喘息と室内空気汚染


2000年3月21日

 CSN #127

米疾病管理予防センター(CDC)の試算によると、1998年アメリカ合衆国において、約1,730万人の人々が喘息症状を有しています。1980年から1994年にかけて自己申告による喘息の有症率は、75%増加しました。つまり、アメリカの子供たちにおいて喘息は、最も一般的な慢性疾患となっています。またオーストラリア、ニュージーランド、英国では、アメリカ合衆国よりもさらに喘息の有症率が高いと報告されています[1]

2000119日に、アメリカの学術研究会議(NRC)の専門家委員会がClearing the Air: Asthma and Indoor Air Exposuresというタイトルの報告書を発表しました[1]。これは、喘息の増加が室内空気汚染に関連しているかどうかについて調査研究した報告書です。

1996年に国連の専門家委員会が作成した「建材と健康」によると、室内空気質に影響し、健康に影響を及ぼす可能性がある環境因子として、カビ・ダニ・細菌・植物花粉・ペットなどの生物的因子、粒子状物質・たばこの煙・揮発性有機化合物・窒素酸化物・二酸化硫黄などの化学的因子、温湿度・電磁波・ラドン・音振動などの物理的因子を取り上げています[2]

NRCの専門家委員会では、これらの中から喘息に関わる因子として表1の室内空気汚染源を取り上げ、これらの汚染源と喘息との関連性について、これまで報告された研究結果をもとに解析しています。そして、感受性が高い人たちにおける喘息症状悪化との関連性については表2、喘息発症との関連性については、表3に示す結論を導きました。

表1 NRC専門家委員会が取り上げた室内空気汚染源[1]をもとに作成)

因子

汚染源

生物的因子

動物(猫、犬、齧歯動物、牛、馬、飼い慣らされた鳥)、ゴキブリ、イエダニ、エンドトキシン(細菌毒素)、真菌、かび、観葉植物、花粉、感染性因子(ライノウイルス、呼吸器系合胞ウィルス(RSV)、クラミジア・トラコーマ・ウィルス、クラミジア肺炎ウィルス、マイコプラズマ肺炎ウィルス)

化学的因子

二酸化窒素(NO2)、窒素酸化物(NOx)、殺虫剤、オゾン、二酸化硫黄(SO2)、硫黄酸化物(SOx)、可塑剤、揮発性有機化合物(VOC)、ホルムアルデヒド、香り、間接喫煙(ETS)

表2 室内の生物的因子と化学的因子への曝露/感受性が高い人たちにおける喘息症状の悪化の関連性[1]をもとに作成)

カテゴリー

生物的因子

化学的因子

症状悪化の関係を示す十分な証拠がある

猫、ゴキブリ、イエダニ

乳幼児の間接喫煙(ETS)

症状悪化の関連性を示す十分な証拠がある

犬、真菌、カビ、ライノウイルス

二酸化窒素(NO2)、窒素酸化物(NOx)

限定的な証拠がある。

飼い慣らされた鳥、クラミジア肺炎ウィルス、マイコプラズマ肺ウィルス、呼吸器系合胞ウィルス(RSV)

間接喫煙(子供、大人)、ホルムアルデヒド、香り

関連性があるかどうかの証拠が不十分

牛、馬、齧歯動物、クラミジア・トラコーマ、エンドトキシン(細菌毒素)、観葉植物、花粉、ゴキブリ以外の昆虫

殺虫剤、可塑剤、揮発性有機化合物(VOC)

関連性がないという限定的な証拠がある

 

表3 室内の生物的因子と化学的因子への曝露/喘息発症の関連性[1]をもとに作成)

カテゴリー

生物的因子

化学的因子

発症の関係を示す十分な証拠がある

イエダニ

発症の関連性を示す十分な証拠がある

乳幼児の間接喫煙(ETS)

限定的な証拠がある。

ゴキブリ(幼児)、呼吸器系合胞ウィルス(RSV)

関連性があるかどうかの証拠が不十分

猫、牛、馬、犬、飼い慣らされた鳥、齧歯動物、ゴキブリ(幼児以外)、エンドトキシン(細菌毒素)、真菌、カビ、クラミジア肺炎ウィルス、クラミジア・トラコーマ、マイコプラズマ肺ウィルス、観葉植物、花粉

二酸化窒素(NO2)、窒素酸化物(NOx)、殺虫剤、可塑剤、揮発性有機化合物(VOC)、ホルムアルデヒド、香り、間接喫煙(子供、大人)

関連性がないという限定的な証拠がある

ライノウイルス(大人)

表2、表3から明らかなように、NRC専門家委員会は、イエダニへの曝露は感受性が高い人たちの喘息症状悪化や喘息発症と関係している、と結論付けています。また報告書の中で、間接喫煙(ETS)は、乳幼児の喘息発症と関連しており、妊娠期間中の妊婦の喫煙は、産まれてくる子供の喘息発症リスクをより高めると結論付けています。

喘息発症に対しては、ゴキブリ(幼児)や呼吸器系合胞ウィルス(RSV)において限定的な証拠があるとしています。また感受性が高い人たちの喘息症状悪化に対しては、ゴキブリは、症状悪化の関係を示す十分な証拠があるとし、呼吸器系合胞ウィルス(RSV)は限定的な証拠があるとしています。

これら汚染源による室内空気汚染は、大気と室内環境の特性に大きく依存しており、例えば表4ような関係があると報告しています。

表4 汚染源と大気/室内環境特性の関係[1]をもとに作成)

汚染源

大気/室内環境特性

イエダニ

温帯地域や多湿地域では一般家庭の室内で見られ、特に寝室で見られる。

ゴキブリ

温帯地域や多湿地域で繁殖し、都市環境では重要な曝露源であり、食物があるところに見られる。

真菌

至る所に存在し、アレルギー症の人たちにとっては、主要なアレルゲンである。

エンドトキシン
(細菌毒素)

加湿器などに見られることがある。

その他

動物アレルゲン、カビ、間接喫煙(ETS)、燃焼生成物、化学物質への曝露は、室内発生源だけでなく、建物内部への外気の進入も汚染源となる。

 

この報告書においてNRC委員会は、次のように勧告しています[1]

表5 喘息と室内空気汚染に関する勧告[1]をもとに作成)

No

勧告内容

(1)

喘息は、要因が複合した疾患である。多くの研究者がそのメカニズムを解明し、環境や遺伝要因の影響を理解するために、ここ数年間研究を行ってきた。私たちは、喘息の増加が室内空気汚染に原因があるかどうかいまだにわかっていない。また、ある汚染源に対する感受性と、喘息発症との関連性が、いまだによく理解できていない。特に、妊娠期間中における胎児の曝露と、汚染源に最初に曝露した年齢が、過敏症獲得に対して影響するかどうかの研究が特に必要である。

(2)

様々な環境要因の相互作用はとても重要であるが、ほとんど研究が進んでいない。室内環境は、多種の潜在的な汚染源を含んでいる。これまでの研究結果では、個別の汚染源の役割を評価することは難しいので、信頼できる決定を下すのが不可能である。

(3)

貧困者、スラム街や都心の居住者は、喘息の発症率、疾病率、死亡率において影響を受けやすい。公共住宅、賃貸住宅、共同住宅に住んでいる人たちは、カーペット、過剰湿度、殺虫剤散布などの室内環境を簡単には変更できない。そのため今後の研究によって、これらの人々を包含した実行及び一般化可能なプログラムが作成されなければならない。

(4)

喘息に関する科学的知見と健康的な室内環境(例えば、建築物設計、建築工法、原材料、換気、制御方法、室内汚染物への曝露)に関する科学的知見との間にほとんど結びつきがなかった。また喘息において、湿度、換気、汚染濃度など、室内環境を定量化する医学的疫学的知見がほとんど存在しなかった。これらは公衆衛生に潜在的に影響する研究領域である。

(5)

私たち委員会は、医学、公衆衛生学、行動科学、工学、建築家の間で発展的なコミュニケーションが行われ、喘息の原因と汚染源の特定に関する精細な研究が推進されると信じている。これまでもかなりの研究が行われてきたが、さらなる研究が、健康的な室内環境を構築するために必要とされる。

室内空気汚染が原因で喘息患者が増加しているかどうか、まだ明らかになったわけではありません。しかしながら、猫、ゴキブリ、イエダニ、乳幼児の間接喫煙と喘息悪化の関係、イエダニと喘息発症と関係、また、犬、真菌、カビ、二酸化窒素、窒素酸化物と喘息悪化の関連性などが明らかとなっています。

基本的に、私たちの呼吸器系が健康であるためには、汚染がない清浄な空気が必要です。これらの環境因子は、その多くが私たち居住者の生活観に関わるものです。室内を清潔に保つこと、禁煙、換気、外気の汚染に対する注意など、これまで気づかなかったことが室内汚染の原因となっていることが考えられます。居住者である私たち自身が、私たち自身を汚染しないように、生活観を変えていくことも大切だと言えるのではないでしょうか。

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] National Research Council(NRC),Clearing the Air: Asthma and Indoor Air Exposures
213ページの報告書で、米国立科学アカデミープレスのサイトからオンラインで見ることができます。以下のアドレスに入り、OPEN BOOK (READ) をクリックして下さい。
http://books.nap.edu/catalog/9610.html

[2] 東 敏昭, 建材試験情報, Vol. 33, No. 3, 911-15, 1997,室内環境汚染物質について
(表の引用:Crowether, D.; Buildings and Health, Ph. D. Thesis, University of Cambridge, UK, 1994


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