ベンゼンによる室内空気汚染
2000年3月28日
CSN #128
ベンゼンは、国際がん研究機関(IARC)の分類において、グループ1(人に対して発がん性を示す)に分類されています。低濃度であっても長時間の曝露では、造血系障害、再生不良性貧血を引き起こし、骨髄に作用する代表的な化学物質です。そして、白血病リスクの増加に関連していると報告されています[1]。
ベンゼンは、たばこの煙にも含まれています。最近の研究では、白血病による死亡者全体の8- 48%、急性骨髄性白血病(AML)による死亡者の12- 58%は、喫煙が関与していると報告されており、その傾向は喫煙本数が多いほど強く示されています[1]。
ベンゼンは、環境庁によって1996年12月、表1に示す健康リスクが高いと考えられる22の優先取組物質の1つとして選定され、1997年2月に大気中での環境基準値が定められました。定められたベンゼンの環境基準値は、年平均で0.003mg/m3(3μg/m3)以下であり、同時に定められたトリクロロエチレン及びテトラクロロエチレン0.2mg/m3以下と比べ、低い環境基準値となっています[2]。
表1 環境庁が選定した優先取り組み物質([2]をもとに作成)
アクリロニトリル |
テトラクロロエチレン |
アセトアルデヒド |
トリクロロエチレン |
塩化ビニルモノマー |
ニッケル化合物 |
クロロホルム |
ヒ素及びその化合物 |
クロロメチルメチルエーテル |
1,3−ブタジエン |
酸化エチレン |
ベリリウム及びその化合物 |
1,2−ジクロロエタン |
ベンゼン |
ジクロロメタン |
ベンゾ[a]ピレン |
水銀及びその化合物 |
ホルムアルデヒド |
タルク(アスベスト様繊維を含むもの) |
マンガン及びその化合物 |
ダイオキシン類 |
六価クロム化合物 |
また、環境庁が行ったモニタリング調査によると、1996年度では11地点のうち8地点、1997年度では53地点中26地点について環境基準値を超過していました[2][3]。
ベンゼンの主な排出源は、自動車の排気ガスと考えられています。1996年度に環境庁は、自動車の排気ガスに含まれると考えられる5物質(アセトアルデヒド、1,3-ブタジエン、ベンゼン、ホルムアルデヒド、ベンゾ[a]ピレン)について、自動車交通量の多い全国6ヶ所の道路の沿道と、その後背地における大気中濃度を調査しました。その中から、大気中におけるベンゼンの濃度を図1に示します[3]。図1か明らかなように、道路沿道におけるベンゼン濃度は、後背地と比較して高い水準にあることがわかります。
このように、自動車の排気ガスが主な排出源とされるベンゼンは、屋外大気中で問題とされてきましたが、室内空気汚染にも密接に関わっている可能性が、2000年3月9日に発行された英科学誌ネイチャーにおいて、ヨーロッパの研究者が報告しました[4]。
この研究者らは、南北ヨーロッパ6カ国の主要都市で、300人のボランティアの人たちに対して、月曜日から金曜日までの日々のベンゼン曝露量を調べました。そして大気中と住宅室内におけるベンゼン濃度と比較しました。その結果を図2に示します。
*アントワープ(ベルギー)、アテネ(ギリシャ)、コペンハーゲン(デンマーク)、ムルシア(スペイン)、パデゥア(イタリア)、ルーアン(フランス)
図2に示すように、ベルギー、デンマーク、フランスなどの北欧の都市では、町中のベンゼン濃度が低くなっています。研究者らは、町中の風速との関係を示し、これら北欧の町では風速が高いため、町中のベンゼン濃度が低くなっている可能性を示しています。しかしながら、これらの都市の住宅室内は、町中よりもベンゼン濃度が高くなっています。
世界保健機関(WHO)が1999年12月10日に発表した「空気質に関するガイドライン:Guidelines For Air Quality」[5]によると、1 μg/m3濃度のベンゼンに一生涯曝露すると、百万人のうち4.4- 7.5人が癌で死亡すると設定されています。しかし図2によると、これらの都市の人たちは、さらに高い濃度に曝露しています。
また図2では、町中の濃度、住宅室内の濃度、個人曝露濃度に関連性がみられません。通常、国や地方自治体が行っている大気汚染物質のモニタリングは、町中の濃度を測定しています。図2の結果は、町中の濃度を観測するだけでは、個人の健康リスクが判断できないことを示しています。
次に研究者らは、ベルギー、デンマーク、フランスなどの北欧の都市では、住宅室内の方が町中よりもベンゼン濃度が高い結果が得られたことについて、住環境の違いが関与していると考察しています。
研究者らの考察によると、北ヨーロッパの家庭で好まれる、皮をはいだ松材の壁と、じゅうたんを敷いた床はベンゼンを吸着するが、スペインやギリシャ、イタリアでは欠かせない、タイル、大理石、むき出しの壁は、ベンゼンの吸着が少ない。そのため、住宅室内の汚染濃度が低く保たれていると述べています。
この考察については、データによる裏付けがないため確証できません。しかしながら、壁材や床材に用いられる建材の材質によって、化学物質の吸着量や、吸着後の脱着量は異なると考えられます。このような材質ごとの吸着/脱着のメカニズムを把握することは、室内発生源を特定するためにとても重要な課題です。
環境基準値を上回るベンゼンによる大気汚染問題を解消するための方策の1つとして、自動車排気ガス対策を行わなければならないことは言うまでもありません。また、室内空気汚染問題においては、屋外大気中の化学物質が進入し、室内を汚染している可能性があること、それには内装材の種類が影響する可能性があることなどを理解し、対策を考えていくことも必要です。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] Jeffrey E.
Korte et al., Environmental Health Perspectives,
Vol. 108, No. 4, pp333-339,
April 2000
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2000/108p333-339korte/abstract.html
“The Contribution
of Benzene to Smoking-Induced Leukemia”
[2] 平成11年度環境白書
http://www.eic.or.jp/eanet/hakusyo/1999/mokuji.htm
[3] 平成10年度環境白書
http://www.eic.or.jp/eanet/hakusyo/1998/mokuji.htm
[4] Vincenzo
cocheo et al., Nature,
Vol. 404, pp141-142, March 2000
“Urban benzene and
population exposure”
[5] World Health
Organization (WHO), Geneva , Air quality guidelines, December 10. 1999
http://www.who.int/peh/air/Airqualitygd.htm