自動車用バッテリーリサイクル工場跡地付近での子供の鉛中毒


1999年11月12日

CSN #108

私たちの身の回りには様々な電気製品があり、多種多様な電池が使われています。また、電池の一部には鉛やカドミウムなど有害な重金属が使われているため、資源環境保護の観点からリサイクルシステムが構築されています。以下に電池の種類と用途を表1に、一般消費者のリサイクル方法を表2に示します。 

表1 電池の種類と用途[1]をもとに作成)

電池の種類

主材料

処理

特長と用途

一次電池

マンガン乾電池

二酸化マンガン、亜鉛、塩化アンモニウム、塩化亜鉛

一般不燃物

 

最もポピュラーな電池で、時計やおもちゃなど幅広く使用。

アルカリ乾電池

二酸化マンガン、亜鉛、アルカリ金属水酸化物

マンガン電池よりも二酸化マンガンと亜鉛を多量に入れられるため長寿命。ヘッドホンステレオ、ストロボなど幅広く使用。

ボタン形電池

酸化銀電池

酸化銀、亜鉛、アルカリ金属水酸化物

リサイクル
(銀、水銀)

電圧が非常に安定している。カメラの露出計、クォーツ時計などのデリケートな電子機器など。

空気亜鉛電池

酸素、亜鉛、アルカリ金属水酸化物

小型で大容量の電気が得られる。補聴器やポケットベルなど。

アルカリ
ボタン電池

二酸化マンガン、亜鉛、アルカリ金属水酸化物

アルカリ電池のボタン形で、幅広く使用されている。

リチウム電池

フッ化黒鉛、二酸化マンガン、塩化チオニル、第二酸化銅、リチウム、リチウム塩、有機溶媒

一般不燃物

小型で高電圧、大電流が得られ長寿命。コンピューターやビデオデッキのメモリーバックアップ電池(記憶保持機能)。カメラ、電子手帳、夜釣り用電気ウキ、メモリーカード、ICカードなど。

二次電池

ニカド電池

ニッケル酸化物、アルカリ金属水酸化物、カドミウム

リサイクル
(ニッケル、カドミウム)

コードレス電話、電動歯ブラシ、シェーバーなど。

ニッケル水素蓄電池

ニッケル酸化物、アルカリ金属水酸化物、水素吸蔵合金

リサイクル
(ニッケル)

ニカド電池の約2倍の電気容量。小型軽量化機器。

リチウムイオン二次電池

コバルト酸リチウム、炭素、リチウム、リチウム塩、有機溶媒

リサイクル
(コバルト)

小型、軽量、高性能。携帯電話、ビデオカメラなど。

小型シール鉛蓄電池

二酸化鉛、鉛、希硫酸

リサイクル
(鉛)

携帯電話、携帯カセット・MD

鉛蓄電池

自動車用のバッテリー、病院や高層ビルなどの非常用蓄電池

*一次電池:放電が1回だけで使い切るタイプ。

*二次電池:再充電により繰り返し使えるタイプ。

*その他太陽電池、燃料電池、生物電池は省略しました。

 

表2 一般消費者のリサイクル方法[1]をもとに作成)

電池の種類

リサイクル方法

ボタン電池

電器店、スーパー、量販店、カメラ・時計店の「ボタン電池回収箱」に持参

二次電池(小型充電式)

充填式電池リサイクル協力店の「リサイクルBOX」に持参

自動車・自動二輪車用バッテリー

リサイクル協力店などの販売店に持参

マンガン乾電池やアルカリ乾電池は、以前は正電極に水銀が使われていましが、現在では水銀ゼロとなっています。また、回収率が低く十分機能しているとは言えませんが、ボタン電池、ニッケルやコバルトや鉛を使用している二次電池、自動車用バッテリーは、リサイクルシステムが構築されています。 

リサイクルシステムが構築されているこれらの重金属の中で鉛は、人類が4,000年にもわたり鉱石から抽出してきた金属で、電池では表1にあるように鉛蓄電池に利用されています。幼児は成人に比べ、体内に鉛を蓄積しやすく、鉛に対する感受性が高いとされています[2] 

鉛は複雑な毒作用を有しており、最も大きな毒作用が中枢神経系への作用です。血液中の鉛濃度(BPb)70-100μg/dLの範囲になると、脳と末梢神経への傷害が発生します。鉛による脳障害は、意識障害、昏睡、けいれんなどを引き起こし、激しい脳損傷を伴います。血液中の鉛濃度(BPb)25μg/dL以下の低濃度でも、活動過多、注意力散漫、知能指数低下などが生ずると報告されており[2]、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)は、子供の血液中の鉛濃度(BPb)におけるガイドライン値を10 μg/dL以下としています。 

現在では、このような高濃度の鉛にヒトが曝露することは少ないのですが、自動車用バッテリーリサイクル工場跡地付近に住んでいる子供達が、高濃度の鉛に曝露しているという報告が最近発表されました。この報告は、ドミニカ共和国、サントドミンゴ大学のConrado Deprattらによるもので、199911月アメリカ政府が発行する科学雑誌「環境衛生展望」199911月号に掲載されました[3] 

この報告は、1997年秋に、ドミニカ共和国の首都サンタドミンゴ市に近いハイナ(Haina)にある自動車用バッテリーリサイクル用溶鉱炉跡地の近くに住んでいる、146人の鉛中毒症状を有する子供達に対して行われた追跡調査に基づくものでした。この追跡調査では、子供達において、高い血液中の鉛濃度(BPb)と、高い赤血球中のプロトポルフィン/亜鉛プロトポルフィリン(EP-ZnPP)濃度が確認されました。血液中の鉛濃度(BPb)の平均値は32 μg/dL、赤血球中のEP-ZnPP濃度の平均値は128 μg/dLでした。図1HainaBarsequilloの2つの地域における血液中の鉛濃度(BPb)分布を、図2にこれら2つの地域における血液中の鉛濃度(BPb)EP-ZnPP濃度の平均値を示します([3]をもとに作成)。尚、図中のBarsequilloのデータは、Hainaから4マイル(6.4km)離れたBarsequillo63人の子供達から得られています。

*鉛中毒では、赤血球中プロトポルフィリン濃度の上昇が観察され、要診断項目とされています。(鉛中毒予防規則第53条)

  

  

1、図2から明らかなように、Hainaから4マイル(6.4km)離れたBarsequilloの子供達よりも、自動車バッテリーリサイクル溶鉱炉跡地があるHainaの子供達の方が、血液中の鉛濃度(BPb)が高くなっています。しかも、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)のガイドライン値より高い血液中の鉛濃度(BPb)を有する子供達が、調査対象者の91%に達しています。研究者らは、Hainaの子供達のうち、少なくとも血液中の鉛濃度(BPb)40μg/dL以上有する28%の子供達は即刻治療する必要があり、70 μg/dL以上の血液中の鉛濃度(BPb)を有する5%の子供達は、激しい神経系後遺症のリスクにあり、緊急のアクションが絶対に必要であると勧告しています。 

日本ではここ数年、都心部の再開発などによって都心から撤退した工場跡地の土壌から、環境基準値を上回る高濃度のヒ素や水銀が検出されています。例えば19987月に、大阪市淀川区にある油脂メーカーの工場跡地の土壌から、最高で環境基準値の1,400倍のヒ素と、840倍の水銀が検出されました。また地下水からも基準値の約3倍のヒ素濃度が検出されました。また他には、19969月の調査で兵庫県尼崎市の産業廃棄物処理工場の跡地から、ヒ素、カドミウム、鉛などが検出され、199712月には、京都府長岡京市にある薬品工場の跡地の土壌から、環境基準値の1,600倍のヒ素が検出されました[4] 

リサイクルや製品の加工などを目的とし、重金属などの有害化学物質を処理する工場で、どのように廃棄物及び排出物に対する管理が行われているかわかりません。国内の自動車用バッテリーリサイクル工場において、ドミニカ共和国のHainaのような事態が発生していないかどうか、調査する必要があるのではないかと思われます。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 社団法人電池工業会
http://www.baj.or.jp/index.html
 

[2] Joseph V. Rodricks, 危険は予測できるか−化学物質の毒性とヒューマンリスク−, 化学同人, 1994

[3] Balkrishena Kaul, Randhir S. Sandhu, and others, Environmental Health Perspectives, Vol.107, No.11, November 1999
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p917-920kaul/abstract.html
“Follow-Up Screening of Lead-Poisoned Children Near an Auto Battery Recycling Plant, Haina, Dominican Republic”
 

[4] 朝日新聞(199925日付)朝刊 


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