室内有害化学物質ランキング

−アメリカ環境保護庁−


200157

CSN #185

住宅、学校、公共施設、オフィスなどの建物の室内は、私たちが多くの時間を過ごす大切な環境です。例えば現代の日本人の場合、日常生活空間の90%が室内であることが確認されています[1]。昨今、その室内環境の空気汚染が問題となっており、ビル関連疾患(BRI)、シックビルディング症候群(SBS)、タイト(高気密化)ビルディング症候群、シックハウス症候群などの健康影響問題として取り上げられています。これらの室内空気汚染の重要な原因として、建物に使用される建築材料、家具、家庭用品、殺虫剤などから放散される化学物質が取り上げられており、多くの建物では、室外よりも室内から多種類の化学物質が高い濃度で検出されています[2]

これらのことから日本の厚生労働省は、化学物質の室内濃度指針値を順次策定し、住宅、建材、接着剤、塗料などの関連業界がそれに応じた対策を実施・検討しています。

室内で検出される化学物質は数千種類以上にもなりますが、これらの問題を考える場合、室内で検出される化学物質が私たちの健康に影響を及ぼすリスクの順位付けが非常に重要です。数千種類の全ての化学物質に対して室内濃度指針値を設定するには大変な時間と労力がかかるため、リスクの順位付けを行い、リスクの高い化学物質から室内濃度指針値を策定し、しかるべき対策を行っていく必要があるからです。

200012月に、そのような観点から検討した報告書が、アメリカ環境保護庁(USEPA、以下EPA)から「Ranking Air Toxics Indoors:室内有害化学物質ランキング」として発表されました[3]。この報告書では、次の3つのステップでランキングを行っています。

 

Step1.室内の代表的な汚染物質濃度の決定

Building Assessment Survey and Evaluation (BASE)National Association of Energy Service Companies (NAESCO) studySchool Intervention Studies (SIS)など、これまでEPAによってアメリカで行われた研究報告や、EPAが選定した過去の8つの文献など、主に1990年代全般を通じて測定された報告書をもとに、室内濃度を統計的に解析し、算術平均値、95パーセンタイルなどの上限値を算出しています。また、それらの室内と室外の濃度差も算出しています。室内と室外の濃度差からは、どちらが汚染源に関与しているかが推定できます。これらの報告から算出された化学物質は、112種類となっています。

 

Step2.リスクベース濃度の決定

「総合リスク情報システム:Integrated Risk Information System (IRIS)」、「EPA健康影響評価要約表:EPA Health Assessment Summary Table (HEAST)」、「全米諮問委員会急性曝露ガイドラインレベル:National Advisory Committee (NAC) Acute Exposure Guideline Level (AEGL)」、「毒物疾病登録機関(ATSDR)の最小リスクレベル(MRL)Agency for Toxic Substances and Disease Registry (ATSDR) Minimum Risk Level (MRL)」、カリフォルニア環境保護庁、アメリカ産業衛生協会(AIHA)、国立労働安全衛生研究所(NIOSH)などの、規定の「技術サポートドキュメント:Technical Support Document: TSD」にある健康ベースの曝露基準値やガイドラインを用いて、Step1で用いた汚染物質のリスクベース濃度(RBCs)を算出しています。またRBCsは、急性毒性、発がん性などの慢性毒性ごとに算出しています。

*一般的に発がん性リスクは、10万分の1や百万分の1が用いられ、その確率の時の濃度が指針値やガイドラインの算出ベースとして用いられます。この報告書の慢性RBCsケース2では、よりリスクの高い1万分の1も用いています。

 

Spep3.リスクランキング比率の算定

Step2で算出したRBCsStep1で算出した室内濃度値の比率に基づき、リスクランキング比率が決定されています。リスクランキング比率が大きいほど、室内濃度値がRBCsに対して高く、リスクが大きいと言えます。表1には算出したリスクランキング値と略号、表2には各化学物質のRBCsを示し(代表的な化学物質のみを抜粋)、図1から図6までに、表1に示す6種類のランキング値に対する上位15種類の化学物質のランキング比率を示します。

リスクランキング比率=室内濃度値(Step1)RBCs(Step2)

 

表1 算出したランキング値と略号[3]をもとに作成)

ランキング値の種類

略号

室内上限値/急性RBCs

IA

(室内上限値―室外上限値)/急性RBCs

IOA

室内平均値/慢性RBCsケース1

IC1

室内平均値/慢性RBCsケース2

IC2

(室内平均値―室外平均値)/慢性RBCsケース1

IOC1

(室内平均値―室外平均値)/慢性RBCsケース2

IOC2

*室内上限値は95パーセンタイル値。95パーセンタイル値が使えない場合は、最大値か90パーセンタイル値を用いている。

 

表2 各化学物質のRBCs[3]をもとに作成)

化学物質名

IARC

急性RBCs
mg/m

慢性RBCs
ケース1
mg/m

慢性RBCs
ケース2
mg/m

エチルベンゼン

350

1.0

1.0

スチレン

2B

210

1.0

1.0

1,4-ジクロロベンゼン

2B

90

9.1E-5

9.1E-3

トルエン

3

190

0.4

0.4

フェノール

3

38

0.6

0.6

ノルマルヘキサン

390

0.2

0.2

オクタン

470

n-ノナン

n-ウンデカン

n-ドデカン

-2-エチルヘキシルフタレート

3

4.2E-4

0.01

ヘキサクロロベンゼン

2B

2.2E-6

2.2E-4

マラチオン

3

25

酢酸ブチル

810

ノナノール

テトラクロロエテン

2A

680

1.7E-4

1.7E-2

キシレン

390

0.43

0.43

リモネン

酢酸エチル

720

t-ブチルメチルエーテル

7.2

3.0

3.0

アルドリン

2.5

2.0E-7

2.0E-5

α-BHC

5.6E-7

5.6E-5

ホルムアルデヒド

2A

1.2

7.7E-5

7.7E-3

ベンゾ(a)ピレン

2A

9.1E-7

9.1E-5

クロルダン

2B

10

1.0E-5

7.0E-4

γ-BHC

5.0

3.2E-6

3.0E-4

d-リモネン

3

ディルドリン

3

5.0

2.2E-7

2.2E-5

ジクロルボス

2B

10

1.2E-5

5.0E-4

エタノール

670

2-プロパノール

3

490

7.0

7.0

アセトン

510

31

31

クロロホルム

2B

240

4.3E-5

4.3E-3

1-ブタノール

420

ベンゼン

1

160

1.3E-4

0.013

2B

10

8.3E-5

8.3E-3

マンガン

50

5.0E-5

5.0E-5

アセトアルデヒド

2B

18

4.5E-4

9.0E-3

塩化メチレン

2B

690

2.1E-3

2.1E-1

二硫化炭素

3.1

0.7

0.7

ジクロロジフルオロメタン

7400

0.2

0.2

ヘプタクロル

2B

3.5

7.7E-7

7.7E-5

a-ピネン

n-ブチルフタレート

400

ナフタレン

130

0.003

0.003

IARC(WHOの国際がん研究機関)の発癌性分類

1:ヒトに対して発癌性を示す
2A:ヒトに対しておそらく発癌性を示す
2B:ヒトに対して発癌性を示す可能性がある
3:ヒトに対する発癌性について分類できない

E-7E-5は、それぞれ1千万分の1(1107)10万分の1(1105)を示す。つまり、E-nは、10n乗分の1(110n)を示す。例えば7.7E-3は、0.0077となる。

図1−図6から明らかなように、ホルムアルデヒドのリスクが高いことがわかります。また、ヘプタクロル、アルドリン、ディルドリン、クロルダンなど、現在では規制されている有機塩素系殺虫剤や、アセトアルデヒドのリスクが高いこともわかります。

ただし、この報告書で算出されたランキングは、主に1990年代全般を通じて、それぞれの目的に応じて測定された報告書をもとに作成されています。ですからこの報告書で取り上げられた112種類の化学物質以外にも、室内で高い濃度で検出される化学物質がある可能性はあります。また、学校・オフィス・住居など、さまざまな建物の室内環境で行われている測定データが使用されています。さらに、リスクベース濃度(RBCs)の算出も、規定の健康ベースの曝露基準値やガイドラインが用いられており、表2にあるように、それらが存在しない化学物質もあります。

これらのことから、この報告書のランキングには限定や不確実性が存在します。そのためこの報告書は、ランキングに対する初期スクリーニングレベルの評価であって、今後さらに調査を行い、精度を上げていく必要があることを理解しなければなりません。しかしこのようなランキングによって、実際にはどのような化学物質のリスクが高いかを知ることができます。さらに精度を上げるとともに、リスクが高いと判明した化学物質に対しては、その高さに応じた対策を行っていく必要があります。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1]塩津弥佳 et al.,日本建築学会計画系論文集, No. 511, pp45-52, 1998

[2]厚生省生活衛生局企画課 生活化学安全対策室、居住環境中の揮発性有機化合物の全国実態調査について, December 14. 1999
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1112/h1214-1_13.html

[3] Pauline Johnston, Ph.D., U.S. Environmental Protection Agency (USEPA), Indoor Environmental Division, Environmental Health & Engineering, Inc (EH&E), “Ranking Air Toxics Indoors”, EH&E Report #11863, December 22, 2000


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