WHO欧州事務局による空気質ガイドライン第2版
2001年3月5日
CSN #176
WHO欧州事務局は、欧米での研究結果をもとに、1987年に初めて27の化学物質に対して、「欧州空気質ガイドライン:Air Quality Guidelines for Europe」を発表しました[1]。そしてその後、最新の研究報告とリスクアセスメント手法をもとに、国際化学物質安全性計画(International Programme on Chemical Safety: IPCS)及び欧州委員会(EC)と共同で再評価を行い、ガイドラインを設定すべき35の化学物質を選定しました。そして2001年1月26日に第2版として、「Air Quality Guidelines for Europe 2nd edition」を発表しました[2]。
これらの化学物質は、次に示す基準をもと選定されました。
1) 排出源という観点において、広範囲に問題を引き起こしている化合物
2) 個人曝露のポテンシャルが大きい化合物
3) 健康及び環境影響に関する新しいデータが明らかになっている化合物
4) モニタリングが実現可能となった化合物
5) 大気中濃度の上昇傾向が明確である化合物
欧州空気質ガイドライン第2版は、発がん性、不快感などの健康影響に応じて分類されています。このガイドラインは、大気中及び室内空気のどちらにも適用されます。表1には、発がん性・臭気・不快感以外の健康影響に基づく空気質ガイドラインを示します。また、欧州空気質ガイドライン第2版では、一般毒性より低い濃度で強い臭気を発する化学物質に対しては、悪臭から大衆を保護する目的でガイドラインを設定しています。表2に感覚影響や不快感に基づく空気質ガイドラインを示します。また、表3には人の研究に基づいて設定された発がんリスクを示します。
発がん性に対しては、どのような低い濃度であっても発がんリスクは存在するという考え(閾値が存在しない)に基づいているため、ガイドラインは設定されていません。その代わりに、ユニットリスク(UR)値という考えを導入し、ある濃度で一生涯曝露した場合における発がんリスクを計算で求めています。
表1 発がん性・臭気・不快感以外の健康影響に基づく工業化学物質の空気質ガイドライン([2]をもとに作成)
化学物質 |
ガイドライン値 |
平均曝露時間 |
カドミウム(Cd) |
0.005 a) |
1年間 |
二硫化炭素 b) |
100 |
24時間 |
一酸化炭素 |
100,000 c) |
15 分 |
60,000 c) |
30 分 |
|
30,000 c) |
1 時間 |
|
10,000 |
8 時間 |
|
1,2-ジクロロエタン b) |
700 |
24時間 |
ジクロロメタン |
3,000 |
24時間 |
450 |
1週間 |
|
フッ化物 d) |
− |
− |
ホルムアルデヒド |
100 |
30分 |
硫化水素 b) |
150 |
24時間 |
鉛(Pb) |
0.5 |
1年間 |
マンガン(Mn) |
0.15 |
1年間 |
無機水銀(Hg) |
1 |
1年間 |
二酸化窒素(NO2) |
200 |
1時間 |
40 |
1年間 |
|
オゾン |
120 |
8 時間 |
浮遊粒子状物質(SPM) e) |
用量/応答 |
− |
白金(Pt) f) |
− |
− |
ポリ塩化ビフェニール(PCBs) |
大気からの摂取が少ないため、ガイドラインが設定されていない |
|
ダイオキシン類(PCDDs/PCDFs) |
||
スチレン |
260 |
1週間 |
二酸化硫黄 |
500 |
10分 |
125 |
24時間 |
|
50 |
1年間 |
|
テロラクロロエチレン |
250 |
1年間 |
トルエン |
260 |
1週間 |
バナジウム(V) b) |
1 |
24時間 |
a) 日常摂取が増加する可能性のある農業用地においてカドミウム汚染の増加を防止するため
b) 第2版では再評価されていない
c) これらの濃度での曝露はここに示す曝露時間を超えてはならない、そして8時間の間に繰り返されるべきではない。
d) 大気中に存在した結果として、大気以外の経路で重要な曝露をもたらす(食物や水など)という証拠がないので、ガイドラインは1μg/m3以下の濃度と認識されている。そしてその濃度は食物や家畜を保護するために必要で、人の健康保護するにも十分であろう。
e) 短期及び長期曝露影響の有用なデータがなく、ガイドラインが設定されていない
f) 一般市民が大気中において、労働環境で影響がみられる濃度よりも低い濃度で曝露する可能性はほとんどない。そのため科学的知見に基づくガイドラインは設定されてこなかった。
表2 30分平均値での感覚影響や不快感に基づく空気質ガイドライン([2]をもとに作成)
化学物質 |
検知閾値 |
認識閾値 |
ガイドライン |
二硫化炭素 a) |
200 |
− |
20 |
硫化水素 a) |
0.2- 2.0 |
0.6- 6.0 |
7 |
ホルムアルデヒド |
30- 600 |
− |
100 |
スチレン |
70 |
210- 280 |
70 |
テトラクロロエチレン |
8,000 |
24,000- 32,000 |
8,000 |
トルエン |
1,000 |
10,000 |
1,000 |
a) 第2版では再評価されていない
表3 人の研究に基づいた発がんリスク([2]をもとに作成)
UR値:ある濃度で一生涯曝露した場合の発がんリスクを示す。
例)ベンゼン:1μg/m3の濃度に一生涯曝露すると、百万人のうち6人発がんする。
化学物質 |
IARC c) |
UR値 |
発がん部位 |
アクリロニトリル a) |
2A |
2 x 10-5 |
肺 |
ヒ素(As) |
1 |
1.5 x 10-3 |
肺 |
ベンゼン |
1 |
6 x 10-6 |
白血病 |
ブタジエン |
2A |
− |
多部位 |
6価クロム(Cr) |
1 |
4 x 10-2 |
肺 |
ニッケル(Ni)化合物 |
1 |
4 x 10-4 |
肺 |
多環芳香族炭化水素PAHs (BaP: ベンゾ-a-ピレン) b) |
1 |
9 x 10-2 |
肺 |
耐火セラミックファイバー |
2B |
1 x 10-6 (fibre/l)-1 |
肺 |
トリクロロエチレン |
2A |
4.3 x 10-7 |
肺、精巣 |
塩化ビニル a) |
1 |
1 x 10-6 |
肝臓、その他 |
a) 第2版では再評価されていない
b) ベンゾ-a-ピレンとしての評価値
c) IARC(WHO国際がん研究機関)の発癌性分類
1:ヒトに対して発癌性を示す
2A:ヒトに対しておそらく発癌性を示す
2B:ヒトに対して発癌性を示す可能性がある
3:ヒトに対する発癌性について分類できない
アスベスト及びラドンとその娘核種に対しては、物理的性質が表3に示す化学物質と異なることや、発がんリスクが範囲で示されることから、別途ガイドラインが設定されています。
表4 アスベストによる生涯発がんリスク([2]をもとに作成)
濃度 |
生涯発がんリスク |
発がん部位 |
500 F*/m3 (0.0005 F/ml) |
10-6 - 10-5 |
30%が喫煙者である集団における肺がん |
10-5 - 10-4 |
中皮腫 |
F*:光学的方法で測定された繊維数
表5 ラドンとその娘核種による生涯肺がんリスク([2]をもとに作成)
曝露レベル |
生涯肺がんリスク |
建物で改善措置が必要な勧告値 |
1 Bq/m3 |
3- 6 x 10-5 |
年間平均100 Bq/m3以上 |
欧州空気質ガイドライン第2版によると、欧州の一般的な家屋の平均室内ラドン濃度は、50 Bq/m3であり、それによる生涯肺がんリスクは、1.5- 3 x 10-3となります。つまり、1,500人から3,000人に1人が肺がんリスクを有することを意味します。そのため欧州では、一般の人々に対する影響が懸念されています。ただし大気中のラドン濃度が10 Bq/m3なので、それを加味すると、生涯発がんリスクは、1 x 10-4(10,000人のうち1人)より低くなると概説されています。
欧州空気質ガイドライン第2版では、人の健康影響だけでなく、空気中の汚染物質が陸生植物に与える影響についても評価しています。そして人へ健康影響が生じる濃度よりも低い濃度で陸生植物に対する影響を生じる化学物質に対して、ガイドラインを設定しています。このような観点からのガイドラインは、今回発表された第2版が最初の試みとなります。表6にその概要を示します。
表6 陸生植物への影響に基づく工業化学物質のガイドライン([2]をもとに作成)
化学物質 |
ガイドライン値
|
平均曝露時間 |
|
二酸化硫黄 |
臨界レベル |
10-30 μg/m3 |
1年間 |
臨界荷重 |
250-1,500 eq/ha/年 |
1年間 |
|
窒素酸化物 |
臨界レベル |
30 μg/m3 |
1年間 |
臨界荷重 |
5-35 N/ha/年 |
1年間 |
|
オゾン a) |
臨界レベル |
0.2-10 ppm.h |
5日- 6ヶ月 |
a) 40ppbの閾値を超えた蓄積曝露
*臨界レベルは植物の種類、臨界荷重は土壌やエコシステムの種類によって変化する。
1987年にWHO欧州事務局によって発表された「欧州空気質ガイドライン:Air Quality Guidelines for Europe」[1]は、1997年12月にスイスのジュネーブで行われた専門家会合において、世界レベルで適用できるように拡大され、空気質評価とコントロールの問題が詳細に検討されました。そして専門家会合の審議を経て、1999年12月に「WHO空気質ガイドライン:Guidelines for Air Quality」として発表されました[3]。
本報で紹介した「欧州空気質ガイドライン第2版:Air Quality Guidelines for Europe 2nd edition」は、多くの化学物質において同じガイドライン値が用いられていますが、「WHO空気質ガイドライン:Guidelines for Air Quality」とは異なるものです。WHO欧州事務局が、欧州を対象として設定した1987年の「欧州空気質ガイドライン:Air Quality Guidelines for Europe」の改訂版です。ただしいずれにしても、公衆衛生を守る目的であることに変わりありません。
Author: Kenichi Azuma
<参考文献>
[1] Air Quality Guidelines for Europe. Copenhagen, WHO Regional Office for Europe, 1987 (WHO Regional Publication, Europeans Series, No. 23)
[2] Air Quality
Guidelines for Europe 2nd edition. Copenhagen, WHO Regional Office for Europe, 2000 (WHO Regional Publication,
Europeans Series, No. 91)
http://www.who.dk/
[3] World Health
Organization (WHO), Geneva, Air Quality Guidelines, December 10, 1999
http://www.who.int/peh/air/Airqualitygd.htm