男児出生比率の減少と環境因子


2000年5月1日

CSN #133

欧米の国々では最近20年間で、男児出生比率(男児出生数/男女出生総数)が少しずつ減少していると報告されています。このような傾向が報告されている国々は、アメリカ、カナダ、英国、フィンランド、デンマーク、スウェーデン、オランダ、ドイツ、チリ、アルゼンチン、ブラジル、ボリビア、ペルー、パラグアイ、エクアドル、ベネズエラ、コロンビア、コスタリカ、日本です[1][2]。この20年間でアメリカでは0.515から0.513、カナダでは0.513から0.512へと男児出生比率が低下しました。また日本では1950年より少しずつ上昇し、1970年の0.517から1998年の0.513と減少しました[3][4] 

このような男児出生比率の減少は、環境化学物質への曝露、社会環境の変化など様々な要因が考えられています。例えば、1976年にイタリアのセベソで発生したダイオキシン汚染事故では、1977年から1984年までに、ダイオキシン汚染が最も高かった地域で産まれた74人の子供のうち、男児はたったの26人、つまり男児出生比率は、わずか0.351でした。また1985年以降の男児出生比率は、正常値へと回復し始めています。 

日本で熊本県の水俣市を中心とする地域の住民に発症したメチル水銀汚染による健康障害、いわゆる水俣病では、化学工場から排出されたメチル水銀に汚染された魚介類を多量に摂取した住民を調査した結果、図1のような男児出生比率の変化が観察されました[5] 

また鹿児島県において1968年から1987年まで男児出生比率を調査したところ、40歳以上の高齢者出産比率、飲料水中のナトリウムイオン(Na+)濃度、塩素イオン(Cl-)濃度、四酸化硫黄イオン(SO4-)濃度が高いほど男児出生比率が低いという調査結果が示されました[6] 

これらの調査報告は、汚染が明らかな特定の地域、あるいは戦後の短期間における男児出生比率を解析しています。199910月号のアメリカ科学雑誌「環境衛生展望:Environmental Health Perspectives (EHP)」において、フィンランド国立公衆衛生研究所 環境衛生部のTerttu Vartiainenらは、フィンランドにおける1751年から1997年までの男児出生比率を解析しました。その中から1865年から1997年までを10年ごとにまとめた男児出生比率を図2に示します[2]

図2から明らかなように、1920年頃までは男児出生比率が増加しています。また、第一次世界大戦(1914年勃発)と第二次世界大戦(1941年勃発)の時期に男児出生比率がピークに達し、その後減少しています。Terttu Vartiainenらは1990年から1997年において、両親の年齢や年齢差、出生数などの家族状況と、男児出生比率の関連性を解析した結果、それらの要因との関連性は認められませんでした。 

フィンランドにおいて男児出生比率がピークに達して減少傾向へと変化した時期は、工業化、農薬やホルモン薬を使い始めた時期の直前にあたります。フィンランドでは1980年に国内の農薬使用量がピークに達しており、ホルモン薬は1900年代に入ってから使われ始めました。1961年に避妊薬のピルが登録され、1960年代に広く一般の人々に使われるようになりました。経口排卵誘発剤であるクロミフェンは1965年に登録され、不妊治療に使われるようになりました[2] 

茨城県における市町村別男児出生比率を解析した報告では、霞ヶ浦や利根川河口域周辺の市町村で男児出生比率が減少しています。この要因については様々な環境因子を考えねばなりませんが、この水域の農薬などによる環境汚染や、この地域におけるごみ焼却施設との関連性について心配されています[3] 

戦後の化学産業の発達とともに、農薬やホルモン薬などの化学物質の使用が増加したことによって、男児出生比率が減少したという確かな証拠はありません。出産の高齢化、少子化、ストレス、喫煙、騒音振動など様々な環境要因や社会的要因を考慮しなければなりません。しかし、環境ホルモン問題が警鐘した「メス化する自然」が、人間社会においても実際に起こっているのではないかと考えられます。またこれは、特定の地域に現れている可能性があります。今後詳細に調査し、どうすべきか考える必要があると思われます。

Author:東 賢一 

<参考文献>

[1] Peter Montague, Rachel’s Environment & Health Weekly #594, April 16, 1998
“Missing Boys”

[2] Terttu Vartiainen et al., Environmental Health Perspectives, Vol. 107, No. 10, October 1999
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107-10/toc.html
“Environmental Chemicals and Changes in Sex Ratio: Analysis Over 250 Years in Finland”

[3] 水野玲子, 科学, Vol. 70, No. 2, pp113- 118, 2000
霞ヶ浦流域と利根川河口地域における男児出生比率の低下 

[4] 厚生省人口動態統計 

[5] 坂本峰至 et al., 日衛誌, Vol. 54, No. 01, pp130, April 1999
メチル水銀汚染は水俣における出生性比に影響を及ぼしたのか 

[6] 柳橋次雄, 民族衛生, Vol. 56, No. 4, pp189-198, 1990
出生性比に対する関連要因の研究 鹿児島県の場合


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