アメリカ国家毒性計画による発がん物質2000年報告書


2000年6月5日

CSN #138

アメリカ厚生省の研究機関である国立環境衛生科学研究所の国家毒性計画(NTP)による発がん物質2000年報告書が、2000515日に発表されました[1]。この報告書は2年ごとに更新されており、今回の報告書は改訂第9版にあたります。この報告書には、次の2つの分類があります。 

(1)人に対して発がん性を示す化学物質、混合物、曝露環境

人に対して発がん性を示す十分な証拠がある。 

(2)人に対して発がん性を示すと想定される化学物質、混合物、曝露環境

A:人に対して発がん性を示す限定された証拠がある。

:動物実験においては、発がん性を示す十分な証拠がある。

 

第9版の報告書では、総数218の化学物質、混合物、曝露環境が分類されています。そのうち14は、これまで分類されなかったものです。また1,3-ブタジエン、カドミウムとその化合物、ダイレクト・ブラック38、ダイレクト・ブルー6、酸化エチレン、呼吸吸入サイズの結晶性シリカが、「(2)人に対して発がん性を示すと想定される」から「(1)人に対して発がん性を示す」に分類が変更されました。 

また第9版報告書では、サッカリンとアクリル酸エチルの2つの化学物質が、分類から除外されました[2]。人工甘味料として使用されるサッカリンは、ラットに対する実験で膀胱がんが発生したことから1981年に「(2)人に対して発がん性を示すと想定される化学物質、混合物、曝露環境」に分類されました。しかしその後の実験で、ラットにがんを引き起こすメカニズムがヒトに対してそのまま適用できないことが明らかとなり、第9版では分類から除外されました。 

アクリル酸エチルは、ラテックス塗料や織物などに使用されており、1989年に「(2)人に対して発がん性を示すと想定される化学物質、混合物、曝露環境」に分類されました。これまで動物実験で、高濃度のアクリル酸エチルを継続的に経口投与した時だけに、胃の組織に腫瘍が発生したと報告されてきました。しかし人間が、継続的に高濃度のアクリル酸エチルを飲み込むことは、まず考えられないので、第9版では分類から除外されました。 

2000年第9版報告書にもとづいて、表1に「人に対して発がん性を示す化学物質、混合物、曝露環境」の一覧を示します。また表2に、「人に対して発がん性を示すと想定される化学物質、混合物、曝露環境」のうち、この報告書で新たに分類された物質や環境を示します。また、表1及び表2には、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)による発がん性分類[3]を追加しました。 

表1 人に対して発がん性を示す化学物質や環境[1][3]をもとに作成)

No

物質名称

概要

IARC*1

1

アフラトキシン

菌類によって生産される代謝物

2

アルコール飲料消費

アルコール飲料

3

4-アミノビフェニール

染料の中間生成物、ゴムの酸化防止剤など、現在は使用されていない

4

2-ナフチルアミン

染料の中間生成物、ゴムの酸化防止剤など、現在は使用されていない

5

フェナセチン含有鎮痛剤

鎮痛剤

6

ヒ素化合物、無機ヒ素

木材防腐剤、農薬、ガラスなど

7

アスベスト

セメント、屋根葺きフェルト、床タイル

8

アザチオプリン

免疫抑制薬

9

ベンゼン

化学合成原料

10

ベンジジン

染料製造のための中間物

11

ビス-クロロメチルエーテル

イオン交換樹脂やプラスチックスの合成原料

12

ブスルファン

1,4-ブタンジオール-ジメチルスルフォネート)

化学療法薬剤(多血症、白血病)

13

1,3-ブタジエン

合成ゴムの原料、化学合成原料

2A

14

カドミウム、カドミウム化合物

蓄電池、メッキ塗装、顔料、プラスチックス安定剤

15

塩化カドミウム

16

酸化カドミウム

17

硫酸カドミウム

18

硫化カドミウム

19

クロラムブシル

苦痛一時緩和剤(リンパ性白血病、悪性リンパ腫)

20

1-(2-クロロエチル)-3-(4-メチルシクロヘキシル)-1-ニトロソウレア

悪性黒色腫、脳や肺や消化器官のがんの治療

21

クロロメチルメチルエーテル

イオン交換樹脂やプラスチックスの合成原料

22

6価クロム化合物

ステンレス、高耐熱スチールなどの合金材料

23

コール・タール(タール及びミネラルオイル存在下)

金属の平炉や溶鉱炉における燃料

24

コークス炉排出物

鉱石からの金属採取

25

クレオソート(石炭)(タール及びミネラルオイル存在下)

金属の平炉や溶鉱炉における燃料

2A

26

クレオソート(木材)(タール及びミネラルオイル存在下)

金属の平炉や溶鉱炉における燃料

2A

27

クリストバライト(呼吸吸入サイズの結晶シリカ存在下)

道路、コンクリート、ガラス、セラミックス

28

シクロホスファミド

抗新生物薬(悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病)

29

サイクロスポリン

免疫抑制薬

30

ジエチルスチルベストロール(DES)

流産防止薬

31

ダイレクト・ブラック38

織物、皮革、綿、セルロース、紙の染料

2A

32

ダイレクト・ブルー6

織物、皮革、絹、毛、綿、セルロース、紙の染料

2A

33

ベンジジンへと分解する染料

織物、皮革、絹、毛、綿、セルロース、紙の染料

2A

34

間接喫煙

たばこの煙

35

エリオナイト

建築材料

36

酸化エチレン

化学合成原料(エチレングリコールなど)

37

クロム酸鉛(六価クロム存在下)

紙、セメントなどの床材製品、アスファルトルーフィングなどの着色剤 

*2

38

メルファラン

多発性骨髄腫、卵巣がんの治療

39

メトキサレン(紫外線A治療時)

皮膚の白斑、乾癬などの治療に紫外線とともに使用

40

ミネラルオイル

金属の平炉や溶鉱炉における燃料

41

マスタードガス

化学兵器、乾癬の治療

42

エストロゲン活性下でのピペラジン・エストロン・サルフェート

女性生殖系の治療(月経、性腺機能低下症、不正子宮出血)

43

石英(呼吸吸入サイズの結晶シリカ存在下)

道路、コンクリート、ガラス、セラミックス

44

ラドン

自然界に存在する自然放射性核種の1つで、土壌、岩石等の中で生成されて空気中に存在

45

呼吸適応サイズの結晶シリカ

道路、コンクリート、ガラス、セラミックス

45

無煙たばこ

嗅ぎタバコ

47

エキリン硫酸ナトリウム(エストロゲン活性下)

女性生殖系の治療(月経、性腺機能低下症、不正子宮出血)

48

エストロン硫酸ナトリウム(エストロゲン活性下)

49

太陽放射線、太陽灯やサンベッドの使用

日焼け、高分子重合反応、医学診断、光線療法

太陽放射線1

太陽灯やサンベッド2A

50

すす(煤煙)

治金、肥料

51

硫酸を含む強い無機酸の蒸気

肥料の製造、化学合成における試薬

52

クロム酸ストロンチウム(六価クロム存在下)

紙、セメントなどの床材製品、アスファルトルーフィングなどの着色剤

*2

53

タモキシフェン

苦痛一時緩和剤、乳がんの治療

54

タール

金属の平炉や溶鉱炉における燃料

55

チオテパ(トリス(1-アジリジニル)硫化ホスファイン)

白血病、乳がん、卵巣がん、髄膜癌腫症などの治療

56

二酸化トリウム

医療診断の放射線媒体、原子力エネルギー源、ガスマントル、溶射

なし

57

喫煙

たばこ(パイプ、紙巻きたばこ)

58

鱗石英(呼吸吸入サイズの結晶シリカ存在下)

道路、コンクリート、ガラス、セラミックス

59

塩化ビニル

塩化ビニル樹脂の原料

60

クロム酸亜鉛(六価クロム存在下)

紙、セメントなどの床材製品、アスファルトルーフィングなどの着色剤

*2

*:青網掛け部は、第9版の報告書で新規登録

 

表2 人に対して発がん性を示すと想定される化学物質や環境のうち新規物質[1][3]をもとに作成)

No

物質名称

概要

IARC*1

1

クロロプレン

合成ゴムの原料、化学合成原料

2B

2

ディーゼル排気微粒子(DEP)

ディーゼル自動車などの排出ガスに含まれる微粒子

2A

3

イソプレン

合成ゴムの原料、化学合成原料

2B

4

フェノールフタレイン

ミネラル、有機酸、アルカリの滴定試薬

なし

5

2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)*3

塩素、炭素、酸素、触媒(銅、鉄)が300度付近で反応してできる非意図的生成物

6

四フッ化エチレン

ポリ四フッ化エチレン(PTFE)の合成

2B

7

トリクロロエチレン

金属の脱脂(家具と取り付け品、金属組立品、電気・電子部品)

2A

*1:世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)の発がん性分類

Group

概要

人に対して発がん性を示す

2A

人に対しておそらく発がん性を示す

2B

人に対して発がん性を示す可能性がある

人に対する発がん性について分類できない

*2:クロム酸金属単体ではGroup

*3 2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)は、人に対して発がん性を示す化学物質に登録するよう現在提案されている。 

 

表1及び表2から明らかなように、これらの化学物質や曝露環境は、私たちに身近なものから私たちがほとんど触れることがないものまで様々です。また、これらの化学物質や曝露環境は、発がん性が示されるから健康リスクが高いとは必ずしも言えないので、ただちにこれらの化学物質や曝露環境を制限しなければならないということにはなりません。がんの治療に使用される治療薬は、投与量によっては新たな第2のがんを発生する可能性がありますが、医師の適正な判断によって有効に治療に利用されています。 

つまり、私たちがどれくらい(時間、濃度、頻度)これらの化学物質に曝露されているのか考える必要があります。特に、発がん性を示す化学物質の中で、私たちの社会活動によって環境中に排出されている化学物質は、汚染源の特定、排出量及び曝露量の把握を行い、適切なリスク管理を行う必要があります。 

Author:東 賢一 

<参考文献>

[1] The 9th Report on Carcinogens (RoC), The National Toxicology Program(NTP), May 2000
http://ntp-server.niehs.nih.gov/NewHomeRoc/AboutRoC.html

[2] The Report on Carcinogens – 9th edition, The National Toxicology Program(NTP), May 15, 2000
http://ntp-server.niehs.nih.gov/NewHomeRoc/9RoCFacts.html

[3] 国際がん研究機関(IARC)の発がん性分類, 国立医薬品食品衛生研究所 化学物質情報部
http://www.nihs.go.jp/hse/chemical/iarc/iarc.html


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