腎臓細胞癌を持つ患者における特定部位の突然変異とトリクロロエチレンの関係
1999年6月14日
CSN #064
トリクロロエチレン(別称:トリクレン)は有機塩素系の化学物質で、常温では液体で蒸発しやすく、いろいろな有機物質を溶かす力が強いため、油分や繊維製品のよごれを落とす目的で、工場や事業所などで使われ、特に半導体の製造産業などでは欠かせないものとなっている。例えば、金属機械部品などの脱油脂洗浄・溶剤(生ゴム,染料,塗料、油脂、硫黄,ピッチ,カドミウムなど)・殺虫剤・羊毛の脱脂洗浄・皮革・膠着剤洗剤・繊維工業・抽出剤(香料)・繊維素エーテルの混合などに用いられる。
しかし、トリクロロエチレンは刺激性のある急性毒性物質で、皮膚から容易に吸収されるため、蒸気の吸入を避け、眼や皮膚や衣服との接触を避けなければならない。また、人や動物の体に蓄積することはないものの、環境中で分解されにくい化学物質で、肝臓や腎臓に障害を及ぼすとされており、動物実験から発癌性物質であるとされている。
また昨年、東芝、シャープ、松下電器産業などの大手電機メーカー工場敷地内の地下水において、相次いで基準値を上回るトリクロロエチレンなどの有機塩素化合物汚染が報告され、日本電子機械工業会と、日本電機工業会が疑いのある企業各社に汚染状況の自主調査、報告の徹底を要請している。例えば名古屋市の東芝工場敷地境界付近の地下水から環境基準(0.03mg/l )の15,700倍のトリクロロエチレンが検出された。
国内の適用法規が以下のサイトに掲載されています。
「塩素系有機溶剤に適用される主な関係法令」中小企業事業団、化学物質の安全管理
URL: http://www.jsbc.go.jp/db/hp5/cs/csd_a5b.html
今回紹介する研究論文は、腎臓細胞癌を持つ患者における特定部位の突然変異と、トリクロロエチレンとの関連性についての研究報告です。
<情報源>
英国立癌研究所雑誌 (Journal of the National Cancer Institute) Vol. 91, No. 10, 854-868, May 19, 1999 http://intl-jnci.oupjournals.org/cgi/content/abstract/91/10/854
<研究者>
1)Hiltrud Brauch博士
臨床薬理学マーガレット・フィッシャー・ボッシュ研究所、ドイツ
Margarete Fischer-Bosch-Institute of Clinical Pharmacology, Auerbachstrasse 112, 70376 Stuttgart, Germany (e-mail: hiltrud.brauch@ikp-stuttgart.de).
2)Thorsten Wohl
ハンブルグ大学、エッペンドルフ女性の病院の研究実験室、ドイツ
Research Laboratory of the Women's Hospital Eppendorf, University of Hamburg, Germany
3)Maria Anna Hornauer
ミュンヘン技術大学 病理学研究所、ドイツ
Institute of Pathology, Technical University Munich, Germany
4)Gregor Weirich医学博士
国立癌研究所−フレドリック癌研究開発センター、免疫生物学実験室、ドイツ
Laboratory of Immunobiology, National Cancer Institute-Frederick Cancer Research and Development Center, National Cancer Institute, Frederick, Munich, Germany.
5)Stefan Storkel
ヴェッテン・ヘルデッケ大学、ウッペルタール・バルメン大学、病理学研究所、ドイツ
Institute of Pathology, University of Witten-Herdecke, Wuppertal-Barmen, Germany
6)Thomas Bruning
ドルトムンド大学 生理学職業研究所、ドイツ
Institute of Occupational Physiology, University of Dortmund, Germany
<概要>
1)背景
腎臓細胞癌 (RCC)の発達は遺伝的及び環境因子の双方に関連している。
因子 |
内容 |
遺伝的因子 |
フォン・ヒッペル・リンドウ(VHL: von Hippel-Lindau) 腫瘍抑制遺伝子の突然変異(特に明細胞腎臓細胞癌) |
環境因子 |
高濃度トリクロロエチレン(TRI)による長期曝露 |
本論文において研究者らは、高濃度トリクロロエチレン(TRI)に累積曝露した患者の腎臓細胞癌(RCC)においてVHL連鎖状況を分析している。そして、トリクロロエチレン(TRI)曝露がVHL遺伝子特有の突然変異を生じさせることによって、腎臓細胞癌(RCC)を引き起こすかどうか調査している。
2)実験方法
正常なサンプルと癌組織サンプルを、パラフィン切片を用いて顕微解剖。
顕微解剖したサンプルからDNAを分離。
重合酵素連鎖反応分析 (polymerase chain reaction analysis) 、単一のストランドコンホメーション多形分析 (single-strand conformation polymorphism analysis)、DHA配列、制限酵素吸収法によって体細胞性VHL変異を確認。
コントロールサンプル(対照群)として、トリクロロエチレン (TRI)に曝露していない107人の腎臓細胞癌(RCC)を有する患者から集めたRCC-DNAと、97人の健康者から集めたリンパ球DNAをを用いた。
つまり腎臓細胞癌(RCC)患者については、トリクロロエチレン (TRI)曝露していることが知られているサンプルと知られていないサンプルを用いて比較している。また、腎臓細胞癌(RCC)患者でない健康者からのDNAサンプルも比較として用いている。
3)実験結果
VHL変異は多数存在し、異型接合性損失を伴った。
VHL変異数とトリクロロエチレン (TRI)曝露レベル間に関連性があった。
腎臓細胞癌(RCC)でVHL変異を示した33人の患者のうち13人(約39%)において、VHLヌクレオチド454特有の突然変異多発点を観測した。
このVHLヌクレオチド454変異は、VHLヌクレオチド454変異を示した13人の患者のうち4人において、隣接する非腫瘍性腎臓扁平組織に存在していた。
このVHLヌクレオチド454変異は、トリクロロエチレン (TRI)曝露がない患者や、健康者のいずれにおいても検出されなかった。
4)結論
本論文の研究者らによると、この研究結果は、高濃度のトリクロロエチレン (TRI)に累積曝露した患者の腎臓細胞癌(RCC)は、VHL遺伝子独特の変異パターンに関連していることを示唆していると概説している。つまり、高濃度トリクロロエチレン (TRI)曝露と腎臓癌には関連性があることを示唆している。