ディーゼル排気ガスによる内分泌攪乱作用と精子生産能力低下


1999年10月7日

CSN #101

車社会の発達による交通手段の利便化は、私たちの暮らしに多大な貢献をもたらしました。しかしながら、同時に排出ガスによる空気環境の汚染は、大きな公害問題を引き起こしました。近年の大気汚染傾向を見てみると、二酸化窒素と浮遊粒子状物質(SPM)の環境基準達成率が低く、この原因としてディーゼル自動車の増加が考えられています。図1、図2には1996年と1997年の大気汚染物質の環境基準達成率を示し、表1にはその概要について示しました([1]をもとに作成)。

*二酸化窒素(東京、横浜、大阪)

大気汚染防止法によって、工場等の固定発生源についてNOxの総量規制制度が導入されている東京都特別区等地域、横浜市等地域、大阪市等地域の3地域 

*二酸化窒素(首都圏、大阪・兵庫圏)

自動車から排出される窒素酸化物の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法」(自動車NOx)の特定地域(首都圏特定地域、大阪・兵庫圏特定地域) 

*一般局

一般的な大気汚染の状況を把握するための一般環境大気測定局 

*自排局

道路周辺における状況を把握するために沿道に設置された自動車排出ガス測定局 

 

表1 大気汚染に係る環境基準と概要([1]をもとに作成)

項目

環境基準

補足

二酸化窒素
(NO2)

0.04-0.06ppmまたはそれ以下
( 1時間値の1日平均値) 

石油、石炭などの化石燃料の燃焼に伴って発生し、発生源としては、工場等の固定発生源と自動車等の移動発生源がある。

浮遊粒子状物質
(SPM)
Suspended
Particulate
Matter

0.10mg/m3以下
(1時間値の1日平均値)
かつ
0.20mg/m3以下
(1時間値)

大気中に浮遊する粒子状の物質(浮遊粉じん、エアロゾルなど)のうち粒径が10μm以下の物質。微小なため大気中に長時間滞留し、肺や気管等に沈着して高濃度で呼吸器に悪影響を及ぼす。日本ではオイルショック以降、ディーゼル車の普及が進んでおり、浮遊粒子状物質のうち、ディーゼル排気微粒子(DEP)は、発がん性や気管支ぜんそく、花粉症等の健康影響との関連が疑われている。

二酸化硫黄
(SO2)

0.04ppm以下
(1時間値の1日平均値)
かつ
0.1ppm以下(1時間値)

一般局、自排局ともに、ほぼ環境基準値を達成している。

一酸化炭素
(CO)

10ppm 以下
(1時間値の1日平均値)
かつ
20ppm 以下
(1時間値の8時間平均値)

一般局、自排局ともに、環境基準値を達成している。

ディーゼル車はガソリン車に比べると,二酸化窒素(NO2)などの窒素酸化物で 2- 20 倍、浮遊粒子状物質(SPM) 30- 100 倍多量に排出しており,大都市部の大気汚染の主な要因になっていると考えられています。浮遊粒子状物質(SPM) の主な原因物質は、ディーゼル自動車から排出されるDEPdiesel exhaust particulate:ディーゼル排気微粒子)で、DEPはぜん息等呼吸器系の障害以外にも、肺ガン、皮膚ガンなど発癌性も疑われています。 

世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)の発癌性の分類によると、ディーゼルエンジンの排気ガスは、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)などと同じグループ2A(人に対しておそらく発がん性を示す)、ガソリンエンジンの排気ガスは、クロロホルムや鉛などと同じグループ2B(人に対して発がん性を示す可能性がある)に分類されています[2] 

ディーゼル排気微粒子(DEP)は、ディーゼルエンジン内の不完全燃焼が原因で発生する直径2ミクロン以下の微粒子です。他の大気中の微粒子に比べて小さく肺や気管の奥まで入りやすい物質です。二酸化窒素(NO2)や浮遊粒子状物質(SPM)を含んだディーゼル排気ガスの生体への影響は、これまで肺癌、喘息、気管支炎など呼吸器系疾患との関連性が主に研究されてきました。しかし最近、東京理科大学 薬学部・衛生化学研究室の武田教授らの研究グループが、マウスを使って生殖機能への影響を研究し、雄マウスの精子生産能力が低下することを確認しました。 

研究者らは、雄マウスの経気道にディーゼル排気ガス(DE)112時間、6ヶ月間吸入曝露しました。この濃度は、大都市の交通量が多い地域の2-20倍程度です。吸入したディーゼル排気ガス濃度と、雄マウスの1日当たりの精子生産能力を評価した実験結果を図3に示します([3]をもとに作成)。

 

 

図3から明らかなように、吸入したディーゼル排気ガス濃度が高いと、1日当たりの精子生産能力が低下することが示されています。しかし、6ヶ月間曝露して精子生産能力が減少した後、1ヶ月間清浄な空気中で飼育すると、精子生産能力が約半分近く回復していることが示されており、可逆的な作用があると考えられます。 

研究者らはこの研究結果をもとに、精子生産能力に関する無毒性量(NOAEL:有害な作用を示さない最大の量)を算出しています。その値は、浮遊粒子状物質(SPM)換算で、60-70μg/m3と試算しています。但し、この数値は安全係数(不確実係数)が考慮されていません。また環境基準が、1時間値の1日平均値で100μg/m3ですから、それをやや下回っています。しかし、安全係数を10倍とみると、無有害作用量(NOAEL)6-7μg/m3となり、環境基準値よりもかなり低いレベルになります。 

ディーゼル排気ガス中には、内分泌攪乱化学物質のリストにあげられているベンゾピレンなどの多環芳香族炭化水素(PAHs)など、1,000種類以上の化学物質が含まれていると言われています。そして、内分泌攪乱作用を有する可能性のあることが、この研究で示されました。ディーゼル排気ガスは、交通量が多い都心部では現在でも深刻な問題です。今後もディーゼル排気ガスが生殖系へ与える影響について、さらなる研究が必要であり、排出量削減に対するさらなる努力が必要だと思います。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 平成11年度環境白書
http://www.eic.or.jp/eanet/hakusyo/1999/mokuji.htm
 

[2] 「国際がん研究機関(IARC)の発癌性分類」:国立医薬品食品衛生研究所、化学物質情報部
http://www.nihs.go.jp/hse/chemical/iarc/iarc.html
 

[3] 武田 健、吉田成一、Endocrine Disrupter News Letter, Vol.2 No.2, Sept 1999
"ディーゼル排気ガスの生殖機能への影響と内分泌攪乱作用"


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