米国の研究者らによるMCSの同意事項


2000年2月28日

CSN #124 

近年、微量な化学物質によってアレルギー様の反応が生じ、様々な健康影響がもたらされる病態はMultiple chimical sensitivity(MCS: 多種化学物質過敏症)と呼ばれています。この多種化学物質過敏症(MCS)は、近代工業化社会が産み出した環境病と言われています。また一方では、心因性のものであり、疾病とは認められないとも言われています。 

日本の厚生省は、19953月から、快適で健康的な住宅に関する検討会議を行い、国民が安全で快適な生活を送るために必要な居住衛生について、1997年6月に報告書を発表しました。この報告書では化学物質過敏症について、次のようにまとめています[1] 

「化学物質過敏症と室内空気中の化学物質の関係については、現時点における定量的な評価は困難であるが、その存在を否定することはできないので、当面は、化学物質を可能な限り低減化するための措置を検討しつつ、今後の研究の進展を待つことが適当と考えられる。」 

また19978月に、厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班による「化学物質過敏症パンフレット」が作成され、表1に示す化学物質過敏症の診断基準が定められました[2] 

表1 厚生省による化学物質過敏症の診断基準[2]をもとに作成)

分類

症状

診断基準

主症状

1.      持続あるいは反復する頭痛

2.      筋肉痛あるいは筋肉の不快感

3.      持続する倦怠感・疲労感

4.      関節痛

1)      主症状2項目+副症状4項目

2)      主症状1項目+副症状6項目+検査所見2項目

副症状

1.      偏頭痛

2.      微熱

3.      下痢・腹痛・便秘

4.      羞明・一過性の暗点

5.      集中力・思考力の低下・健忘

6.      興奮・精神不安定・不眠

7.      皮膚のかゆみ・感覚異常

8.      月経過多などの異常

検査
所見

1.      副交感神経刺激型の瞳孔異常

2.      視覚空間周波数特性の明らかな閾値低下

3.      眼球運動の典型的な異常

4.      SPECTによる大脳皮膚の明らかな機能低下

5.      誘発試験の陽性反応

 

一方、世界保健機関(WHO)、国連環境計画(UNEP)、国際労働機関(ILO)の共同事業である国際化学物質安全性計画(IPCS)が、19962月にベルリンでの会合で発表した報告によると、根拠ある発現機昨の説明がなされていないことから、次に示す「生活環境に対する突発性非寛容症(IEI)」という用語で表現するのが適切であろうという統一見解が発表されました[3]。しかしながら、その定義において化学物質の関与が明確に含まれず、多くの専門家から反論する報告がなされました。

IEIの定義>

1)      多種の反復症状を有する

2)      大多数の人々では耐え得る様々な環境要因が関連

3)      既知の医学、精神性障害では説明不可能 

米国で多種化学物質過敏症(MCS)に関わる症状を持つ人々は、30歳代から50歳代の職業を持った女性がほぼ80%を占めており、慢性疲労症候群や月経前緊張症候群などとともに、確固たる科学的データがないという事実から、「臨床的な事実として存在しているとは確信できない。」とアメリカ医師会では考えられてきました[4] 

しかし、19911月から2月にかけて、アメリカをはじめとする多国籍軍がイラクを攻撃した湾岸戦争時に、戦地に配備された兵士たちに発生した湾岸戦争症候群によって、その見方が変化しました。1994年に行われた、アメリカ肺連合会(ALA)、アメリカ医師会(AMA)、アメリカ環境保護庁(EPA)、アメリカ消費者製品安全委員会(CPSC)による合同声明では、「多種化学物質過敏症(MCS)の原因を心因性として判断すべきではない。詳細は精密検査が必須である。(1994ALA)」と発表されました[5] 

そして19996月、アメリカの研究者らによる「多種化学物質過敏症(MCS)に関する同意事項:1999が発表されました[5] 

この同意事項では、1999年アトランタ会議において、湾岸戦争中に化学物質へ曝露した兵士たちの健康影響に関する、アメリカ国立衛生研究所(NIH)による次の公式見解を支持する表明を行っています。

「湾岸戦争の兵士の中に、多種化学物質曝露(MCS)が引き起こす病態を十分に示す兵士が存在すること、この病態が、一般市民の中でも関連した健康状態や症状がみられる、多種化学物質過敏症(MCS)として知られている病態と関連していること。」 

湾岸戦争の兵士に化学物質曝露による特異的な症状の傾向がみられることは、これまで連邦政府や州の機関による調査で明らかにされていました。この同意事項では、表2に示す調査報告が示されています[5] 

表2 アメリカ政府や州の機関による化学物質過敏症の調査報告[5]をもとに作成)

調査機関

概要

カリフォルニア州保健省
(1995年、1996)

無作為に抽出した州の全成人への電話調査。
MCSや環境病(Environmental Illness) 6%
・日常的な化学物質に対して著しく過敏→16%

ニューメキシコ州保健省
(1997)

無作為に抽出した州の全成人への電話調査。
MCSや環境病(Environmental Illness) 2%
・日常的な化学物質に対して著しく過敏→16%

アメリカ復員軍人援護局(VA)
(1998)

湾岸戦争の兵士に関して行った、最も大きな無作為調査のデータ
・湾岸戦争配備兵士(11,216)化学物質過敏症15%
・非配備兵士(9,761)→化学物質過敏症5%

アメリカ復員軍人援護局(VA)

VA病院の外来患者
・湾岸戦争配備兵士→化学物質過敏症86%
・非配備兵士→化学物質過敏症30%

アメリカ復員軍人援護局(VA)

VA登録兵士から無作為に選んだ調査(1,004)
MCSの一般の評価基準を満たす兵士→36%

アメリカ国防総省(DOD)

アメリカ疾病管理予防センター(CDC)が兵士への自己申告に基づいて行った2つ研究。
湾岸戦争配備兵士の方が非配備兵士よりも2.52.1倍多い。

アイオワ州の研究

詳細な問診票を使用した研究によるMCS有症率。
湾岸戦争配備兵士→5.4%
・非配備兵士→2.6%

ペンシルバニア州

YesNoによる質問形式を用いたMCS有症率
湾岸戦争配備兵士→5%
・非配備兵士→2

カナダ政府

MCS有症率に関する調査報告
湾岸戦争配備兵士→2.4%
・非配備兵士→0.6

英国

MCSがほとんど知られていない英国でさえ、湾岸戦争配備兵士は、湾岸戦争非配備兵士と比較してMCS有症率が2.5倍

これまで多種化学物質過敏症(MCS)の臨床定義及び規約について、1989年に多数の臨床経験と視点を持つ臨床医師及び研究者89名によって5つの合意基準が提唱されました。そして1999年の同意事項では、さらに「症状が多種類の器官にわたること」という6つめの合意基準が追加されました。これは、最初に提唱された5つの合意基準では、喘息や偏頭痛などの単一器官の疾患と区別されないためです。6つめの合意基準を含めた全基準は次の通りです。 

MCSのための合意基準

No.

合意基準

1.

化学物質への曝露を繰り返した場合、症状が再現性をもって現れること。

2.

健康障害が慢性的であること。

3.

過去に経験した曝露や、一般的には耐えられる曝露よりも低い濃度の曝露に対して反応を示すこと。

4.

原因物質を除去することによって、症状が改善または治癒すること。

5.

関連性のない多種類の化学物質に対して反応が生じること。

6.

症状が多種類の器官にわたること。

*上記MCS診断のための合意基準は、Nethercottらの研究(アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH)、アメリカ国立環境衛生科学研究所(NIEHS)からの補助金の一部からの研究費)から抽出された。 

この合意基準をもとに、「喘息、アレルギー、偏頭痛、慢性疲労症候群(CFC)、線維筋痛症候群(FM)などの他の病態も考慮したうえで、上記6つの合意基準が満たされるときは、多種化学物質過敏症(MCS)と診断する」ことを推奨しています。 

そして多種化学物質過敏症(MCS)の臨床診断において、表3に示す定量的及び定性的指針を用いて行われるよう推奨しています。 

表3 多種化学物質過敏症(MCS)の臨床診断における指針[5]をもとに作成)

No.

指針

1

生涯にわたる影響や障害(最小限のこと、部分的なこと、全体にわたること)

2

症状の深刻さ(軽度、中度、重度)

3

症状の頻度(毎日、週ごと、月ごと)

4

知覚系の関与(特定の化学物質に対し、通常であれば耐えられる刺激や感覚を慢性的に変化させる、震え、痛み、発熱の知覚症状と、嗅覚、三叉神経、味覚、聴覚、視覚、触覚などの知覚系の特定)

このように、多種化学物質過敏症(MCS)の定義と臨床診断における指針が公表されました。また今後さらに研究することによって、慢性疲労症候群(CFC)、線維筋痛症候群(FM)などの症状との関係を、さらに明確にする必要性があると述べています。そのため、これらの症例が臨床患者の要求のもとに、報告されることを推奨しています。 

日本では厚生省の研究によって、化学物質過敏症の診断基準が定められました。アメリカにおいても、多種化学物質過敏症(MCS)の合意基準と診断指針が一部の研究者らにより発表されました。しかし世界的にみて、化学物質過敏症の治療方法については、様々な効果的な治療法が開発されていますが、発症のメカニズムがほとんどわかっていないため、明確な治療法がまだありません。化学物質過敏症を患われた人たちは、生活する場所に困り、可能な限り化学物質と接触しない隔離された環境で、とても苦しい生活を送られています。今後さらに研究することによって、化学物質過敏症の真の原因と明確な治療法が開発されるよう願います。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 健康住宅関連基準策定専門部会化学物質小委員会報告書, 厚生省 生活衛生局 企画課 生活化学安全対策室, June 13, 1997
http://www.mhw.go.jp/search/docj/houdou/0906/h0613-2.html#B4

[2] 厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班「化学物質過敏症パンフレット」, August 5, 1997 

[3] IPCS report of Multiple Chimical Sensitivity (MCS) Workshop, February. 1996 

[4] Peter Radetsky, Allergic To The Twentieth Century, 1997
久保儀明 訳、環境アレルギー、青土社、1998

[5] Multiple chimical sensitivity:a 1999 consensus, Archives of Environmental Health (AEH), Vol.54(3), pp147-149,1999 May-Jun.
United State Government,California,New Mexico[Epidemiology]
http://www.heldref.org/html/body_aeh.html


「住まいの科学情報センター」のメインサイトへ