細菌性角膜炎発生率とコンタクトレンズの影響
1999年7月26日
CSN #081
コンタクトレンズは、透明性の高い高分子材料でできています。1940年代のポリメチルメタクリレート樹脂を用いたハードコンタクトレンズの開発から始まり、ソフトコンタクトレンズ、酸素透過性ハードコンタクトレンズへと開発が進み、視力矯正が必要な人々に、広く普及しています。透明性、加工性、酸素透過性、タンパク質吸着防止、防汚性など、高分子の重合や表面処理技術が結集された製品と言えます。コンタクトレンズの分類は、素材ごとに以下のようになります。
コンタクトレンズの分類 |
概要 |
ハードコンタクトレンズ |
ポリメチルメタクリレート(PMMA)樹脂を用いており、酸素をほとんど通しません。そのため、激痛を伴う急性角膜障害を起こしやすいという欠点があります。現在使用される方は、少なくなってきています。 |
酸素透過性ハードコンタクトレンズ |
酸素を透過する素材を使用したハードコンタクトレンズで、O2レンズとも呼ばれます。シリコン/フッ素、シリコン/アクリルを共重合した樹脂が主流となっており、この樹脂の高い酸素透過性により、連続装用が可能となっています。 従来のハードコンタクトレンズよりも角膜障害が起こりにくくなった半面、もろく汚れもつきやすく、レンズの寿命も短い欠点があります。 |
ソフトコンタクトレンズ |
水分を38〜70%程度含んだ弾力性のある柔らかいレンズで、親水性高分子化合物である、ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)を主成分とする素材が多く使われています。 水を含んでいるため、水を介して酸素の供給が保たれ、柔らかく扱いやすいが、その反面たんぱく質が付着しやすく、カビや細菌が増殖することがあるため、洗浄と消毒が大切です。 |
非含水性ソフトコンタクトレンズ |
酸素を透過する、水分を含まない素材を使用したソフトコンタクトレンズです。 |
いずれのレンズを使用する場合でも、レンズの傷、汚れには注意が必要で、定期的にチェックすることが重要です。レンズの汚れは、細菌性角膜炎、アレルギー性結膜炎などを引き起こす原因となります。
今回紹介する論文は、オランダで行われたコンタクトレンズと細菌性結膜炎発生率との関連性についての疫学調査報告です。
<論文出典>
英ランセット誌
The Lancet Volume 354, Number 9174, July 17, 1999
Kam H Cheng医学博士(a)(d), Siu L Leung医学博士(a), Hans W Hoekman(b), W Houdijn Beekhuis医学博士(a), Paul G H Mulder化学博士(c), Annette J M Geerards医学博士(a), Aize Kijlstra化学博士(d)
(a)ロッテルダム眼科病院
(b)ドレンテ州立経済大学
(c)エラスムス医科大学、疫学生物統計学部
(d)アムステルダム大学、眼科学部 及び オランダ眼科調査研究所、免疫眼科学部
<概要>
1,背景
コンタクトレンズと細菌性角膜炎発生率との関連性は、はっきりわかっていません。細菌性角膜炎は、細菌以外にも、ときおりカビやアカントアメーバによっても引き起こされます。コンタクトレンズ装用者は、アメリカで2,800万人、英国で170万人になり、10年前と比べてかなり増加しています。アメリカと英国の科学者らは、コンタクトレンズが細菌性結膜炎の主要原因であることを示してきました[1][2]。細菌性結膜炎は健康な目にはめったに起こりません。そこで本研究者らは、前向きな疫学研究によって、これらの問題の関連性について調査しています。
2,方法
本研究者らは、オランダ眼科協会(NOG)の440人の眼科医を選定し、1996年の3ヶ月間に報告された、細菌性結膜炎の全ての新しい事例を調査しています。また、症状を継続して確認するために、その後さらに眼科医に対して、電話で最長24ヶ月間追跡調査しています。
また、オランダ国民のコンタクトレンズ装用率を試算するために、1994年から1997年まで12歳以上の国民を対象に、電話による全国調査を毎年5,000人以上行っています。その結果、4年間で総計38,100人に対して電話調査が行われています。そしてそれをベースに、全国民のコンタクトレンズ装用数を推定試算しています。
3,結果と考察
1994年から1997年までの、12歳以上のオランダ国民は、4年間平均で13,188,000人/年であり、そのうちコンタクトレンズ装用者数は4年間平均で、下表の試算結果が報告されています。
レンズの種類 |
毎日装用者数(人/年) |
酸素透過性(RGP)ハードコンタクトレンズ |
639,000 |
ソフトコンタクトレンズ |
713,000 |
連続装用ソフトコンタクトレンズ* |
24,000 |
*連続装用コンタクトレンズ:1週間か2週間で使い捨てタイプのソフトコンタクトレンズ(ディスポーザブルコンタクトレンズ)
1996年4月1日から6月30日までの3ヶ月調査で、440人の眼科医から379件の情報を得た結果が報告されています。その内訳は以下の通りです。
角膜炎の内訳 |
コンタクトレンズ装用状況 |
件数(男/女) |
細菌性角膜炎 |
酸素透過性ハードコンタクトレンズを毎日装用 |
17 (7/10) |
ソフトコンタクトレンズを毎日装用 |
63 (35/28) |
|
連続装用ソフトコンタクトレンズを毎日装用 |
12 (5/7) |
|
無水晶体症の矯正 |
1 |
|
無菌の角膜炎 |
13 |
|
ヘルペス性角膜炎 |
2 |
|
その他 |
3 |
|
総計 |
111 |
細菌性角膜炎は、合計92人報告されています。
また、細菌性角膜炎の推定年平均発生率は、以下の通りです。
コンタクトレンズ装用状況 |
10,000人当たりの発生数に換算 |
リスク比較 |
酸素透過性ハードコンタクトレンズを毎日着用 |
1.1人 (95% 信頼間隔 0・6-1・7) |
1(基準) |
ソフトコンタクトレンズを毎日着用 |
3.5人 (95% 信頼間隔 2・7-4・5) |
3.3倍 |
連続装用可能なソフトコンタクトレンズを毎日着用 |
20.0人 (95% 信頼間隔 10.3-35.0) |
18.9倍 |
ソフトコンタクトレンズ装用者は、酸素透過型ハードコンタクトレンズ装用者に比べて細菌性角膜炎リスクが高いことが示されています。
細菌性角膜炎が観察された92件のうち65件について、角膜潰瘍部・角膜・レンズ・手入れ用品の細菌培養を行った結果、65件のうち30件から細菌の増殖が確認されています。その細菌は、セラチア菌、緑膿菌、クレブシエラ菌、ブドウ球菌、連鎖球菌、アカントアメーバなどです。また、カビ類は発見されていません。
そのうち緑膿菌による角膜炎は症状がひどく、完治までの日数が最も長かったと報告されています。
平均入院日数が最も長い(3.3日)
平均通院回数が最も多い(10.3回)
視力低下が最も大きい
4,総括
本研究結果を総括した内容のうち、重要な部分を以下にまとめました。
(1)コンタクトレンズを一晩中装用することは、細菌性角膜炎の主なリスク要因となり、できるだけ避けるべきである。連続装用ソフトコンタクトレンズの使用者において、角膜炎リスクの増加が、これまでにも報告されている。
1989年のアメリカの報告では、酸素透過性ハードコンタクトレンズでの発生率は、1,000人当たり4.0人であった[3]。
1994年のスウェーデンの報告は、酸素透過型ハードコンタクトレンズとソフトコンタクトレンズでの細菌性角膜炎発生率が、10,000人当たり10人未満と試算された[4]。
コンタクトレンズの夜間装用に関連した細菌性角膜炎リスクの患者対照研究報告がある[2][5][6]。また、そのリスクのほとんどは、1-3晩の短期の夜間装用で起こった[6]。
(2)コンタクトレンズ装用による細菌性角膜炎発生率は低いが、この問題は重要な健康影響問題である。
(3)コンタクトレンズの使用は、健康な目に対して治療困難で回復不可能な視力損失を引き起こす可能性がある。角膜が感染する主なリスク要因は、夜間装用である。夜間装用はできるだけ避けるべきである。
<本文中の参考文献>
[1] Erie JC, Nevitt MP, Hodge DO, Ballard DJ. Incidence of ulcerative keratitis in a defined population from 1950 through 1988. Arch Ophthalmol 1993; 111: 1665-71.
[2] Dart JKG, Stapleton F, Minassian D. Contact lenses and other risk factors in microbial keratitis. Lancet 1991; 338: 650-53.
[3] Poggio EC, Glynn RJ, Schein OD, et al. The incidence of ulcerative keratitis among users of daily-wear and extended-wear soft contact lenses. N Engl J Med 1989; 321: 779-93.
[4] Nilsson SEG, Montan PG. The annualized incidence of contact lens induced keratitis in Sweden and its relation to lens type and wear schedule: result of a 3-month prospective study. CLAO J 1994; 20: 225-30.
[5] Schein OD, Glynn RJ, Poggio EC, Seddon JM, Kenyon KR, the Microbial Keratitis Study Group. The relative risk of ulcerative keratitis among users of daily-wear and extended-wear soft contact lenses: a case-control study. N Engl J Med 1989; 321: 773-78.
[6] Schein OD, Buehler PO, Stamler JF, Verdier DD, Katz J. The impact of overnight wear on the risk of contact lens-associated ulcerative keratitis. Arch Ophthalmol 1994; 112: 186-90.
[7] Stehr-Green JK, Bailey TM, Visvesvara GS. The epidemiology of Acanthamoeba keratitis in the United States. Am J Ophthalmol 1989; 107: 331-36.
[8] Mathers WD, Sutphin JE, Folberg R, Meier PA, Wenzel RP, Elgin RG. Outbreak of keratitis presumed to be caused by Acanthamoeba. Am J Ophthalmol 1996; 121: 129-42.