ラドンは、一部の建物では深刻な問題だが、全ての建物にあてはまるわけではない。信頼できる機器を使い、1週間単位でモニタリングすることによって、建物におけるリスク度合いを確認することができる。 私があなたに述べたいポイントは2つある。 a) 長い時間の間に曝露量は大きく変化する。 b) ヒトによって感受性に非常に大きな違いがある。新生児、保育園児、妊婦、老人、体の弱い人は、特にリスクが大きい。 質問が複雑なので、正しい答は1つではない。私は最も感受性が高い人たちを優先的に守るべきだと思う。そしてさらに、全ての人たちを守るだろう(子供を守らない社会にどんな未来があるのか)。 |
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返答4 |
A氏 |
D氏の意見に賛成だ。建物において湿度は重要な問題の1つである。私たちは建物の中で、いくつか湿気の進入ポイントがあることを見つけた。 |
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返答5 |
G氏(Director, Indoor Air Division, T. Marshall Associates) |
室内空気汚染における汚染要因を、重要性からランク付けするには、たくさんの方法がある。電子メールでは上手く伝えられないが、健康影響への懸念を重要視するのであれば、一酸化炭素がトップランクにならなければならない。一酸化炭素濃度が高い室内では、死に至ることがある。 |
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返答6 |
J氏(System Science Associated Ltd) |
私は一酸化炭素をトップランクに位置づけるG氏の意見に賛成である。CMHCは1982年に一酸化炭素中毒の研究を開始した。そした私たちはそこに大きな問題(システムとしての家の問題)を見つけた。しかし残念ながら、産業界や関連団体から非難を受けた。しかし私は確信している。 今後、室内における一酸化炭素の排出が、IAQ問題として重要視されるだろう。私の妻は、多種類化学物質過敏症(MCS)の犠牲者である。私と出会う前に、職場と自宅で、かなり高濃度の一酸化炭素に曝露した。そのため私は個人的に、一酸化炭素とMCSを結び付ける傾向がある。 |
IAQメーリングリストでは、カビ、一酸化炭素を最優先リストにあげる人がいました。揮発性有機化合物(VOCs)については、その危険性を示し、放置すべき問題ではないと述べる人がいました。一部の人たちの意見なので、アメリカ全体におけるIAQ問題を示しているわけではありません。しかしIAQ問題の汚染源は、揮発性有機化合物(VOCs)だけではないという認識があります。
B氏は、アメリカ環境保護庁(EPA)のサイトを紹介していました。アメリカ環境保護庁(EPA)とアメリカ農務省(DA)の農業研究助成局−連合州研究事業団(CSRS)の共同プロジェクト「アメリカンホームのための健康的な室内空気プロジェクト:Healthy Indoor Air for America's Homes project」は、住宅の室内空気質に関する一般大衆への教育プログラムを開発しました。そして、住宅室内の空気を健康的にするためのマニュアル「Healthy Indoor Air for America's Homes Training and Reference Manual, 1999改訂版」を発表しています。このマニュアルにはビデオも付いており、住宅室内の空気汚染や喘息に関する教育モジュールが含まれています[3]。
また、この共同プロジェクトは、室内空気汚染源のトップ10について、表3に示す汚染要因をあげています。
表3 室内空気汚染に関する汚染要因トップ10([3]をもとに作成)
汚染要因 |
概要 |
湿気と生物(カビ、白カビ、ダニ) |
高湿度状態、低湿度状態、メンテナンスが不備な加湿器やエアコン、換気不足、動物の鱗屑(りんせつ:動物の羽毛、皮膚、毛などからの微落片)など |
燃焼物(一酸化炭素など) |
開放型の化石燃料系室内暖房具(石炭ストーブ、石油ストーブなど)、ガスストーブ、ガスオーブン。コンロや湯沸かし器からのガス漏れ |
ホルムアルデヒド |
形状記憶シャツなどに使われる生地。キャビネットや組立家具などのパーティクルボード製品。接着剤。 |
ラドン |
土壌、石、建物の基礎のまわり、地下水、ある種の建材から放散される放射性ガス |
家庭用品、家具 |
塗料、溶剤、空気清浄スプレー、ドライクリーニング後の衣類、エアゾール噴霧器、接着剤、日曜大工用品、カーペットや家具に使われる各種添加剤から放散する揮発性有機化合物(VOCs) |
アスベスト |
築20年以上の家の大半は、アスベストを用いている可能性がある。劣化や破損した配管の断熱材、耐火被覆材、防音材、床タイル |
鉛 |
鉛含有塗料(油絵用絵の具など)を研磨したり、こすり落としたり、燃やすことで発生する粉末や微片 |
微粒子 |
暖炉、薪ストーブ、石油ストーブ、石油ファンヒーター、開放型ガスファンヒーター、たばこの煙、ハウスダスト、花粉 |
改築時の副産物 |
アスベスト、鉛、ホルムアルデヒドなどの有害物質を放出するような改築によって生じる障害 |
間接喫煙(ETS) |
喫煙者から吐き出された「呼出煙」、たばこの先の燃焼部から立ち昇る「副流煙」(副流煙はアルカリ性で、目や鼻の粘膜を刺激する) |
また、住宅室内における空気質問題の可能性を示すサインについて、表4のように示しています。
表4 住宅室内における空気質問題の可能性を示すサイン([3]をもとに作成)
No |
サイン |
1 |
独特で激しい臭い、かび臭くこもったような空気 |
2 |
空気の対流がほとんどない室内 |
3 |
汚れて壊れたセントラルヒーティングやエアコン部品の使用 |
4 |
傷や穴があるパイプや煙突 |
5 |
開放型の化石燃料(石油、石炭、天然ガス)器具の不完全燃焼 |
6 |
高湿度状態 |
7 |
高気密に新築・改築された住宅 |
8 |
カビや白カビの存在 |
9 |
家庭用品の使用後、新しい家への引っ越し後、新しい家具を使って改築した後の、体の反応 |
10 |
家の中よりも外にいる方が、とても健康的に感じる |
日本ではIAQ問題として、揮発性有機化合物(VOCs)への対策が最優先とされており、住宅メーカーなども対策に取り組んでいます。しかし室内空気汚染としてのIAQ問題は、その他にもたくさんの汚染要因があります。
表4に示すようなサインが示された場合は、1つの汚染要因だけでなく、表1や表3に示す複数の汚染要因を考慮し、対策を考えていく必要があります。そして、IAQ問題を有しない、健康で快適な室内空気環境を構築していくよう努力していかねばなりません。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] 東 敏昭, 建材試験情報, Vol. 33,
No. 3, 911-15, 1997, “室内環境汚染物質について”
(表の引用:Crowether, D.;
Buildings and Health, Ph. D. Thesis, University
of Cambridge, UK, 1994)
[2] IAQ Mailing List
http://www.onelist.com/subscribe.cgi/iaq
[3] Healthy Indoor Air for America's
Homes
http://www.montana.edu/wwwcxair/