多環芳香族炭化水素の室内濃度変化


1999年10月25日

CSN #104

多環芳香族炭化水素(PAHsPolycyclic Aromatic Hydrocarbons)は、ものが燃える(不完全燃焼)ときに発生する化学物質の総称で、約50の化学物質が存在します[1]。これらの化学物質は、工場や自動車などの排出ガスに含まれており、大気汚染物質として挙げられています。また、石油やガスストーブなどの燃焼器具の使用、燃焼を伴う調理や喫煙などによる室内空気汚染物質としても挙げられており、室内外問わず環境中(大気、水、土壌)に広く存在しています。 

多環芳香族炭化水素(PAHs)には、強い発癌性を示すものや、発癌を促進させるものなどが数多く存在しています。例えば、ベンゾ[a]ピレンやベンゾ[a]アントラセンは、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)の分類で、ホルムアルデヒド、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)、カドミウムと同じグループ2A(人に対しておそらく発癌性を示す)に属しています[2]。またその他、ジニトロピレン、ニトロピレンなどのニトロ多環芳香族炭化水素(NPAH 、ニトロアレンとも呼ぶ)類などが、多環芳香族炭化水素(PAHs)が空気中で二酸化炭素と反応することで生成されます。これらニトロ多環芳香族炭化水素は、大気中やディーゼル車の排出粉塵から検出されています。 

多環芳香族炭化水素(PAHs)は、環境中で残留性が高い物質とされており、国連欧州経済委員会(UN/ECEUN Economic Commission for Europe)により、残留性有機汚染物質(POPs: Persistent Organic Pollutants)の対象とされています[3]。残留性有機汚染物質(POPs)とは、表1に示すような性質をもつ化学物質で、DDTやディルドリンなどの農薬、ポリ塩化ビフェニール類やダイオキシン類が対象とされています。 

表1 残留性有機汚染物質(POPs)の性質

性質

・有害性を有する

・難分解性

・生物濃縮しやすい(食物連鎖)

・大気により長距離移動する(Grasshopper Effect:バッタ効果)

都市域におけるベンゾ[a]ピレンなどの多環芳香族炭化水素(PAHs)の主要な発生源は、自動車の排出ガスだと考えられています。東京環境科学研究所 基礎研究部 大気・環境チームの泉川さんらは、道端からの距離と土壌中の多環芳香族炭化水素(PAHs)の濃度と組成を調査した結果を報告しました[4] 

この調査は、多環芳香族炭化水素(PAHs)が含まれないことを確認した土壌を、道端とその後背地に50m間隔に4 地点配置し、6 ヶ月ごとに2 年間に渡り、その土壌中の芳香族炭化水素類を測定しました。その結果、1年目では多環芳香族炭化水素(PAHs)類の濃度が道端からの距離に応じて減少する傾向が確認されました。その中で、ベンゾ[a]ピレンでは、図1に示すような減少傾向が確認されました([4]をもとに作成)。ただ測定した地点によっては、道端から50m あるいは100m地点が道端より高い結果となっている場合もあり、研究者らはさらなる調査が必要であると考察しています。 

しかし、分析した多環芳香族炭化水素(PAHs)のベンゾ[a]ピレン、ベンゾ[ghi]ペリレン、ベンゾ[k]フルオランテン、ピレンの組成比が、ガソリン自動車の排出ガスから得た多環芳香族炭化水素(PAHs)の組成比と類似しており、研究者らは、多環芳香族炭化水素(PAHs)による汚染は、自動車の排出ガスが主要な発生源であると推察しています[4] 

 

このように室外大気が汚染されると、室外大気の取り込みによる室内空気汚染の影響が懸念されます。また室内空気の汚染度は、室外大気の汚染度合いに左右されることが考えられます。この件に関して、ジョンズ・ホプキンズ大学、衛生学及び公衆衛生大学院、環境衛生科学部のTIMOTHY J. BUCKLEYの博士らが、19998月発行のJournal of Exposure Analysis and Environmental Epidemiology (JEAEE)で、室外環境の異なる住宅地における多環芳香族炭化水素(PAHs)濃度を比較した調査結果を報告しました[5] 

この報告では、光電子エアゾールセンサー(PAS)を用い、交通量が異なる都市域、半都市域、郊外域の住宅地で、リアルタイムに多環芳香族炭化水素(PAHs)の室内濃度を測定しました。また測定は、全室内の多環芳香族炭化水素(PAHs)の室内濃度と室内温度を分刻みに連続2週間半定量分析しました。 

その結果、多環芳香族炭化水素(PAHs)の主な室外源は交通量が関係しており、平日の測定において、交通量が多いと多環芳香族炭化水素(PAHs)濃度が高いことが確認されました( p<0.001)。燃焼を伴う調理などの室内源による数値を補正し、平均濃度を算出した結果を図2に示します([5]をもとに作成)。図2から明らかなように、交通量の多い平日では都市域における多環芳香族炭化水素(PAHs)の室内濃度が高く、交通量の少ない郊外域になるほど低くなる傾向が見られます。また、交通量の少ない週末では全体的に濃度が低くなっています。 

 

次に、日本の環境庁が19991018日に発表した、平成10年度の大気汚染状況を図3に示します([6]をもとに作成)。

*二酸化窒素(首都圏、大阪・兵庫圏)

自動車から排出される窒素酸化物の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法」
(自動車NOx)の特定地域(首都圏特定地域、大阪・兵庫圏特定地域)  

*一般局

一般的な大気汚染の状況を把握するための一般環境大気測定局  

*自排局

道路周辺における状況を把握するために沿道に設置された自動車排出ガス測定局 

 

図3から明らかなように、交通量が多い首都圏や近畿圏における二酸化窒素の環境基準値達成率が低く、浮遊粒子状物質(SPM)も含め、自動車排出ガス測定局(自排局)における環境基準値達成率が低くなっています。環境庁は、2000年度でこれらの基準値を達成することを目標としてきましたが、目標達成は不可能とし、年内をめどに対策案をまとめる方針だと述べています。 

これらの報告から明らかなように、発癌性がある物質を含む、多環芳香族炭化水素(PAHs)に関連した自動車排出ガスによる大気汚染と室内空気汚染は密接に関連しています。しかも、多環芳香族炭化水素(PAHs)が含まれる浮遊粒子状物質(SPM)の環境基準値達成率は、依然として低いままです。住宅の室内環境を考える上で、室外大気の影響は非常に重要だということを改めて認識する必要があると思います。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 「多環芳香族炭化水素(PAHs)データベース」:豊橋技術科学大学 第5工学系 神野研究室
http://chrom.tutms.tut.ac.jp/JINNO/DATABASE_J/00database_j.html
 

[2] IARC の発がん性分類」国立医薬品食品衛生研究所 化学物質情報部
http://www.nihs.go.jp/hse/chemical/iarc/iarc.html
 

[3] 「残留性有機汚染物質(POPs)」国立医薬品食品衛生研究所 化学物質情報部
http://www.nihs.go.jp/hse/chemical/pops/index.html
 

[4] 泉川碩雄、星 純也、東京都環境科学研究所年報, 1997
「自動車から排出される多環芳香族炭化水素類の環境大気への影響」
http://www.kankyoken.koto.tokyo.jp/
上記アドレスの「調査・研究概要」から1997年の研究所年報に入って下さい
 

[5] SARA D. DUBOWSKY, LANCE A. WALLACE, TIMOTHY J. BUCKLEY, Journal of Exposure Analysis and Environmental Epidemiology (JEAEE), Vol.9, Issue 4, p312-321, August 1999, 曝露分析と環境疫学雑誌
“The contribution of traffic to indoor concentrations of polycyclic aromatic hydrocarbons”
 

[6] 「平成10年度大気汚染状況について」環境庁大気保全局、19991018
http://www.eic.or.jp/kisha/199910/66125.html


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