母乳分析によるカザフスタンにおける塩素化合物汚染曝露評価


1999年6月5日

CSN #060

母乳は乳脂肪質であるため、脂質に対する溶解性が高いダイオキシン類は蓄積しやすい。母親が摂取したダイオキシンは母乳に溶解し蓄積するため、母乳を摂取した乳児はダイオキシン汚染母乳を摂取することになる。

下表に各国の母乳中のダイオキシン類(PCDD+PCDF)濃度を示す。

表1 1989-1990年における世界各地の母乳中 (PCDD+PCDF)濃度

単位:pgTEQ/g 脂肪

国名

濃度

国名

濃度

日本(大阪)*

51

ノルウェー

15−19

日本(福岡)

24

米国

15−17

オランダ

37−40

フィンランド

16−18

ベルギー

34−39

パキスタン

13

ドイツ

28−32

ユーゴスラビア

12

英国

17−29

南アフリカ

11

南ベトナム

7−32

ハンガリー

9−11

スウェーデン

20−23

北ベトナム

カナダ

16−23

タイ

ポーランド

21

インド

デンマーク

19

   

* : 1978-1984

出典:宮田秀明, 廃棄物学会誌, Vol 8,4, p301-311

上表から明らかなように、日本はダイオキシンによる母乳汚染が激しい国であると言える。日本は国土が狭い上に産業が高度に発達している国であり、ダイオキシン排出量が多い。大都市におけるダイオキシン類の摂取量の約98%が食事経由で人体に摂取される。また、食事経由の中、約60%が魚介類経由による。また、魚介類のダイオキシン濃度は市販魚よりも沿岸魚で顕著に高い。(上述の宮田教授の文献より) 

最近の母乳中のダイオキシン類に関する調査報告がある。厚生省科学研究による平成9年度の中間報告である。 

平成9年度厚生科学研究「母乳中のダイオキシン類に関する調査」中間報告

http://www.mhw.go.jp/houdou/1004/h0407-1.html

平成9年度から平成10年度にかけて、埼玉県、東京都、石川県、大阪府におけるダイオキシン類(ダイオキシン異性体:PCDD+ダイベンゾフラン異性体:PCDF)濃度を調査した中間報告によると、各地平均で6.6-20.9 pgTEQ/g 脂肪 (平均値 16.5 pgTEQ/g 脂肪)のダイオキシン類が検出されている。また、母乳100g当たり、29.6-74.3 pgTEQ (平均値 55.0 pgTEQ)のダイオキシン類が検出されている。つまり現時点でも日本人女性の母乳は、ダイオキシン類に高濃度に汚染されていると言える。 

1998年にWHO(世界保健機関)が発表したダイオキシン類のTDI(耐用1日摂取量)は、1-4 pgTEQ/kg体重/日である。少なく見積もったケースとして、体重5000gの乳児が、1日あたり500gの母乳を摂取すると仮定し、平均値55.0 pgTEQを用いると、55.0 pgTEQ/kg体重/日となる。つまり、想像を絶する量のダイオキシン類を乳児が摂取していることになる。それだけ母乳のダイオキシン汚染は深刻な問題であると言える。 

また、環境庁によるダイオキシンリスク評価検討会の報告の概要(平成9年5月)によると、我が国における一般的な生活環境からの推定曝露状況は下表のようになる。

URL: http://www.eic.or.jp/eanet/dioxin/hr_r_idx.html

 

表2 我が国における一般的な生活環境からの推定暴露状況

単位:pgTEQ/kg/day

摂取経路

大都市地域

中小都市地域

バックグラウンド地域

食物

0.263.26

0.263.26

0.263.26

大気

0.18

0.15

0.02

0.001

0.001

0.001

土壌 

0.084

0.084

0.008

0.523.53

0.503.50

0.293.29

つまり、WHO基準のTDIのグレーゾーンにほぼ入っていることになる。

 

1997年2月に世界保健機関(WHO)の付属機関である国際癌研究機関 (IARC)が、ダイオキシンは人間に対して発癌性物質であるという結論を出した。特にTCDD (2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン)は、IRACのグループ1(人に対して発癌性がある)に属すると評価された。また、他のPCDD (ポリ塩素化ジベンゾ-p-ダイオキシン)や非塩素化ジベンゾ-p-ダイオキシン, PCDF (ポリ塩素化ジベンゾフラン)は、グループ3(人に対する発がん性については分類できない)と評価した。 

出典:環境衛生展望(Environmental Health Perspectives) Volume 106, Supplement 2, April 1998

「人発癌におけるリスク因子としてのPCDDPCDFIARC評価」

An IARC Evaluation of Polychlorinated Dibenzo-p-dioxins and Polychlorinated Dibenzofurans as Risk Factors in Human Carcinogenesis

URL: http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1998/Suppl-2/755-760mcgregor/abstract.html

 

ダイオキシン類は他にも内分泌攪乱化学物質のリストに挙げられており、周産期曝露による新生児への神経学的影響、免疫障害、生殖障害などがあると報告されている。

下記に紹介する研究論文は、南カザフスタンにおける母乳中のダイオキシン類濃度に関する測定結果である。この地方は農業地帯として綿花が栽培されている。そこで使用している除草剤がダイオキシン類発生源として考えられている。 

<情報源>

環境衛生展望 (Environmental Health Perspectives), Volume 107, Number 6, June 1999 http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p447-457hooper/abstract.html

<研究者>
1)Kim Hooper, Myrto X. Petreas, Timothy J. Wade, Kathleen Benedict, Ying-Yin Cheng 
カリフォルニア州環境保護庁、有害物質研究室
Hazardous Materials Laboratory, California Environmental Protection Agency, Berkeley, California, USA

2)Tamara Chuvakova,
カザフスタン保健省、インターン訓練内科医研究所
Physicians Institute of Postgraduate Training, Kazakhstan Ministry of Health, Almaty, Kazakhstan

3)Gulnara Kazbekova,
カザフスタン保健省
Kazakhstan Ministry of Health, Almaty, Kazakhstan

4)Douglas Hayward,
米食品医薬品局、食品安全及び栄養学センター
Center for Food Safety and Applied Nutrition, U.S. Food and Drug Administration, Washington, DC, USA

5)Asel Tulenova,
連邦難民国家長官
United Nations High Commissioner for Refugees, Astana, Kazakhstan

6)Jean Grassman
米環境衛生科学国立研究所
National Institute of Environmental Health Sciences, Research Triangle Park, North Carolina, USA

<概要>

1997年に南カザフスタン農業地帯在住女性の母乳中の2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン (TCDD)濃度を測定した。 

南カザフスタン国営農場在住の64人の女性(内41人は初産)から集められた母乳サンプル分析結果によると、 最高208 pgTEQ/g脂肪という高濃度のダイオキシン類が検出された。 

毒性等量 (TEQ)は、ダイオキシン類の中でも最も毒性が高いTCDDを1として、他のダイオキシン類を換算したものである。換算には等価毒性係数 (TEF)が用いられる。本研究において得られたTEQ換算値の70%は、TCDDによるものであった。つまり、ダイオキシン類の中でも最も毒性が高いTCDDが本研究における母乳から検出されている。 

また、1994年から1996年に近くの村落における検体から集めた母乳と血清サンプルと本研究で検出したダイオキシン類の異性体パターンが一致した。最高濃度のTCDDが綿畑から農業用水を受け取る貯水池(ゾーンA)に近接した国営農場において発見された。ゾーンAにおけるTCDD濃度は、貯水池(ゾーンA)から10マイル以上離れた地域(ゾーンB)よりもはるかに有意に高かった (p = 0.0017)

ゾーン

平均値

測定数

ゾーンA

53 pgTEQ/g 脂肪

n = 17

ゾーンB

21 pgTEQ/g 脂肪

n = 24

p = 0.0017:危険率0.17%で有意

母乳及び動物性食品におけるTCDD濃度は、アメリカ合衆国の平均レベルの10倍であった。体内蓄積物と食習慣データを考慮すると、ダイオキシン類曝露は慢性的で環境上長期間にわたっており、綿農業における化学物質使用と関係があるということを示唆している。また、データは、最も可能性のある発生源が、綿花に使用するTCDDに汚染された枯れ葉剤(除草剤)であるということを示唆している。また、最も可能性のある人体曝露経路は、汚染された食料品からの摂取によるものと考えられる。 

前表の世界各国のデータと比較しても、本研究結果のダイオキシン濃度は高いと言える。特に貯水池に近い程、その濃度はさらに高くなっている。しかし、前述の平成9年度から平成10年度にかけて埼玉県、東京都、石川県、大阪府で測定した母乳中ダイオキシン類濃度を考慮すると、日本はさらに詳細な地域特性別、立地条件別測定を行う必要があると思う。


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