残留性有機汚染物質(POPs)による地球汚染
2001年1月22日
CSN #170
第二次世界大戦後の産業の発達にともない、非常にたくさんの化学物質が生まれました。そして私たちの生活に利便性をもたらした反面、さまざまな環境汚染を引き起こしました。そしてそれらの問題のいくつかを積み残したまま、21世紀を迎えることになりました。
世界自然保護基金(WWF)は2000年12月、残留性有機汚染物質(POPs)と呼ばれる特に問題の大きい化学物質における汚染地域マップを発表しました[1]。POPsとは、1)人の健康や環境に対する有害性、2)環境中への蓄積性、3)食物連鎖による生物濃縮性、4)大気や水により長距離移動する、といった4つの性質をもつ有機化学物質を示します。そして、国連環境計画(UNEP)によって、表1に示す化学物質が対象とされています。 表2にWWFの報告書の概要を示します。
表1 国連環境計画が対象としているPOPs
農薬 |
DDT、アルドリン、エンドリン、クロルデン、ヘプタクロル、ディルドリン、ヘキサクロロベンゼン(HCB) |
化審法により製造・販売・使用が禁止 |
トキサフェン、マイレックス |
日本では登録されたことがない |
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工業化学物質 |
ポリ塩化ビフェニル類(PCBs) |
化審法により製造・販売・使用が禁止 |
非意図的生成物 |
ダイオキシン類(PCDDs)、フラン類(PCDFs) |
焼却過程などで生成されることがある |
表2 WWFの汚染マップの概要([1]をもとに作成)
地域 |
汚染物質 |
汚染内容 |
北米五大湖 |
PCBs |
研究者らが、母親の胎盤を通じて胎児がPCBs等のPOPsに曝露し、学習障害や行動問題に結び付いたと報告してきた。 |
アメリカ・コロンビア州、カナダ・ブリティッシュコロンビア州 |
PCBs |
ワシントンやブリティッシュ・コロンビア周辺の海域を泳ぐ鯨からは、200ppmを越えるPCBsが検出されており、世界中で最も汚染レベルが高い海洋哺乳類だと考えられている。 |
アメリカ・フロリダ州 |
DDT、ディルドリン、クロルデン |
フロリダのアポプカ湖に棲息する雄ワニは、短小ベニスなどの生殖器異常が観察されており、繁殖が困難となっている。ディルドリン、トキサフェン、クロルデン、DDTなどの有害化学物質の濃度上昇が、ワニの卵から検出された。 |
ノルウェー |
PCBs |
PCBsが北極グマの免疫機能を弱め、スバルバード(Svalbard)地方に棲息する雌クマの生殖影響に結び付いているかもしれない。 |
ロシア |
PCBs |
多くの地域で1970年代から1990年代にかけて、不法にPCBsが製造され、北極トナカイなどロシアの生態系や野生生物に多量のPCBs汚染を引き起こした。 |
日本 |
ダイオキシン類 |
日本の研究者らは、日本の鯨やイルカの脂肪組織から高濃度のダイオキシン類を検出した。 |
エチオピア |
老朽化した農薬貯蔵容器 |
1,500トン以上もの老朽化した農薬貯蔵容器が250以上の地点にある。これらの農薬は、アルドリン、ディルドリン、エンドリン、クロルデン、ヘプタクロル、DDT、マイレックス、HCB、トキサフェンなどの有機塩素系殺虫剤である。これらの容器からはたびたび農薬が漏出し、水、大気、土壌の汚染が発見されている。 |
南アフリカ |
廃棄物焼却 |
南アフリカでは医療廃棄物の処分に対して焼却処理が信頼されている。また、都市ごみや有害廃棄物も同様に焼却が提案されている。アローズ(Aloes)や他の地域では、そのため大気中にダイオキシン類が排出されている。 |
パキスタン |
医療廃棄物の焼却 |
パキスタンでは医療廃棄物の処分に対して焼却処理が信頼されている。医療廃棄物の焼却は、ダイオキシン類や重金属の深刻な排出源となりうる。 |
ミッドウェイ島、北太平洋 |
PCBs、ダイオキシン類 |
工業地域から数千マイル離れたところにあるミットウエイ島に棲息するアルバトロス・ネスティングには、PCBsやダイオキシン類などの残留性汚染物質が体内組織に検出されている。 |
POPsのうちダイオキシン類を除く意図的生成物は、大半の先進諸国で製造・使用が禁止されています。しかしながら表2から明らかなように、その強い残留性と蓄積性のため世界各地の野生生物に残留しています。また、地球規模での汚染に関する研究報告によると、アジア諸国で使用された農薬が大気を経由し、北極地方の野生生物を汚染していることが報告されています[2]。日本でも廃PCBsが処理されないまま各地で保管されており、毎年紛失されていることが厚生省の報告から明らかとなっています。
このような残留性有機汚染物質(POPs)による地球規模での汚染に対する懸念から、国際的な枠組みでの対策が求められていました。そして1998年6月から残留性有機汚染物質(POPs)条約政府間交渉委員会(INC)が行われ、第5回会合(INC-5)が南アフリカ共和国のヨハネスブルグで2000年12月4-10日にかけて開催されました。この条約は、当面12種類の化学物質を対象に、製造・使用の禁止、排出の削減等により地球環境汚染を防止することを目指すものとなっています。会議には約120ヶ国から約350名の政府関係者、国際機関の代表、NGO等が参加し、この条約案に関して表3に示す合意に達しました[3][4]。
表3 第5回POPs条約化交渉会議の合意事項[3]
No. |
条約案の概要 |
附属書A |
・製造及び使用禁止 アルドリン、ディルドリン、エンドリン、クロルデン、ヘプタクロル、トキサフェン、マイレックス、ヘキサクロロベンゼン、PCBs |
附属書B |
・製造及び使用制限 DDT |
附属書C |
・非意図的生成物質に対する排出量削減 ダイオキシン類、フラン類、ヘキサクロロベンゼン、PCBs |
*適用除外規定
国ごとに適用除外の規定がおかれており、DDTについては附属書Bにより一部地域でマラリア対策のための使用に限って認められている。その他、附属書Aについても一部の国についての除外規定が設けられている。
*PCBsの使用及び処理についての目標年次の設定について
PCBsについては、製造及び使用を原則禁止する附属書Aに記載され、一定の目標年次を設定し、PCBs含有機器の使用停止、処理の推進等が明記された。使用停止の目標年次は2025年、処理は2028年と暫定的に設定され、今後締約国会議で見直しが行われる。
*途上国への支援について
地球環境ファシリティ(GEF)を中心とした既存のメカニズムを効果的に活用していく旨が規定された。
一部のPOPsについては、途上国への配慮や廃棄処理の技術的財政的課題から適用除外規定が設けられますが、実質的には製造及び使用禁止に向けた条約となっています。この条約案は、2001年5月22-23日にストックホルムで開催される外交官会議で条約の採択が行われる予定となっています。
Author: Kenichi Azuma
<参考文献>
[1] World Wildlife Fund (WWF), Toxic Hot Spots,
December 4, 2000
http://www.worldwildlife.org/toxics/whatsnew/pr_20.htm
[2] 田辺信介, 「第3回内分泌攪乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」講演会, December 16, 2000
[3] 環境庁 環境保健部 環境安全課, 第5回POPs(残留性有機汚染物質)条約化交渉会議の概要, December 10, 2000
http://www.eic.or.jp/kisha/200012/69535.html
[4] United Nations Environment Programme
(UNEP), PRESS RELLEAS “Governments finalize
Persistent Organic Pollutants treaty”, December
10, 2000
http://irptc.unep.ch/pops/princ5.htm