予防原則


2001625

CSN #192

199263日から14日にかけて、リオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(The United Nations Conference on Environment and Development)において宣言されたリオ宣言の原則15において、予防原則(precautionary principle)の表現が次のように明文化され、環境問題に取り組むための基本的な基準となりました。

「環境を保護するためには、各国により、それぞれの能力に応じて、予防的アプローチが広く適用されなければならない。深刻な、あるいは、不可逆的な損害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化防止のための費用効果的な措置を延期するための理由とされるべきではない。」[1]

もともと予防原則の考え方は、1970年代初期における西ドイツの環境政策において、予防的に環境保全を行うことを目的として打ち出された「Vorsorgeprinzipvor(まえに)sorge(心配)princip(原則)」にあります。この原則は、社会は注意深い将来計画によって環境を傷つけることを避けるべきであり、潜在的に有害な活動を阻止すべきであるという概念に基づいており、酸性雨、地球温暖化、北海汚染に強い方針で取り組むために打ち出されたものです[2]

そして昨今、アメリカで予防原則を環境や公衆衛生に対する日常的な意志決定レベルに導いた最初の大きな成果は、19981月のウィングスプレッド宣言です。この宣言では、科学者、学者、活動家、弁護士がウイスコンシン州ラシーンにあるジョンソン財団本部ウィングスプレッドに集まり、予防原則の実行方法と、実行への障壁について討論しました。そして、次のウィングスプレッド宣言が発表されました。この宣言は、1)危害への脅威、2)科学的不確実性、3)予防行動の3つの要素で構成されています。

 

19981月:予防原則に関するウィングスプレッド宣言>[2]をもとに作成)

「有毒物質の排出と使用、資源開発、自然環境の物理的改変は、人の健康と環境に非常に大きな意図されない結果をもたらしてきた。これらのことによって、学習障害(LD)、喘息、発がん、奇形児、種の絶滅などが、地球規模での気候変動、成層圏のオゾン枯渇、有害物質と核化学物質による世界的な汚染とともに、高い割合で生じることが懸念される。

我々は、リスクアセスメントに基づいている既存の環境規制や決定が、人の健康と環境だけでなく、人もその一部に過ぎないもっと大きな生態システムを、十分に守ることができなかったと考えている。

そのため人と地球環境へのダメージは大きく深刻であり、人間が活動を行うための新しい原理が必要であり、これに関する強力な証拠があると我々は考えている。

人の活動には、危険が含まれることを理解し、近年の歴史上の出来事以上に我々は注意深く取りかからなければならない。企業、政府機関、団体、地域社会、科学者、その他個人たちは、すべての人間の努力に対して、予防的アプローチを採択しなければならない。

従って、次の「予防原則:the Precautionary Principle」を実行する必要がある。

「活動が人の健康と環境に対して危害を及ぼすおそれがある時には、たとえその因果関係が科学的に十分立証されていなくても、予防的手段が行われるべきである。」

これに関連し、一般の人々ではなく活動を推進する人は、立証責任を負うべきである。 

予防原則を適用するプロセスは、開放的でなければならず、情報が提供され、民主的でなければならないし、影響を被る可能性のある人たちも含まれなければならない。そして、その活動を放棄することを含め、幅広く代替案の検討も含まれなければならない。」

  

予防原則において重要なのは、科学的不確実性の高い問題に対してどのように対処し、意志決定を行うかです。予防原則の基準は、リスクを事後的に管理するよりも、リスクを回避する予防的行動を選択することにあります。科学的不確実性があるということで対策が遅れ、被害が増大した最も顕著な事例が、日本の水俣病と言われています。

科学的不確実性の高い問題に対しては、科学的アプローチで取り組もうとしますが、それには限界があり、非常に時間のかかることがあるため、後の結果として人の健康や環境に対して大きな影響を生じることがあります。そのため、社会・経済・政治的視点も含めた予防的アプローチを行う必要があり、それには科学者だけでなく、他分野の専門家や一般市民も交え、予防的アプローチに対する評価を行う必要があると思われます。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1] The United Nations Conference on Environment and Development, “Rio Declaration On Environment And Development”, June 1992
http://www.unep.org/Documents/Default.asp?DocumentID=78&ArticleID=1163

[2] The Science and Environmental Health Network,”THE PRECAUTIONARY RINCIPLE IN ACTION A HANDBOOK”, 1998
http://www.sehn.org/precaution.html


「住まいの科学情報センター」のメインサイトへ