NTPによるフタル酸エステル類評価報告書


2000年7月31日

CSN #146

アメリカ国家毒性計画のヒューマン・リプロダクション評価センター(CERHR)は、フタル酸エステル類のリスク評価に関し、第1回1999817- 19日、第2回1215- 17日に専門家会合を開催してきました。そして、動物を用いた経口投与の研究によって、流産、奇形児、生殖能力低下、異常な精子数、精巣の損傷を引き起こす可能性があることが示され、専門家会合のメンバーたちは、私たちが毎日摂取している食品(特に、肉、魚、油)中におけるDEHP濃度に対して、強い懸念を示しました[1] 

そして2000712- 13日に最終会合が開催され、フタル酸ブチルベンジル(BBP)、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ジ-イソデシル(DIDP)、フタル酸ジ-イソノニル(DINP)、フタル酸ジ-n-ブチル(DBP)、フタル酸ジ-n-ヘキシル(DnHP)、フタル酸ジ-n-オクチル(DnOP)に関するリスク評価が議論され、そのドラフトの概要が発表されました[2]

この最終会合では、フタル酸エステル類に関する人への曝露と研究報告から、生殖発生毒性(妊娠・出産等生殖にかかわる毒性、催奇形性など)に焦点をあて、評価されました。そしてフタル酸エステルのリスクに関して、小さい(low)、ごくわずか(minimal)、無視できる(negligible)という3段階の評価を5つのフタル酸エステル類に与え、唯一、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)に対しては、高い(higher)という評価を与えました。表1にリスク評価結果の概要を示します。

表1 フタル酸エステル類のリスク評価結果の概要[2]をもとに作成)

フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)

用途

住宅建材、食品包装資材、おもちゃ、医療器具

評価

  • 例えば危篤状態の幼児の治療など、集中治療時に用いる医療器具から高濃度のDEHPに曝露した男児の生殖器官の発達に対しては、「深刻な懸念」。しかし専門家パネルは、これら医療器具に対する医療上の利点は認めている。
  • 現在推定される成人の曝露レベルを妊娠中の女性が曝露した場合、産まれてくる子供の生殖器官の発達に影響する可能性があるとの「懸念」
  • 仮に乳幼児が成人以上のかなり高濃度のDEHPに曝露した場合、男性生殖器官の発達に影響する可能性があるとの「懸念」
  • 現在推定される成人の曝露レベルによる生殖システムへの影響は、「ごくわずかな懸念」

フタル酸ジ-イソノニル(DINP)

用途

ガーデンハウス、靴底、おもちゃ、建設資材(建材)

評価

  • 妊娠中の女性の曝露によって、産まれてくる子供の生殖器官の発達に対する影響や、成人の生殖システムへの影響は、「ごくわずかな懸念
  • 口にくわえるおもちゃなどからDINPに曝露した子供への健康影響は、「少しの懸念」

フタル酸ジ-イソデシル(DIDP)

用途

自動車塗装の下塗り材、ワイヤー、ケーブル、靴、カーペットの裏打ち材、プールのライン材

評価

  • 成人の生殖システムへの影響は、「ごくわずかな懸念」

フタル酸ジ-n-ブチル(DBP)

用途

合成接着剤、セルロース系プラスチック、染料の溶剤

評価

  • 男性生殖器官の発達などへの影響の可能性は、「わずかな懸念」
  • 成人の生殖システムへの影響は、無視できる懸念」

フタル酸ブチルベンジル(BBP)

用途

ビニールタイル、食品用コンベアーベルト、合成皮革、セーフティコーン(円錐形標識)

評価

  • 成人男性の生殖システムへの影響は、無視できる懸念」
  • 産まれてくる子供の生殖器官の発達に対する影響は、結論を導き出せなかった。

フタル酸ジ-n-オクチル(DnOP)

用途

フローリング材やカーペット用タイル、キャンバス用タープ、ノート用カバー

評価

  • 成人の生殖システムへの影響は、無視できる懸念」
  • 産まれてくる子供の生殖器官の発達に対する影響は、「ごくわずかな懸念

フタル酸ジ-n-ヘキシル(DnHP)

用途

自動車部品、工具の柄、食器洗い機のかご、フローリング、タープ、ノミ取り用首輪

評価

  • 有用なデータがほとんどないため、結論を導き出せなかった。

NTPの専門家会合のメンバーは、60日間パブリックコメントを募集した後、200010月までに報告書を完成し、一般に公開する予定となっています。

日本では厚生省が、平成12614日付けで、可塑剤としてフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)を含有する塩化ビニル樹脂(PVC)製手袋の食品への使用を避けるよう関係営業者に対して通知しました[3]。これは平成11年度厚生科学研究において、市販弁当などからDEHPが検出され、模擬実験などからDEHPを有する塩化ビニル樹脂製手袋を使用した際に、市販弁当への移行が確認されたと報告されたからです。

そして精巣毒性及び生殖毒性試験の結果から、当面のDEHPの耐用一日摂取量(TDI)を、40- 140μg/kg/日(体重50kgの人で2000- 7000μg/日)とすることが決定されました[3]。今後は、食品衛生調査会で規格基準の改正を検討するとのことです。

また環境庁は2000721日、ミレニアムプロジェクトとして3年計画で取り組む環境ホルモンの疑いがある化学物質のリスク評価で,優先的に有害性などを解明すべき化学物質として,7種類の化学物質を決定しました[4]。ネズミを使った動物実験で、生物のホルモンの作用を乱す働きがあるかなどを調べるとのことです。環境庁が優先的に評価する7つの化学物質とその概要を表2に示します。

表2 環境庁が選定した優先的リスク評価化学物質

化学物質名

概要

用途

トリブチルスズ

現在国内で製造や使用等されていない

船底防汚塗料、漁網防汚剤

オクタクロロスチレン

化学物質の製造時の副生成物

有機塩素系化合物製造時の副生成物

4-オクチルフェノール

国内で製造や使用等されている

油溶性フェノール樹脂、界面活性剤の原料、界面活性剤の分解生成物

ノニルフェノール

界面活性剤の原料、エチルセルロースの安定剤、油溶性フェノール樹脂、エステル類、マンニッヒ塩基など含窒中間物の合成原料、殺虫剤、殺菌剤、防カビ剤

ベンゾフェノン

医薬品合成原料、保香剤、紫外線吸収剤

フタル酸ジ-n-ブチル(DBP)

プラスチックの可塑剤、ラッカー、接着剤、レザー、印刷インキ、安全ガラス、セロハン、染料、殺虫剤の製造、香料の溶剤、繊維物潤滑剤

フタル酸ジ-シクロヘキシル(DCHP)

防湿セロハン用可塑剤、アクリルラッカー用可塑剤、感熱接着剤用可塑剤、プラスチック表面のブロッキング防止剤

フタル酸エステル類は私たちの生活に深く入り込み、さまざまな用途に使用されています。脂肪組織での蓄積性が比較的高い化学物質ですが、口から取り込まれた場合、イヌでは24時間以内に約90%が尿中や糞便中に排泄され、生体内では比較的代謝されやすい化学物質です。しかし、日常曝露する量が多い場合、有害性を示す可能性があります。NTPのリスク評価結果、環境庁によるリスク評価結果をもとに、私たちの健康や生態環境へのリスクレベルを明確にし、必要に応じて対策を行わなければなりません。

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] E-WIRE PRESS, Dec 17. 1999
http://ens.lycos.com/e-wire/Dec99/17Dec9901.html
NTP Confirms Health Care Without Harm About Vinyl Medical Products

[2] Bill Grigg et al., “NATIONAL TOXICOLOGY PROGRAM CENTER FOR THE EVALUATION OF RISKS TO HUMAN REPRODUCTION EXPERT PANEL REVIEW OF PHTHALATES”, July 14, 2000
http://ntp-server.niehs.nih.gov/htdocs/liason/CERHRPhthalatesAnnct.html

[3] 厚生省生活衛生局食品化学課, 「食品衛生調査会毒性部会・器具容器包装部会合同部会の審議結果について」, June 14, 2000
http://www.mhw.go.jp/houdou/1206/h0614-1_13.html

[4] 朝日新聞(夕刊), July 21, 2000


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