ダイオキシン曝露と男児出生割合の低下


2000年6月12日

CSN #139

ダイオキシン類は強い毒性を示す化学物質であり、一般的には低濃度ですが、環境中に広く存在すると考えられています。私たちは意図的にダイオキシン類を作り出すことはなく、ごみ焼却プロセス、金属精錬プロセスなどの副生成物として生成され、非意図的生成物と呼ばれています。 

ダイオキシン類の中で最も毒性が強い2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(以下、TCDDまたはダイオキシン)は、世界保健機関(WHO)の研究機関である国際がん研究機関(IARC)の発がん性分類において、アスベスト、ベンゼン、塩化ビニルなどとともに、グループ1「人に対して発がん性を示す」に分類されています。 

一方、アメリカ厚生省の研究機関である国家毒性計画(NTP)は、2000515日に発表した発がん物質報告書第9版において、ダイオキシン(TCDD)を「人に対して発がん性を示すと想定される化学物質」に分類しましたが、「人に対して発がん性を示す化学物質」へ提案中との注釈付きでした[1] 

その後、517日付けのワシントンポスト紙の1面に、「アメリカ環境保護庁(EPA)は、ダイオキシンをがんと結び付ける」と題された記事が掲載され[2]、アメリカ環境保護庁(EPA)6月に発表する予定の報告書を紹介し、アメリカ国家毒性計画(NTP)の発がん物質報告書第9版の注釈との関連性について大きな関心を呼びました。 

一方、ダイオキシン(TCDD)は内分泌攪乱化学物質(以下、環境ホルモン)の疑いがある化学物質に分類されており、生殖系への影響が心配されています。特に性ホルモン様の作用を示す環境ホルモンは胎児への影響が心配されており、産まれてくる子供たちの生殖器官の発達、性の分化などへの影響が心配されています。 

1976年、イタリアのセベソにある除草剤トリクロロフェノール製造工場で発生した爆発事故では、ダイオキシン(TCDD)が周辺地域に放散し、周辺住民が高濃度のダイオキシンに曝露しました。その後1996年に、イタリアのデシオ病院大学(Desio Hospital University)実験医学部のPaolo Mocarelli教授(医学博士)らは英医学誌ランセットにおいて、セベソのダイオキシン汚染事故後の男児出生割合に関する調査結果を報告しました[3] 

それによると、1977年から1984年までに、ダイオキシン汚染が最も高かった地域で産まれた74人の子供のうち、男児はたったの26人、つまり男児出生割合は、わずか0.351でした[3] 

そしてPaolo Mocarelli教授らの研究グループは2000527日付け英医学誌ランセットにおいて、その後の継続調査結果について報告しました[4]。その結果Paolo Mocarelli教授らは再度その結果を確認するとともに、新たに父親の曝露濃度と男児出生割合低下に関連性があることを確認しました。 

Paolo Mocarelli教授らはこの研究で、両親の性と年齢に焦点を当てて解析しました。セベソの事故が起きた1976年と、翌年の1977年にダイオキシンに曝露した可能性のある親たちから血液を集め、血漿中のダイオキシン(TCDD)濃度を測定しました。また、彼らから産まれた子供たちの出生性比を調査しました。239人の男性、296人の女性から血漿サンプルが集まり、346人の女児、328人の男児が、1977年から1996年の間に産まれました。つまり男児出生割合は、0.487となりました。研究結果の概略を表1に示します。 

表1 研究結果の概略[4]をもとに作成)

No.

概略

1

父親の血漿中のダイオキシン(TCDD)濃度の増加にともなって、男児出生割合が統計的に有意に減少した(p=0.008)。

2

この影響は、血漿中の濃度が20ngkg体重未満という低濃度でもみられた

3

父親が曝露した年齢が19歳未満の時に、男児出生割合が0.382(95% 信頼区間 0·30-0·47)(世界平均は0.514)だった。

これらの結果に対してPaolo Mocarelli教授は、次のように述べています[4] 

また同誌に、ボストン大学 公衆衛生学校 環境衛生部のRichard Clapp教授が次のようにコメントしています[5] 

「セベソの研究のダイオキシン曝露によって、どのようにして男児出生割合が減少するのか明らかではない。セベソでの発見は、他のダイオキシンの影響が観察された多くの研究よりも低い曝露レベルでみられたということでは、公衆衛生上の関心がある。」

 

セベソでのダイオキシン曝露の影響に関する研究において最近Paolo Mocarelli教授らは、疫学上見落とされていたジェンダー(性)に視点を持ち、生殖健康(reproductive health問題に研究の焦点をあてるようになったと報告されています[6]WHO(世界保健機関)の定義によると生殖健康とは、「生殖システムおよび生殖機能やプロセスに関わる全ての事象において、身体的、精神的、社会的に良好な状態であることを指す。単に病気や病的状態にない、ということだけを意味しない」となっています[6] 

ダイオキシン類などの内分泌攪乱化学物質による健康影響問題に対して、生殖健康といった視点を含め、私たちの健康問題を捉えなおす必要があるのではないかと思われます。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] The 9th Report on Carcinogens (RoC), The National Toxicology Program(NTP), May 2000

[2] Cindy Skrzycki and Joby Warrick, The Washington Post, pp A01, May 17, 2000
EPA Links Dioxin To Cancer

[3] Terttu Vartiainen et al., Environmental Health Perspectives, Vol. 107, No. 10, October 1999
“Environmental Chemicals and Changes in Sex Ratio: Analysis Over 250 Years in Finland”

++original article++
Paolo Mocarelli et al., The Lancet, Vol. 348, No. 9024, pp409, 10 August, 1996
“Change in sex ratio with exposure to dioxin” 

[4] Paolo Mocarelli et al., The Lancet, Vol. 355, No. 9218, pp1858-1863, 27 May, 2000
“Paternal concentrations of dioxin and sex ratio of offspring”

[5] Richard Clapp et al., The Lancet, Vol. 355, No. 9218, pp1838-1839, 27 May, 2000
“Where the boys aren't: dioxin and the sex ratio”

[6] 綿貫礼子, 科学, Vol. 70, No. 6, pp537-544, June 2000


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