ビスフェノールAによる思春期早発症


1999年10月28日

CSN #105

ビスフェノールAは、内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)の疑いがある化学物質のリストに挙げられています。ポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂の原料として広く使われており、ポリカーボネート樹脂がもつ優れた耐衝撃性と透明性、エポキシ樹脂がもつ優れた耐熱性や耐食性から表1に示す用途に使われています。 

表1 ポリカーボネート樹脂とエポキシ樹脂の用途

樹脂の種類

国内生産量

用途

ポリカーボネート樹脂

291千トン(1997年度)

ほ乳瓶、食品容器、コンパクトディスク、車のランプカバー、コンピューターなどOA機器の筐体など

エポキシ樹脂

194千トン(1995年度)

缶詰内部のコーティング剤、水道配管内壁のコーティング剤、接着剤、塗料、樹脂の安定剤、酸化防止剤など

1998年度に神奈川県が行った環境ホルモン関連の調査結果によると、ビスフェノールAに関して表2の結果が得られています[1] 

2 1998年度の神奈川県によるビスフェノールAの調査結果[1]をもとに作成)

調査域

測定

調査結果

水域環境調査

引地川、境川、相模川、酒匂川、20地点の地下水と湧水

水質:ND-0.79μg/l

(相模川を除く3河川及び1地下水)

河川底質:ND-0.059μg/g

食品や器具・容器等調査

ポリカーボネート製ほ乳瓶1

0.3-0.5ppb

ポリカーボネート製食器1

0.1-4.7ppb

塩化ビニル製の食品用ラップ

0.9-23.5ppb

塩化ビニル製のおもちゃ

0.8-110.1ppb

エポキシ樹脂を内面コーティングした缶詰用容器

0.9-2.0ppb

水道水調査

谷ヶ原浄水場、寒川浄水場、相模原浄水場の水道原水及び浄水

0.002-0.005μg/l

1:実際の使用方法に近い状況を再現しながら200回の洗浄を繰り返し、溶出試験を実施

 

ヒトの体内に取り込まれる経路としては、経気吸入(室内空気、家庭用品、一般大気など)、経口吸入(肉、牛乳、野菜、水などの飲食品、おもちゃ等(乳幼児の場合))、経皮吸収(おもちゃ、家庭用品、土壌など)があります。 

1、表2のように、私たちの身の回りで幅広く用いられており、微量ではありますが水域環境、水道水、家庭用品の一部から検出されています。そのため、日本国内では幼稚園、保育園、小中学校の食器において、ポリカーボネート製食器の使用を中止したり、缶詰内壁のコーティング剤へのエポキシ樹脂の使用を中止する動きがありました。 

ヒトへの影響についてはほとんど未解明ですが、マウスを使った実験で生殖系への影響が示されました。米ミズーリ大学のFrederick S. Vom Saal博士らによるマウスを使った実験で、2μg/kg体重/日、20μg/kg体重/日のビスフェノールAを妊娠11-17日の間、母親の飼料に配合して与えたところ、20μg/kg体重/日で有意に精子生産能力低下が認められました[2]。また同様に、2μg/g体重/日、20μg/kg体重/日のビスフェノールAを妊娠11-17日の間、母親の飼料に配合して与えたところ、生後6ヶ月の雄マウスにおいて前立腺重量の増加が認められ[3]、低濃度曝露による影響が示されました。 

最近、Frederick S. Vom Saal博士らは、一連の研究の続きとして、ビスフェノールAに関する最新の研究結果を、19991021付けの英科学誌Nature」に発表しました[4]。その内容は、ヒトの場合に換算して通常環境値以内(ヒトが通常曝露されている濃度と同程度の濃度に相当する量である、2.4μg/kg体重/日の低濃度のビスフェノールAを含む飼料を、妊娠11-17日の間母親に与えたところ、出生後の雌マウスにおいて、ヒトの思春期にあたる春期発情期が早まった(ヒトでは思春期早発症)と報告しました。またその影響は、雄マウスではほとんど観察されませんでした。図1に、子宮内の胎児の状況とビスフェノールAへの曝露が、最初の発情開始時期に与える影響ついて示します([4]をもとに作成)。 


0M:子宮内で隣の胎児が2匹とも雌(p<0.01

1M:子宮内で隣の胎児の1匹が雄(p<0.07

2M:子宮内で隣の胎児が2匹とも雄

 

Natureの記事の冒頭で研究者らは、19974月にアメリカ医学雑誌Pediatricsで、ノースカロライナ大学のHerman-Giddens, M.Eらが報告した、アメリカの少女で見られた性的早熟に関する調査結果[5]について触れています。 

この調査では、少女の思春期の始まりと身体的症状の有症率を調査するために、アメリカの17,077の少女を225人の小児科臨床医によって3-12年間調査しました。そして表3の結果が得られました。 

3 アメリカの少女の思春期の始まりと身体的症状の有症率([5]をもとに作成)

調査項目

アフリカ系アメリカ人

白人

調査した人種の比率

9.6%

90.4%

3歳時、乳房や恥毛の発育

3%

1%

7歳時、均衡のとれたプロポーションの発育

27.2%

6.7%

8歳時、思春期の始まり

48.3%

14.7%

乳房発育開始平均年齢

8.87(3)

9.96 (4)

恥毛発育開始平均年齢

8.78 (3)

10.51 (5)

月経開始(初潮)平均年齢

12.16 (6)

12.88 (1)

この調査で小児科臨床医に診断されたアメリカの少女は、平均的な開始年齢より若い年齢で思春期の身体的特徴が発達していることを示している、とHerman-Giddens, M.Eらは述べています。そこで、日本で1993年に行われた、身体の変化が現れた少女の割合(%)を調査した結果を図2に示します[6] 

 

図2と表3を単純には比較できませんが、Herman-Giddens, M.Eらの調査結果は、平均的な開始年齢より若い年齢で思春期の身体的特徴が発達していることが想定されます。 

19991021付けのロイター通信によると、ビスフェノールAによる雌マウスの生殖系への影響の研究結果について、Frederick S. Vom Saal博士は次のように述べています[7] 

「私たちは、この発見をヒトにすぐに当てはめるわけにはいかず、ヒトへの影響について答えは出さない。しかしこの発見は、ヒトの健康に関して重大な疑問を投げかける。私たちは医学界がこの研究をじっくり眺め、過去10年間ヒトで報告されてきた成長異常、性的早熟、生殖器異常が生じる可能性がある化学物質として、ビスフェノールAを検討すると信じている。」 

内分泌攪乱化学物質の生体への影響については、今後さらに多くのことが明らかにされようとしています。しかし重大な影響が確認される前に、できることから事前に予防するよう心がけることが大切だと思います。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 神奈川県環境ホルモン情報集
http://www.fsinet.or.jp/~k-center/hormone/hormone.htm
 

[2] Vom Saal FS, Cooke PS, Buchanan DL, Palanza P, Thayer KA, Nagel SC, Parmigiani S, Welshons WV, Toxicology and Industrial Health, Vol.14, No1-2, p239-60, 1998
"A physiologically based approach to the study of bisphenol A and other estrogenic chemicals on the size of reproductive organs, daily sperm production, and behavior."
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/htbin-post/Entrez/query?uid=9460178&form=6&db=m&Dopt=b
 

[3] Nagel SC, vom Saal FS, Thayer KA, Dhar MG, Boechler M, Welshons WV, Environmental Health Perspectives, Vol.105, No1, p70-76, Jan 1997
"Relative binding affinity-serum modified access (RBA-SMA) assay predicts the relative in vivo bioactivity of the xenoestrogens bisphenol A and octylphenol."
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/htbin-post/Entrez/query?uid=9074884&form=6&db=m&Dopt=b
 

[4] KEMBRA L. HOWDESHELL, ANDREW K. HOTCHKISS, KRISTINA A. THAYER, JOHN G. VANDENBERGH & FREDERICK S. VOM SAAL, Nature, Vol.401, No.6755, p763, 21 October 1999
"Environmental toxins: Exposure to bisphenol A advances puberty"
 

[5] Marcia E. Herman-Giddens, Eric J. Slora, Richard C. Wasserman, Carlos J. Bourdony, Manju V. Bhapkar, Gary G. Koch, and Cynthia M. Hasemeier, Pediatrics, Vol.99, No. 4, p505-512, April 1997
"Secondary Sexual Characteristics and Menses in Young Girls Seen in Office Practice: A Study from the Pediatric Research in Office Settings Network."
http://www.pediatrics.org/cgi/content/abstract/99/4/505
 

[6] 「子供図書館」全日本情報学習振興協会
http://www.joho-gakushu.or.jp/kids/

(保健体育、からだの発育の仕方)

[7] Reuters Health, WESTPORT, Oct 21 1999
"Exposure to Estrogen-Based Plastics Speeds Onset of Puberty in Mice"


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