環境中たばこ煙(ETS)曝露削減政策
−WHO欧州事務局−
2001年5月28日
CSN #188
たばこの煙には、ニコチン、タール、種々の発がん性物質、一酸化炭素など多種類の有害化学物質が含まれています。また、たばことたばこの煙は、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)の分類で、ベンゼン、アスベスト、砒素、塩化ビニル、2,3,7,8-四塩化ダイオキシンなどと同じ、最上位のGroup 1(人に対して発がん性を示す)に分類されています[1]。そのため、たばこの喫煙は、肺がんをはじめとする種々の発がん、呼吸器系疾患、虚血性心疾患、消化器系疾患などのリスクを増大させます[2]。
このリスクは喫煙者だけでなく、喫煙者が吐き出した「呼出煙」や、たばこの先の燃焼部から発生する「副流煙」を吸い込む場合にもあてはまり、これらを総称した「環境中たばこ煙(Environmental Tobacco Smoke : ETS)」を喫煙者のそばで吸い込むことは、「受動喫煙」と呼ばれています。
環境中たばこ煙(以下、ETS)は、室内空気汚染物質としても大きな問題となっており、共存する非喫煙者に対して影響を与えます。そのためETSに対しては、欧米諸国で室内空気質(IAQ)の観点から取り組みが行われています。そして、世界保健機関(WHO)のワーキンググループは、26カ国41人のメンバーによる会合を重ね、2000年5月31日にポルトガルのリスボンで、ETS曝露の削減と排除に関する特別勧告を発表し、同時に,「環境中たばこ煙(ETS)曝露削減政策:Policies to reduce exposure to Environmental Tobacco Smoke」という報告書を発表しています。以下に、その結論と勧告を示します[3]。
結論と勧告
概要
1. 公衆衛生の政策と行動は、全ての人々に対し、たばこの煙がない環境を作るために、ETS汚染の排除を目指すべきである。
2. この目標は、法律と教育を兼ね備えたプログラムを通じて達成されるべきである。法律は、レストラン、教育施設、保育所、病院などの職場や公共の場において、たばこの煙がない環境を作るために必要である。この法律に従うよう広めるために、また、たばこの煙のない家庭を勧めるために、教育と宣伝キャンペーンが実行されるべきである。
3. NGOなどと同様に、多種部門を統合した対応が、健康・環境・教育などの省庁を巻き込んで開発されるべきである。
法律
4. 法律と規制は、受動喫煙者を保護するために必須であり、自主規制では不十分である。このような有効性のある法律によって、強制力のある手段を持つべきであり、教育と宣伝プログラムを通じてサポートされ、法に従わないものに対する制裁措置を備えるべきである。
5. 安全な曝露レベルに関する確証データがないので、換気設計や基準に限定される法律では、たばこの煙がない職場や公共の場を達成できない。
6. 強制力のある法律が、健康・労働安全衛生・環境に携わる関連機関によって作られ、管理されるべきである。
7. 法律や規制を開発及び実行するために、国と地方行政レベルの双方による行動が重要であり、それらはお互いに補強し合う。地方の条例でモデルとなるものは、とても効果的であることが証明されてきており、可能な限り他の国にも広めるべきである。それができない国では、国の法律が焦点となる。
8. たばこ業界は、直接及び間接的に資金提供や支持を受けている個人や組織の名前の公開を必要とされるべきである。
訴訟
9. 訴訟は、非喫煙者を保護するために、また、たばこの煙がない環境を必要とする人たちのために、既存の法律を用いて行われるべきであり、最も効果的に非喫煙者の権利を保護するために、法律と合法的なシステムを使うことが推奨されるべきである。
10.アメリカの訴訟は、公衆へ真実をもたらすことが非常に有効であることを証明し、政策的行動の触媒として作用してきた。イギリスやアイルランド議会での質問や、アメリカ議会での審議なども、訴訟に貢献してきた。このような質問は、事前に作成された文書をもとに、証言を強要されている法律の行政官が議会にいる時に、最も有効である。国は、ETSによって生じるダメージに対して、たばこ業界に責任をもたせるよう行動することが推奨される。
教育とたばこの煙のない環境の促進
11.政府は、「たばこの煙のない空気への権利」、「現在の法律」、「安全な曝露レベルがない受動喫煙の危険性」に関する国民レベルの教育を行うべきである。
12.特に、「たばこの煙のない家庭」を達成するために作られた教育キャンペーンは、子供の受動喫煙の危険性に対する教育に使用されるべきである。これらの教育プログラムは、両親、子供、小児保健専門家、主治医に宛てられるべきである。
13.雇用者、保健専門家、教師、労働安全衛生専門家、労働組合幹部、政策立案者、マスコミなどは、たばこの煙のない環境の有益性と必要性に関する情報を与えられるべきである。
14.国会議員、政策立案者、雇用者を含む一般の人々は、たばこ業界による偽情報について教育されるべきである。
15.教育機関は、たばこ業界による教育プログラムの配布や資金提供を受けるべきではない。
情報/ネットワーク
16.WHO欧州事務局は、法律をサポートするためにクリーンな家を提供し、たばこの煙のない環境を作るための行動と、それをサポートするための行動を提供すべきである。このサポートには、既存の法律、たばこの煙のない環境を造る個人及び組織、受動喫煙の健康影響に関する既存のデータ、たばこの煙のない環境作りを防止するたばこ業界の活動情報などの包括的なデータベースが含まれるべきである。
17.WHO欧州事務局は、「空気質ガイドライン」にあるETSの章を個別に広めるべきである。また、このガイドラインを、たばこの煙のない労働環境を促進する労働当局に勧め、たばこの煙のない環境を促進する環境衛生当局に通知すべきである。
18.ETSに関連した情報を共有化し、標準的な分析ツールを開発及び運営するために構築された、欧州ネットワークを十分にサポートする必要がある。
19.WHOの取り組みは、異なった文化や考え方を持つ地域それぞれに対する、個別の対応の必要性を認める必要がある。
20.定められた目標への進捗状況を評価するために、WHO欧州全域において能動喫煙及び受動喫煙の双方に対する指針を統一し、その報告を行う必要がある。全住民(大人と子供)の曝露量を示すデータや、対策の効果を定量化するデータが容易に入手可能で、この情報の一部とすべきである。WHOは、その情報システムの中にこれらのデータを含めるべきである。
上記No17にある「空気質ガイドライン」は、最新版が「欧州空気質ガイドライン第2版:Air Quality Guidelines for Europe 2nd edition」として2001年3月に発表されています[4]。
欧州空気質ガイドライン第2版では、1992年にアメリカ環境保護庁(USEPA)が発表した報告書から、アメリカ合衆国において喫煙者のいる家庭では、一般的にニコチン濃度(ETSへの曝露指標物質として使用される)が1μg/m3よりも小さいところから10μg/m3より大きいところまで範囲があり、同様にオフィスでは0μg/m3付近から30μg/m3より大きいところまで範囲があると報告しています。また、喫煙者のいる家庭(ニコチン濃度1-10μg/m3)だけでなく、時々しか喫煙しない家庭(ニコチン濃度0.1-1μg/m3)でも、子供の呼吸器系に急性及び慢性的な健康影響が生じていると報告しています。
そしてETSに関しては、安全な曝露レベルに関する確証が得られておらず、1人の喫煙者がいる家庭において、一生涯ETSに曝露した場合、それに関連する発がんのユニットリスク(UR)は、約1 × 10-3(μg/m3)-1であると報告しています。これはつまり、約1μg/m3のETSに一生涯曝露した場合、発がんリスクが1,000人のうち1人であることを意味しています。
WHOは、2001年5月31日を「世界禁煙デー:World No Tobacco Day」とし、スイスのジュネーブで世界的なイベントを行う予定です。今年のイベントのテーマは「クリアリング・エアー:Clearing the Air」であり、環境中たばこ煙(ETS)と受動喫煙に関する健康有害性への認識の拡大と、これらへの曝露削減行動を推進する予定となっています[5]。
Author: Kenichi Azuma
<参考文献>
[1] IARC
Monographs Volumes 1 to 42 Supplement 7,国際癌研究機関(IARC)
http://193.51.164.11/htdocs/Indexes/Suppl7Index.html
[2]「たばこと健康」厚生省の最新たばこ情報:財団法人 健康体力づくり事業財団
http://www.health-net.or.jp/kenkonet/tobacco/front.html
[3] Report on aWHO Working Group Meeting, Lisbon, Portugal, “Policies to
reduce exposure to Environmental Tobacco Smoke”, 29-30 May, 2000
http://www.who.dk/
[4] Air Quality
Guidelines for Europe 2nd edition. Copenhagen, WHO Regional
Office for Europe, January 26, 2000 (WHO Regional Publication, Europeans
Series, No. 91)
http://www.who.dk/
[5] WHO Regional
Office for Europe, World No Tobacco Day 2001, May 2000
http://www.who.dk/adt/tobacco/WNTD2001/wntd2001.htm