ラドンによる室内空気汚染
1999年5月26日
CSN #056
欧州公衆衛生誌 (EJPH)Vol.9に、アイルランドでラドン濃度が高い住宅で生活していた世帯主に対して、室内空気汚染源としてのラドンに対するインタビュー調査を行ったショートレポートが発表されています。
<情報源>
欧州公衆衛生誌: The European Journal of Public Health, Volume 9, Issue 1, pp. 62-64 (1999)
URL: http://www.oup.co.uk/eurpub/hdb/Volume_09/Issue_01/090062.sgm.abs.html
<研究者及び研究機関>
D Ryan and CC Kelleher1
アイルランド国立大学、健康増進局、臨床科学研究所
Department of Health Promotion, Clinical Sciences Institute, National University of Ireland, Galway, Ireland,
e-mail: cecily.kelleher@nuigalway.ie
<要約>
アイルランドの住宅の多くは、受け入れ困難なほどラドン濃度が高い。そこで、200 Bq/m3(ベクレル/m3)以上のラドン濃度住宅に居住している都会の世帯主に対して調査を行った。全体の内10%の人々にインタビュー調査を行い、233人中141人(61%)から回答があった。その中でラドン濃度を正確に覚えているのは43%だった。
調査に答えた世帯主のうち、74%がどうすべきかの助言を要求した。そして、そのうち9%はラドン濃度軽減専門業者に相談し、6%は家屋を改善したとのこと。
何も行動を起こさなかった人々のうち41%は単に優柔不断なだけだった。また、29%はお金がないと言う理由であった。健康リスクに関する平均知識は12項目中9.48項目であった。インタビューを受けた人々は住宅内における人体への影響を心配していた。
つまり、ラドン濃度が高いにもかかわらず、どうして良いのかわからない人が現実には多い。結論としては、ラドン濃度軽減方法についてサポートが必要ということである。
この報告で重要な点は2つある。1つはラドン濃度が高い住宅がアイルランドには多いこと、もう1つはラドン濃度が高いにも関わらず、行動を起こせないでいる人々が多いということである。ここで、住宅室内のラドンについて少しまとめてみましたので、ご参考下さい。
<ラドンとは>
ラドン(ラジウム226の娘核種)は室内空気汚染源の1つに挙げられている化学物質で、自然界に存在する自然放射性核種のーつです。気体なので常に表面から大気中に放出されており、その濃度は屋外大気中で1立方メートル中に約5ベクレル(5Bq/m3)程度と言われています。土壌、岩石等の中で生成され、空気中に存在するので家屋の窓や扉を閉め切っておくと、ラドン濃度が高くなります。
注)放射性崩壊において、放射性核種Aが崩壊して核種Bに変化する時、BをAの娘核種といいます。
伝統的な日本の木造住宅は、欧米の家屋に比べてラドン濃度は低く問題にならなかったのですが、最近の住宅はアルミサッシの普及などにより気密性が高くなっています。また、省エネルギー対策でさらに気密性の高い住宅が開発されています。そのため、住宅の敷地の地下土壌や、建材(コンクリート、石、土など)などの建築材料から放出され、室内に滞留するラドン濃度は通常屋外の約数倍から多いところでは数十倍高くなっていると言われています。そのため、日本の住宅のラドン濃度も欧米なみに高くなってきていると言われています。
屋内空気中の世界平均値:40Bq/m3(1988年国連科学委員会報告書)
(参考)各国の屋内ラドン濃度(1982年 国連科学委員会報告)
出典:文部省 高エネルギー加速器研究機構
URL: http://ccis1.kek.jp/info/kurashi/kurashi25.html
国名 |
ラドン濃度ベクレル/m3* |
実効線量当量率*** ミリシーベルト/年** |
オーストリア |
12.0 |
0.73 |
カナダ |
17.0 |
1.0 |
デンマーク |
4.8 |
0.3 |
フィンランド |
17.0 |
1.0 |
西ドイツ |
8.1 |
0.5 |
ハンガリー |
20−120 |
1.2−7.3 |
ノルウェー |
11−26 |
0.7−1.6 |
ポーランド |
6−17 |
0.4−1.0 |
スウェーデン |
60.0 |
3.7 |
イギリス |
13−15 |
0.8−0.9 |
アメリカ |
15.0 |
0.9 |
ソ連 |
4.8−16 |
0.3−1.0 |
数カ国 |
18.0 |
1.1 |
* 1ベルレル = 27ピコキュリー、** 1ミリシーベルト = 100ミリレム
*** 肺の線量に荷重係数0.12を乗じて全身と等価にした値
<ラドンの人体への影響>
高濃度のラドンを含んだ空気を吸収した場合、その娘核種が気管支の分岐点や肺の内部に付着して、そこで壊変しながらα線(放射線)を放出することから、肺癌を引き起こす可能性があるといわれています。ただし自然の屋外濃度(5レベル程度)ではほとんど問題はないと言われています。
<住居内ラドン濃度に関する規定>
1)ICRP(国際放射線防護委員会)勧告
Radiological Protection Bulletin, No.204, August 1998
URL: http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jarap/nrpb_204.html(放射線防護問題協議会)
−ラドン濃度の住居内における対策レベル−
200 Bq/m3−600 Bq/m3 (ICRP勧告)の範囲内
参考)このサイトには、英国でラドン濃度が最も高いイングランド南西部における住居内ラドン濃度と人体への影響(肺癌など)に関する研究報告が紹介されているのでご参考下さい。
2)英国での対策レベル
住居内のラドン対策レベル:200Bq/m3
地域における住居内ラドン濃度が200Bq/m3以上である住宅が1%以上ある場合、ラドン影響地域とみなされる。
英国放射線防護庁(NRPB)が1998年6月に発刊したウェールズ全域に対するラドン影響地域の報告によると、ウェールズにおける住居内ラドン濃度平均値は20 Bq/m3 である(英国の他地域と同様)。しかし、ウェールズ人口の1/3弱がラドン影響地域に住んでいる。ラドン濃度が対策レベルを超えている場合は、改善策をとるよう勧告している。
3)1988年国連科学委員会報告書国連によるラドン濃度対策レベル(ICRP Pub39)
400(Bq/m3)以上
(参考)1988年国連科学委員会報告書
ラドン線量換算係数
屋内:4(nSv/時)/(Bq/m3)=0.035(mSv/年)/(Bq/m3)
屋外:8(nSv/時)/(Bq/m3)=0.07(mSv/年)/(Bq/m3)
ICRP勧告や英国の対策レベルを考慮すると、住居内ラドン濃度が200Bq/m3以上であれば、対策を考える必要があると言えます。最近の日本の住宅は、省エネルギー対策により気密性がより一層向上しています。気密性の向上は、ホルムアルデヒドや有機溶剤などの他の揮発性化学物質においても憂慮すべき問題であり、これからは室内空気汚染物質濃度を可能な限り削減した居住環境の開発が望まれます。