子供の農薬への曝露と安全性


2000年5月8日

CSN #134

私たちが住む地球は、大気、水、大陸を通じてつながっています。環境汚染は、局地的な環境汚染から、地球規模への影響を考慮した環境汚染まで考えなければなりません。ワシントン大学の研究者らによると、東アジアの大気汚染は、北米西部の大気にまで明らかな影響を与え始めていると述べています[1]。また、ワシントンのマウント・レイニアー・国立公園(Washington's Mount Rainier National Park)の大気には、シアトルや周辺都市から侵入してくる工場や自動車の排出ガスが原因と思われる高濃度のオゾンを含んでいると報告されています[1]。また、アメリカの五大湖周辺を汚染したポリ塩化ビフェニール(PCBs)が、北極海に棲息するホッキョクグマにまで到達している可能性が疑われています[2] 

このように越境移動による環境汚染を引き起こす代表的な化学物質として、残留性有機汚染物質(POPs)があります。国連環境計画(UNEP)が対象としている12POPsのうち、9つが有機塩素系農薬です。しかし有機塩素系農薬のほとんどは、その毒性から現在ではほとんど使われなくなりました。そして有機塩素系農薬にかわる農薬の1つとして、有機リン系農薬が使用されています。 

有機リン系農薬は、神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素アセチルコリンエステラーゼを阻害することによって、昆虫やヒトを含む哺乳動物に対して毒性を示します。アセチルコリンエステラーゼ阻害による中毒症状は、中枢神経系、気道・胃腸・泌尿器系、外分泌腺系、心血管系、眼症状など様々な症状があります。徳島大学の研究によると、有機リン系農薬の使用量の増加とともに、小中学生の男女の近視罹患率が有意に増加したことが示されています[3] 

ワシントン大学の研究者らによる最近の研究によると、農業地域に住んでいる子供の体内から、アメリカ連邦政府の基準値をはるかに越えた有機リン系農薬が検出されたと発表しました[4]。研究者らは、春から夏にかけて農薬を散布する期間中に、ワシントン州のダグラス(Douglas)やシェラン(Chelan)地域に住んでいる子供たちの尿を検査しました。この地域で最も大量に使用されている農薬は、リンゴ果樹園で使用されるアジンホスメチルとホスメット(日本でも果樹用に使用)の2つの有機リン系農薬です。表1にその結果の概要を示します。 

表1 アメリカ連邦政府の基準値以上の農薬が検出された子供の割合[4]をもとに作成)

項目

アメリカ連邦政府の基準値以上の農薬が検出された割合

アジンホスメチル

ホスメット

農業従事者

56%

5%

非農業従事者

44%

0%

調査した子供たちは、リンゴ果樹園から1/4マイル(約400メートル)以上離れた地域に住んでいました。研究者の1人であるワシントン大学 公衆衛生社会医学校のRichard Fenske教授は、子供たちは直接農薬に曝露した、あるいは作物に残留した農薬を摂取して曝露したのだろうと述べています[4]。この研究結果は、アメリカ政府が発行する環境科学雑誌「環境衛生展望:Environmental Health Perspectives」6月号に掲載される予定です。 

アジンホスメチルは、コリンエステラーゼ阻害剤として神経系に影響を与えることがあり、影響は長期的に蓄積される可能性があります。特に青少年や小児への曝露は避けなければならないと言われています。ホスメットは、アジンホスメチルよりも毒性が低いが同様の作用を生じる可能性があり、アジンホスメチルと同様に青少年や小児への曝露は避けなければならないと言われています[5] 

これらの農薬が子供たちに将来どのような影響を与えるのかわかりません。しかし、子供たちが長期にわたり曝露する量と、それによる健康影響を判断することは非常に困難です。本来農薬を使用する目的は、栽培する農作物を害虫や病気から守り、生産性を高めるためです。散布する農薬が周辺地域に住む子供たちに影響を与えることがあってはなりません。私たちが農薬を使用するようになってから数十年経過しています。農薬を使うことで農作物の生産性を高めることはできても、農薬を安全に使用することに関しては、十分に技術が確立されているとは言えないのではないでしょうか。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] US HEALTH NEWS, Vol. 127, 28 April 2000
http://www.earthpure.com/articles/others112.html
“International Pollution” 

[2] Theo Colborn et al., OUR STOLEN FUTURE, 1997 

[3] 植村振作et al., 農薬毒性の事典, 三省堂, 1988 

[4] Walter Neary, EurekAlert! News Release, 24 April 2000
http://www.eurekalert.org/releases/uwas-sfc042400.html
Study finds children are exposed to pesticides

[5] 国際化学物質安全性カード(ICSC)、国立医薬品食品衛生研究所 化学物質情報部
http://www.nihs.go.jp/ICSC/


「住まいの科学情報センター」のメインサイトへ