中央ミシガン州の人々における血液中のブチルスズ化合物
1999年6月1日
CSN #058
ブチルスズ化合物は、漁網の汚染防止剤や船底塗料に使われ、内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)とされるトリブチルスズ(TBT)や、プラスティック製品の可塑剤や触媒などに使われるジブチルスズ(DBT)などが含まれる。また、陰性基の種類により多数の化合物が存在し、TBTだけでも14種が知られている。いずれの化合物も難分解性であるが、TBTO(ビス(トリブチルスズ)=オキシド)以外の有機スズ化合物の蓄積性は低いとされている。また、世界各地の巻き貝において、インポセックスという生殖異常が発生していることが報告されている。
<参考>
国立環境研究所 堀口主任研究員
「船底防汚塗料・有機スズによる海洋汚染と腹足類(巻貝)のインポセックス」
URL: http://matsuda.c.u-tokyo.ac.jp/~ctakasi/osf/imposex.html
インポセックス(雄性形質誘導及び生殖不全症候群)
巻貝(多くの種では交尾のため雄にペニスがある)の雌にペニスと輸精管が形成されて発達し,卵形成阻害や輸卵管閉塞などのため産卵できなくなる一連の症状
1998年8月、愛媛大学農学部と医学部が発表した、呉羽化学工業社製のクッキングシートからTBT、DBTが検出されたことは記憶に新しい。これは、人間の肝臓からTBT、DBTなどが検出されることに疑念を抱いた研究者らが様々な家庭製品を調査して得られた研究結果であった。
また、ニホンザルなどの哺乳動物から検出された報告もある。愛媛大学農学部の田辺教授らのグループが、東京都内のタヌキや神奈川県のニホンザルといった陸上動物の体内にブチルスズ化合物が蓄積していることを1998年8月に報告した。
東京都内と愛媛県で1992年から1994年に捕獲されたタヌキ計9匹すべての肝臓からDBTとTBTが検出され、DBTは肝臓組織1グラム中最高0.28 μg 、TBTは同0.01 μg 、神奈川県と福井県のニホンザルの肝臓からは、同0.2127 μgのTBTが検出されたと報告している。
また、野生や水族館のイルカの血液を使った実験では、DBT、TBTはいずれも一ミリリットル中0.1 μgという量で、免疫機能に関連するリンパ球の増殖を抑える作用があることも実験で確認したという。この結果から想定すると、日本近海のイルカの肝臓などには高濃度のDBTやTBTが蓄積しており、沿岸の一部の鯨類などに影響が表れている可能性があると考えられている。(比重1とすると、1ミリリットル=1g)
このように、ブチルスズ化合物が及ぼす影響は無視できないものとなっている。最近の横浜市立大学理学部井口教授の講演で聞いた話だが、寿司屋のネタに用いられるバイ貝などの貝類のほどんどにペニスが付いているという。つまり、イボニシという巻き貝が日本全国レベルでインポセックス(ペニスが付いてオス化している)になっているという国立環境研究所の堀口主任による報告と同じような現象が、私たちが日常食している貝にも現れている。
今回紹介する論文は、中央ミシガン州の人々における血液中のブチルスズ化合物を測定した結果を概説している。結論として、ブチルスズ化合物が検出されてはいるが、人間への影響はないレベルだと報告している。
<情報源>
1999年5月15日
環境科学と技術 (Environmental Science and Technology)
URL: http://pubs.acs.org/journals/esthag/index.html 購読料が必要。
尚、今回の紹介内容は Dioxin-Lメーリングリストからの情報をまとめたもので、原文は入手していないことをご了承下さい。
<研究者>
John Giesy (環境毒性学者)
米ミシガン州立大学 (MSU)環境毒性研究所、動物学部門、国立食品安全毒性センター
(National Food Safety and Toxicology Center, Department of Zoology, Institute for Environmental Toxicology, Michigan State University)
<概要>
中央ミシガン州、レッド・クロス血液銀行 (Red Cross blood bank)で集めた人間の血液中における3種類のブチルスズ化合物を測定した結果が報告されている。本研究は、人間の血液中のブチルスズ化合物濃度に関する最初の論文であると著者らは主張している。
化合物 |
検出限界値以上の数値が測定された割合(%) |
モノ−ブチルスズ化合物 |
53 |
ジ−ブチルスズ化合物 |
81 |
トリ−ブチルスズ化合物 |
70 |
原文の検出限界値が不明なため、参考までに日本の環境庁の統一検出限界値を下記に示します。
環境庁の統一検出限界値(各機関の検出限界値をベースに設定)
有機スズ化合物 |
魚類、貝類、鳥類生体組織 |
水質、底質 |
トリブチルスズ化合物 |
0.05 μg/g(湿重量当たり) |
0.003 μg/l |
トリフェニルスズ化合物 |
0.02 μg/g(湿重量当たり) |
0.010 μg/l |
ガスクロマトグラフ法で分析
ブチルスズ化合物は、魚や貝や甲殻類でよく発見されるが、人間の血液中で発見されたことは重要な問題であると著者らは考えている。但し、検出された濃度は免疫システム機能において障害が生じる濃度ではないと報告している。
参考までに国内の基準と検出状況を以下に紹介します。
<日本国内の一日許容摂取量基準>
物質 |
ADI基準値 |
TBTO |
1.6 μg/kg体重/日(厚生省、昭和60年4月、暫定的ADI) |
TPT |
0.5 μg/kg体重/日(FAO/WHO、1971年、ADI) |
0.5 μg/kg体重/日(厚生省、平成6年2月、暫定的ADI) |
注)一日許容摂取量(ADI:AcceptableDailyIntake): 毎日一生涯摂取した場合の安全許容量。
<国内での検出状況>
出典:内分泌攪乱作用が疑われる化学物質の生体影響(東京都立衛生研究所)
URL: http://www.tokyo-eiken.go.jp/edcs/56-35-9.html
北海道住民の有機スズの一人当たり1日平均摂取量
有機スズ化合物 |
一人当たり1日平均摂取量 |
体重50kgでの換算値 |
DBT (dibutyltin) |
0.45 μg |
0.009μg/kg体重/日 |
TBT (tributyltin) |
2.40 μg |
0.048 μg/kg体重/日 |
TPT (triphenylti)n |
4.11 μg |
0.082 μg/kg体重/日 |
厚生省の許容摂取量に対して,TBT は約1/36,TPT は約1/6低い。
滋賀県で食事から摂取される有機スズ1日摂取量
有機スズ化合物 |
一人当たり1日平均摂取量 |
体重50kgでの換算値 |
|
1991年 |
1992年 |
||
TBT (tributyltin) |
4.7-6.9μg |
2.2-6.7μg |
最大0.138 μg/kg体重/日 |
TPT (triphenylti)n |
0.7-5.4μg |
0.7-1.3μg |
最大0.108 μg/kg体重/日 |
厚生省の許容摂取量に対して,最大測定値を用いてもTBT は約1/12,TPT は約1/5低い。
日本環境庁の平成8年度有機スズ化合物に関する環境調査結果
出典:「化学物質と環境について」環境庁環境保健部環境安全課、平成10年1月
URL: http://www.eic.or.jp/eanet/kurohon/gaiyo97/gaiyotop.html
検査対象 |
TBTの検出結果 |
魚類 |
nd〜0.24(μg/g-wet) |
貝類 |
nd〜0.09(μg/g-wet) |
鳥類 |
nd |
水質 |
nd〜0.014(μg/l) |
底質 |
nd〜 930(ng/g) |
現在のADI基準から考えると、人体への影響がないと考えられるが、ニホンザル、タヌキ、イルカでの研究結果を考えると、さらに研究を進める必要があると思う。また、甲殻類への影響は深刻で、私たちは生殖障害が発生している貝を食べている現状を、もっと真剣に捉えるべきであると思う。