ベルギーダイオキシン汚染の人への影響
1999年10月3日
CSN #100
1999年2月に家畜農場で発生したベルギー産の鶏肉と鶏卵のダイオキシン汚染は、世界中に大きな影響をもたらしました。世界各国がベルギー産の鶏肉や鶏卵の輸入禁止、販売禁止あるいは自粛勧告を出し、一部市場が大混乱しました。また対象は、豚肉、牛肉、乳製品にまで広がりました。
ベルギー政府は、一般大衆の健康を保護するために様々な防護策を行い、大きなスケールで食品の汚染管理プログラムを始動しました。そして、汚染の実態調査が行われました。
1999年9月15日付の英科学誌「Nature」で、ベルギーのルーヴァン・カトリック(Louvain Catholic)大学 毒性学部のA. Bernardらが、ベルギーダイオキシン汚染のスケールを解析し、一般大衆への健康影響の可能性について評価した結果を報告しました[1]。
A. Bernardらによると、汚染の徴候は鶏卵生産の急落に始まり、2-3週間後、卵の体重増加率の減少と鶏の死亡率増加とともに、卵の孵化能力が著しく減少し、これらの鳥は首の皮下水腫と運動失調などの神経攪乱症状を示したと報告しています。
この症状は、1950年代から1970年代にかけて発生したポリ塩化ビフェニール(PCBs)やダイオキシン類の汚染によって、アメリカで数百万羽の鶏が死亡したヒナ水腫事件や、日本のダーク油事件のヒナ水腫による障害と似ていました。そして、鶏肉や飼料において高濃度のダイオキシン類が4月末に検出され、汚染源が1月中旬に家畜用飼料メーカーが供給したリサイクル油脂の貯蔵タンクまで追跡されました。
A. Bernardらが汚染飼料や関連製品の汚染状況を分析した結果、ダイオキシン類の中でもポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)類が多く検出されました。その結果を図1に示します。
*図1は[1]をもとに作成
*異性体
塩素原子の付く位置、数によりポリ塩化ジベンゾダイオキシン(PCDDs)には75種類、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)には135種類の異性体があります。また、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)にも、同様に209種類の異性体があります。それぞれ毒性が異なりますが、最も毒性の強いダイオキシン類が、2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(2,3,7,8-TCDD)です。
*TEQ(毒性等量)
ダイオキシン類の毒性は異性体ごとに異なるため、それぞれの異性体ごとに設定されたTEF(毒性等価係数)を用いて、最も毒性の強い2,3,7,8-TCDDの毒性を1としたときの相対量に換算され、それらを総計してダイオキシン類の量(例:1pgTEQ/g脂肪、脂肪1gあたり1兆分の1グラムの2,3,7,8-TCDD毒性等量のダイオキシン類)として表されます。
図1には、日本のカネミ油症事件のライスオイルに含まれたダイオキシン類異性体ごとのの濃度傾向が併せて示されています。図1から明らかなように、ベルギーダイオキシン汚染で汚染された鶏肉、鶏卵、家畜飼料中のダイオキシン類異性体の濃度傾向が、1968年に日本で発生したカネミ油症事件で、2,000人の人々に中毒症状を引き起こしたライスオイル中の傾向とよく似ています。
*図2は[1]をもとに作成
また図2には、測定した全ての汚染サンプルのPCBs濃度とPCDD/PCDFsの濃度分布を示しています。その結果、PCBs濃度の増加とともにPCDD/PCDFsの濃度が増加し、互いに密接に関連していることがわかります。
図3と図4には、この研究で報告された、汚染サンプル中のPCBs異性体の濃度傾向と、工業用のPCB絶縁油であるAroclor1260のPCBs異性体の濃度傾向を示しました。図3、図4から明らかなように、家畜飼料中のPCBs異性体の濃度傾向がよく似ています。但し、鶏卵や鶏肉で少しその傾向が異なりますが、これは一部のPCBs異性体で優先的に生じた体内での変質や、塩素数が少ないPCBs異性体(PCB 52, PCB 101)の体外への排泄などにより傾向が異なったと研究者らは考察しています。
*図3,図4ともに[1]をもとに作成
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*PCB 52,PCB 101などは、PCBの異性体ごとに付けられたIUPAC (International Union of Pure and Applied Chemistry、国際純正応用化学連合)番号
図1-図4の結果から考えると、ベルギーダイオキシン汚染は、1950年代から1970年代にかけて発生したPCBs中毒事件や、日本のカネミ油症事件と同様に、工業用PCBsが混入したことによると推定されます。この研究者らの報告によると、アメリカと日本の2つの事件では、ベルギーダイオキシン汚染と同様に、卵の孵化能力の減退など鳥の生殖機能に影響が現れました。またアメリカと日本の事件では、それぞれ工業用のPCB絶縁油であるKanechlor 400とAroclor 1242由来のPCB混合物が含まれていました。
さらに研究者らは、汚染サンプルの測定結果について考察しています。その概要を表1にまとめました。
表1 測定した汚染サンプルの評価([1]をもとに作成)
評価項目 |
評価結果 |
鶏卵や鶏肉におけるPCBs汚染濃度 |
許容濃度(0.2μg/g脂肪)の約250倍(図2) |
豚肉におけるPCBs汚染濃度 |
鶏肉よりは低い濃度(許容濃度の75倍)で汚染されており、中毒症状は観察されなかった。 |
家畜の牛 |
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*1pg(1兆分の1グラム)、1μg(百万分の1グラム)
豚や牛で検出濃度が低かったのは、豚や牛は鶏と比べてライフサイクルが長く、鶏と比べて工場生産された家畜用飼料をあまり使っていないためと考えられ、そのことは、家畜飼料中に混入されたPCBsやダイオキシン類のトータル量にも反映されていると研究者らは考察しています。
最大80トンの家畜飼料用油脂が汚染されたと試算されていることから、鶏飼料中に含まれた汚染量を推定すると、リサイクル油脂中に含まれたダイオキシン類の量は約1gで、PCBsの量は約50kgと研究者らは試算しています。理論上この量は、数百万の鶏を汚染できるが、汚染された飼料を配送された可能性がある3,000の農場において、鶏以外の他の家畜には影響がないだろうと研究者らは考察しています。
最終的に、ベルギーでのダイオキシン汚染は、国民に健康影響を引き起こす可能性はほとんどないと研究者らは結論付けています。その根拠について、次のように考察しています。
この研究では、ベルギーダイオキシン汚染の汚染レベルについて、日本のカネミ油症事件の汚染レベルと比較していますが、日本のカネミ油症事件では、高濃度の曝露による影響が示されました[2]。しかし、低濃度のダイオキシン類やポリ塩化ビフェニール(PCBs)類の曝露による影響は、現在も研究が進められている状況です。特にこれらの化学物質は、内分泌攪乱作用(環境ホルモン作用)があるとされており、極微量のダイオキシン類やポリ塩化ビフェニールの長期にわたる影響は、まだ十分に明らかにされていない状況です。
そのため、ベルギーダイオキシン汚染のヒトへの影響も、楽観視するのではなく、今後の継続調査の必要性を協調すべきだと思います。特に、神経系や免疫系に影響する可能性があるので、幼児や今後生まれてくる子供達への影響について、今後さらに医学的に検証する必要があると思います。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] A. Bernard, C. Hermans and others, Nature, Vol.401, No.6750, p231-232, 15 Sept 1999
[2] 環境保健クライテリア:Environmental Health Criteria 140
ポリ塩化ビフェニル(PCB)およびターフェニル Polychlorinated Biphenyls and Terphenyls
(原著682頁、1992年発行)(第二版)
http://www.nihs.go.jp/DCBI/PUBLIST/ehchsg/ehctran.html
(国立医薬品食品衛生研究所 化学物質情報部による日本語抄訳があります)