有機溶剤への曝露と健康影響


20011112

CSN #212

化学工場や建築塗装現場などの労働現場では、有害性の高い化学物質に曝露することによって、さまざまな中毒症状が生じる可能性があります。労働省労働基準局編集の「労働衛生のしおり」から最近の急性中毒件数(4年間)についてまとめた、1999年の東京労災病院 産業中毒センターの報告によると、次に示す結果が得らました[1]

1)    有機溶剤の中毒が104件発生しており、トルエンとキシレンで56%、ジクロロメタンやトリクロロエチレンなどの塩素系有機溶剤で21%発生した。

2)    特定化学物質による中毒が150件発生しており、塩素ガス30%、硫化水素28%、塩化水素9%であった。

3)    その他の化合物による中毒は86件であったが、そのうち農薬によるものが13%あった。

4)    その他、一酸化炭素中毒117件、酸欠57件の発生があった。

 

また、これらの結果のうち、一酸化炭素中毒と酸欠を除く中毒の発生状況では、91%の中毒が300人未満の中小企業で発生しており、有機溶剤中毒の60-80%が、局所排気装置や換気装置の不備、保護具の不使用、不十分な労働安全衛生教育などが原因となっていると報告されました。特に、有機溶剤中毒の場合、104件全てが従業員300人未満の中小企業で発生しており、その内訳を業種別にみると、製造業40%、建築・建設業31%であったと報告されました[1]。以上の結果から、有機溶剤への曝露は、適切な曝露防止対策及びその管理が行われてない労働現場で生じていることがわかります。

特に、建築塗装業では作業場が一定せず、短期間で次々と変わっていくことから、作業環境の測定が行われず環境管理が非常に難しいこと、塗装作業が浴室やトイレなどの狭い室内で行われることが多いことが要因となって、建築塗装業における有機溶剤中毒の発生数を高めている可能性があると報告されました。

このような労働現場における有機溶剤への曝露に対する最新の研究論文が、カナダで2件発表されました。特のこの2件の研究論文は、男性の精子濃度と妊娠期間中に有機溶剤に曝露した女性が出産した子供への影響を示唆していることから、マスメディアの注目を集めました[2][3]

最初に、男性の精子濃度に対する影響に関して調査した研究論文を紹介します。この研究は、英マンチェスター大学 労働環境衛生センターのCherryらが医学雑誌「労働環境医学」で発表した「労働現場での有機溶剤曝露と男性不妊症」[4]です。

手作業で有機溶剤を扱っている男性を調査対象とし、1972年から1991年にかけて、モントリオールの診療所で不妊症治療を受けている656人の男性と、1984年から1987年にかけて、カナダ国内のさらに別の10の診療所で不妊症治療を受けている574人の男性が調査されました。そして、運動可能な精子濃度が1200万匹/ml以下である男性がケース群(患者群)として扱われ、コントロール群(対照群)と比較されました。(WHOは正常な精子濃度を2000万匹/mlとしている。)表1に、この調査で得られた結果を示します。

1 有機溶剤に対する曝露と精子濃度への影響[4]をもとに作成)

調査対象

有機溶剤への曝露状況

オッズ比(ORs)*

95%信頼区間

モントリオールの診療所1カ所

中程度の曝露

2.07

1.24 - 3.44

高濃度の曝露

3.83

1.37 - 10.65

カナダの診療所10カ所

中程度の曝露

1.01

0.53 -1.92

高濃度の曝露

2.90

1.01 - 8.34

*オッズ比:コントロール群に対するケース群の影響度合い

 

1に示すように、特に高濃度曝露の場合、コントロール群と比較して、ケース群では運動可能な精子濃度が1200万匹/ml以下であるリスクが、約3- 4倍となりました。これらの結果から、研究者らは論文の中で次のように結論しています[4]

「有機溶剤への曝露は、職場だけでなく、日曜大工での塗装や接着剤の利用など、家庭でも生じる。この研究の結果は、男性不妊症に影響する有害化学物質の確認に対して努力すべきであること、また、もしそのリスクが確認されたならば、それらの化学物質の使用規制に対しても努力すべきであることを示唆している。」

 

次に、妊娠期間中に有機溶剤に曝露した女性が出産した子供への影響に関する研究論文を紹介します。この研究は、カナダのトロント大学心理学部のChristineらが医学雑誌「テラトロジー(奇形学)」誌で発表した「労働現場での母親の有機溶剤曝露が出生児の視覚機能及ぼす影響」[5]です。

これまでの研究によって、高濃度の有機溶剤へ曝露した場合、視覚機能に影響が生じることが示唆されてきたことから、この研究では、特に影響を受けやすい発達に対して調査するため、妊娠期間中に母親が有機溶剤に曝露した場合に、生まれてきた子供の視覚機能(色覚(color vision)と視力(visual acuity))にどのような影響が生じるか調査しました。

そして、妊娠期間中に職場で有機溶剤に曝露した女性から生まれた32人の子供と、そうでない27人の子供に対して、単眼及び両眼の色覚と視力検査が行われました。ただし、バイアスを除去するために、遺伝的に色覚異常の子供は調査対象から除外されました。

そして調査の結果、有機溶剤に曝露した母親から生まれた子供(ケース群)は、赤緑と青黄の識別異常者がコントロール群に対して有意に高いという結果と、ケース群はコントロール群と比較して視力が有意に低いという結果が得られました。また、色覚異常の家族歴をもつ子供たちは除外したにも関わらず、赤緑の色覚異常者は、有機溶剤に曝露していない女性から生まれた27人の子供からは見つからなかったが、妊娠期間中に有機溶剤に曝露した女性から生まれた32人の子供のうち3人から見つかりました。

これらの結果から、研究者らは、「今後さらなる調査が必要ではあるが、妊娠期間中に有機溶剤に曝露した女性から生まれた子供は、色覚異常と視力低下のリスクが増加する可能性があることを示唆している」と結論しています。

 

これらの研究結果は、さらに調査対象数を増やして再現性を確認する必要があります。また、どのような有機溶剤によって、これらの結果が生じるのか明確にする必要があります。

しかしながら、予防的観点から、有機溶剤を大量に使用した場合に健康影響を生じないため、有機溶剤への直接的な曝露はできるだけ避けたほうが良いと考えるべきだと思われます。有機溶剤で希釈した塗料を用いた塗装など、有機溶剤を大量に使用する作業を行う場合、保護マスクや保護手袋の着用、換気の確保など、安全管理を徹底する必要があります。また、日曜大工など、一般家庭で使用する塗料は、できる限り水で希釈した水系塗料を使用したほうがよいと思われます。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1]坂井 公,「最近の産業中毒」,中毒研究, Vol. 12, pp261-268, 1999

[2]HELEN BRANSWELL, “Solvent exposure reduces male fertility, linked to colour blindness in kids”, Yahoo Headlines- Health, September 10, 2001
http://ca.news.yahoo.com/010910/6/a6uw.html

[3] Reuters News, “Study links solvent exposure to low sperm count”,September 11, 2001
http://enn.com/news/wire-stories/2001/09/09112001/reu_sperm_44922.asp

[4]N Cherry et al., “Occupational exposure to solvents and male infertility”, Occupational Environment Medicine, Vol. 58, pp635-640, 2001
http://oem.bmjjournals.com/cgi/content/abstract/58/10/635

[5] Christine Till et al., “Effects of maternal occupational exposure to organic solvents on offspring visual functioning: A prospective controlled study”, Teratology, Vol. 64, Issues 3, pp134-141, 2001
http://www3.interscience.wiley.com/cgi-bin/abstract/85009448/START


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